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【即興政治論】社会学者大澤 真幸さん Q ナショナリズムとどう向き合う?2008年5月13日 北京五輪の聖火リレー騒動はチベット問題もさることながら、中国のナショナリズムの高まりを感じさせました。日本のネット右翼の動きも気になります。政治はナショナリズムとどう向き合っていくべきか。社会学者の大澤真幸さんと一緒に考えてみました。記者・清水 孝幸 清水 まずナショナリズムって何でしょうか。国家主義とか民族主義とか訳されますが。 大澤 誰でも自分が生まれ、育ったところに愛着を持ったりします。ナショナリズムはそんな郷土愛とは違います。 日本人だって一億人以上いますよね。個々の日本人は互いに知らず、生涯会うこともない。ほとんど知らないような同胞のために、時には命を投げ出すような極端に強い帰属意識を持つのがナショナリズムの特徴です。 清水 ナショナリズムは強まっていますか。 大澤 経済も情報も人の移動も、国境がそれほど問題にならなくなって、多くの識者がナショナリズムは風前のともしびだと思っていました。でも、現実は弱まるどころか、民族的で過激な「現代のナショナリズム」が勢いを増しています。僕はナショナリズムの季節外れの嵐と呼んでいます。 グローバリゼーション(世界の一体化)で客観的に均質化は進んでいるのに、主観的な違いに敏感になって、気になりだすと、もう耐えられない。それが現代のナショナリズムです。 清水 どんな特徴がありますか。 大澤 かつての「古典的なナショナリズム」は、村とか藩とか、比較的狭い範囲の共同体に帰属意識を持っていた人が、日本という大きくて抽象的な共同体に所属しているんだと考えるようになることでした。 これに対し、現代のナショナリズムは国家という大きな単位から、より小さな民族という単位へ帰属意識が変わる。向かっている方向がまったく逆です。 清水 旧ユーゴのコソボ独立は典型ですね。日本でもナショナリズムは強まっていますか。 大澤 そう思います。でも、ものすごく強いかというと、そこは微妙です。意識調査によると、日本人の日本への自信は一九八〇年代の初頭をピークに下がっています。若い人ほど自信を喪失し、若者の間にナショナリズムが強いとは証明できません。ネットなんかで見られる右翼的な傾向は、古典的なナショナリズムとは違う屈折したナショナリズムです。 彼らはネーション(国家)が好きという以上に左翼嫌いが強い。左翼は人権とか世界平和とか普遍的な理念を前面に出しますよね。そういうものに説得力のあった時代もありましたが、今の若者には欺瞞(ぎまん)的に見え、それへの反発がナショナリズムとして現れるのです。 清水 小泉純一郎元首相の靖国神社参拝や、安倍晋三前首相の愛国心路線が煽(あお)ったのでは。 大澤 煽っただけで好きなようになるんだったら、政治なんて楽なもんですよ。それでうまくいくなら、福田(康夫首相)さんも頑張れよって感じ。小泉さんの時は、中国や韓国を含めてアジアの連帯とか、そういう優等生的な発言への反発が強い時期でした。そうした風潮に小泉さんが便乗したとは思いますが。 清水 政治に責任はないですか。 大澤 政治が無力化しているのが問題です。政治は、われわれの共同体がどういうものであるべきか決めるものじゃないですか。それなのに、僕たちには、ちまちました選択肢しかありません。あるのはガソリン税がいいか悪いか。政治的というより、行政的な選択ですよ。政治が空洞化している虚(むな)しさの中で、そうした空気を埋めるのがナショナリズムです。 清水 強まるナショナリズム、政治不信、格差拡大…。戦前の暗い時代の状況と重なります。 大澤 ある種のムードとか雰囲気が似ているのは確か。ただ、物質的、経済的な環境は違いますから、すぐファシズムが出てくるという感じはしません。自分たちが政治の中に代表されていないという疎外感がバネになって、そういう感覚を一手に引き受けるカリスマが現れた時が危険です。 清水 克服するには。 大澤 かつては経済も社会も国家の単位で動いていて、それにふさわしい国民的なシンボルやライフスタイルがありました。いま、グローバル化にふさわしい文化的なシンボルはありません。 人類は今世紀の序盤でグローバリゼーションに対応する文化的なシンボルを見いだすことができるか。ナショナリズムを克服する鍵になります。政治もちまちましてないで、社会の新たなグランドデザインを考え、示すことが大事です。 おおさわ・まさち 1958年長野県生まれ。東京大大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士。千葉大助教授などを経て、2007年から京都大大学院人間・環境学研究科教授。オウム真理教や9・11テロ後の世界など現代の諸問題を研究。著書に「ナショナリズムの由来」「不可能性の時代」「<自由>の条件」など。
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