障害のある子どもが福祉の外に追いやられようとしている。福祉サービスを利用する障害者に原則1割の自己負担を課す「障害者自立支援法」と、すべての児童の生活を平等に保障する「児童福祉法」。そのはざまに置かれた障害児に今、何が起きているのか。1928年に創設され、卒園者に「裸の大将」と呼ばれた放浪の画家、山下清(71年に49歳で死去)も名を連ねる千葉県市川市の知的障害児施設「八幡(やわた)学園」を舞台に報告する。
68人の子どもが暮らす学園に清美ちゃん(14)=仮名=が来たのは昨年2月。恥ずかしがり屋なのに、初対面の職員に笑顔を見せていた。「状況をどこまで理解しているのか……」。職員は複雑な思いだった。
直前に知的障害のある母親は精神のバランスを崩して入院していた。母子家庭。施設入所しか道はなかった。
「母親には成年後見人がいない。だから契約能力がある」。管轄する東京都の児童相談所は、国の措置要件である「保護者の精神疾患等」に該当するという学園側の主張を一蹴(いっしゅう)した。たまりかねた学園は都福祉保健局に直接意見書を上げたが、回答はなかった。
昨年6月、学園はやむを得ず、退院直後の母親と契約を結んだ。学園は母親の契約能力に不安を抱き、都の児童福祉司に立ち会いを求めた。園の応接室で職員が契約条項を一つ一つ読み上げ、そのたびに「この意味分かりますか?」と母親に尋ねた。「まるで認知症の高齢者に高級布団を買わせる契約のようだった」。職員にはどうしても契約の対象には思えなかった。
しかし、園長と母親の署名に続き、児童福祉司は一番下の段の「立会人」欄にちゅうちょせず署名した。都は「母親が署名している以上、契約に問題はない」と説明する。
母親が再び調子を崩して入院したのは、契約締結からわずか3カ月後。「何やってんだっ。ぶったたくぞ」と娘を罵倒(ばとう)し、職員には「死にたい。死んでやる」と繰り返した。だが、「虐待等」の懸念を加えた昨年11月の再意見書も都から受け入れられなかった。
母親は時折、「よく親に殴られた。私も施設にいた」と職員に漏らす。子育てのすべを知らない母親に清美ちゃんの命運を委ねる。それが契約制度だ。
契約後、担当の児童福祉司が清美ちゃんに会いに来たことは一度もないという。
記者が学園を訪ねる度、清美ちゃんは同じ質問を繰り返す。
「また来るの? いつ来るの?」=つづく
障害児施設への「契約制度」は、保護者と施設が子どもの施設利用契約を結ぶもので、06年10月に本格施行された障害者自立支援法により導入された。低所得層でも利用料の原則1割に加え、医療費や教育費も負担する。保護者が独断で子どもを退所させることも可能だ。
一方、児童福祉法に基づく「措置制度」は、子どもの施設入所を公的責任で保障し、児童の生活費を国と都道府県が2分の1ずつ負担する。
保護者は都道府県に「徴収金」を納めるが、所得に応じた金額になっていて、低所得層はほとんど出費の必要がない。
従来、児童はすべて措置制度の対象だったが、自立支援法の本格施行後は、障害児に限って措置か契約かを都道府県の児童相談所が個別に審査して決めることになった。
厚生労働省は、障害児の保護者が(1)不在(2)虐待(3)精神疾患--のいずれかに該当すれば、措置になるとの見解を示しているが、運用は都道府県の児童相談所に委ねられている。日本知的障害者福祉協会が今年1月に実施した調査によると、障害児施設の入所児で契約と判定された子どもの割合は、山形、愛媛両県の100%から、13%の愛知県まで、都道府県で大きなばらつきが出ている。
毎日新聞 2008年5月12日 東京夕刊