半径約4キロに医師がいない50人以上の集落「無医地区」を多く抱える浜松市天竜区の山間部。公立・民間を問わず県内の病院で相次いで医師不足が表面化する中、市は「山間地での人材確保や医療体制の維持にも問題が出るのでは」と危機感を募らせ、へき地医療の独自対策を検討し始めた。人材不足や道路整備の遅れ……現場の医師や住民の訴えを聞き歩いた。【竹地広憲】
市中心部から約48キロ北にある無医地区の一つ、天竜区水窪町の門桁(かどげた)地区では、高齢者ら約60人が暮らす。開業医のいる旧水窪町中心部へは、カーブの多い細い山道を抜け、車で40分以上かかる。運転できない人は週2日、市が運行する「患者バス」で医者に通う。地区に住む女性(48)は「体調を崩しても通院を我慢する人も多く、症状が重くなる人がいる」と話す。3月、春野方面へ抜ける県道が崩れた。復旧のめどは立っておらず、集落の出入り口は水窪側だけになった。女性は「もし(水窪側の)道もふさがれば、緊急時に困る」と不安を口にする。
県医療室によると、県内15の無医地区のうち、12が天竜区内に集中する。県は現在、卒業後の一定期間へき地勤務が義務づけられている自治医科大出身者4人を市営の佐久間病院(天竜区佐久間町)へ派遣。町内の無医地区2カ所へ巡回診察に出向くなどして「へき地医療拠点病院」として地域医療の核を担う。しかし、佐久間病院の三枝智宏院長は「地域に出向くと病院が手薄になる。精神科など特殊な診療科も必要とされていて、医師や看護師などの確保は常に課題になっている」と話す。
市は市保健医療審議会で、3月から「へき地医療」の議論を始めた。市健康医療課によると、政令市移行後も医療分野で県からの権限委譲はほとんどなく、「まちなかの公立病院でも医師が来にくいのに、佐久間や水窪など北遠地域に来てもらうのは簡単ではない。県が確保している医師をへき地に振り分ける余裕がなくなる不安もある」との懸念を示す。さらに「ただ(県に)お願いする立場ではなく、市としても現状を把握して対策を立てる必要がある」という。
市が進めるへき地医療対策の一つに、救急医療体制の向上がある。救急搬送中に医師の指示で気道確保や点滴などの医療行為ができる救急救命士を佐久間、水窪両町に配置する。10年度から導入予定の消防ヘリには、医師を乗せて北遠地区へ向かわせる計画を立てている。しかし、水窪町の鈴木診療院、鈴木勝之副院長(37)は「救命士も山道では揺れて処置しにくい。ヘリも夜間や天候不良では飛べず、根本的な解決にはならない」と指摘。「現状では道路の整備が大事だ。到着時間が5分違うだけでも命にかかわる。特に国道152号は生活道路でもあり、(担当の市には)整備の優先順位を真剣に考えてほしい」と訴える。
同課は「今後は現地に赴いて実態を調査するなどし、地元の人の意見を施策に反映させていきたい」としている。
毎日新聞 2008年5月14日 地方版