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淫乱で…
作:死に逝く翼



14


「ど、どうよ?」
 モグモグと口を動かす黒川を、息を詰めて見つめる。黒川は目を閉じて、何やら神妙にしている。それが余計に私の不安を煽ってくれる。せっかくの、晴れた昼休みの屋上というロケーションも、まるで心を和ませてくれない。
「……ひょっとして、美味しくないとか?」
 不安そうに尋ねた時、ゴクンと黒川の喉が動いた。
 目を開けた黒川が、ニッと笑った。
「いや。けっこういいんじゃないか?」
 私はようやく、ホーッと息を吐いた。
 すると黒川の笑顔が優しくなったような気がして、私は恥ずかしくて目をそらしてしまった。
 それからふと、ちゃんと口の中のものを飲み込んでから喋るあたりが何だか黒川っぽいな、などと考えたりもした。
「うん、まあアレだ」
 黒川が、ヒョイと卵焼きを摘み上げた。
 あっ、それはと思ったがもう遅い。それは卵焼きというには、いささか黒味が勝ちすぎている色をしているのだ。
「ちょっと焦げ目がきつかったりとかは、ご愛嬌だな」
「う、うるさいわね。ただ美味しいって言って食べてればいいのよ」
「ははは。いや、美味しいのは美味しいって」
「ふんっ」
 私はわざとらしく鼻を鳴らして、今度は完全にそっぽを向いてやった。
 風に吹かれる髪を撫で付けながら、横目で黒川の様子を窺う。黒川は何だか楽しそうに、私の作ったお弁当を食べていた。
「……でもやっぱり、いつも食べてるのが美味しいとか思ってるんでしょ」
 横を向いたまま、小さな声で憎まれ口を叩いた。
「ん〜、まあその辺は慣れの問題もあるんじゃないか? オマエ、そんな作り慣れてないだろ、弁当って」
 遠回しなようで、けっこうハッキリ言ってくれる。
 だけど正直に言うなら、お弁当というか、料理自体が作り慣れているわけじゃない。ケーキとかお菓子とかなら、たまに気が向いた時や友達が来た時に、お遊び感覚で作ったりもするけど。
 だからといって、このまま引き下がるわけにもいかない。
「……じゃあ、私が慣れるまで付き合いなさいよ」
「そりゃかまわないけど、事前には言っておいてもらいたいかな。オレも家で断っとかないといけないし。明日は弁当いらないからって」
「それくらいなら、してあげるわよ」
「ははは。じゃあ、よろしくな」
 黒川の嬉しそうな声が、妙に耳にくすぐったい。嬉しいという気持はあるけれど、やっぱり素直に認めにくい。
 その実情がどうであれ、私と黒川はクラスで公認のカップルだった。だからというわけでもないけど、何となく昼休みも一緒になるようになっていた。今日のように、晴れた日の昼休みに屋上のベンチに並んで座るのも、いまだに少し気恥ずかしくはあるけれど、初めてということでもなくなっていた。
 けれども、そこからお弁当を作るという話になったのは、やはり私が黒川に本当に惚れてしまっているからだ。
 黒川の弁当は、男所帯のはずなのにやたら見栄えも良かった。それを口にすると、同居人は女だ、などとのたまってくれた。
 それが私のプライドを傷つけたのは、言うまでもない。
 私は理不尽な怒りに燃え、今日の弁当決戦に至ったというわけである。
 結果はあえなく惨敗したわけだが、何も一発勝負と決まったわけではない。ここから盛り返すのは、まだまだ可能なはずだ。
 私は心の中で硬く拳を握り締めると、自分のお弁当に箸を伸ばした。



「ふぅ。ごちそうさまでした」
「……うん」
 満足そうな黒川に、私は小さく頷いた。しかしその心中は、いささか複雑なものだった。
 自分の分も当然ながら自分で作ったのだけれど、それは不味いとは言わないけれど、どちらかと言うと美味しいとは言えない部類だったと思う。
 だけど食べてる間の黒川は、美味しいものを食べてるみたいな顔をしていた。味付けやらで私をからかったりはしたけれど、不味いとは絶対に言わなかった。
 それが、女の子に弁当を作ってきてもらった男の礼儀というヤツなのだろうか。
「……ふぅ」
「どうかしたのか?」
 私のため息を聞きとめた黒川が尋ねてくる。何でもないと首を振って、お弁当箱を片付けにかかる。
 そうしながら、チラリと黒川に目を向けた。
 私の視線に気付いて、黒川がふっと笑った。
 黒川は、いろんな笑い方をする。それに気付いたのは、割りに最近のことだ。知り合う前の黒川は、笑ったりしていなかった。表情がなかった。もっと正確に言うなら、顔さえハッキリ記憶してなかったと思う。
 そんな黒川が最初に私に見せた笑い方は、余裕の笑みだったり、ニヤリという単語が似合うような、そういう笑みだった。
 それが今では、力の抜けた、ただ心地良いという以外に意味のない笑顔で、私の隣に座っている。そういう自然な笑みを私に向けている。
 そう思うと、何だか胸が温かくなる反面、キュッと締め付けられるような感覚もあった。
「ん? どうかしたか?」
 黒川の唇が動いて、さっきと同じ言葉を紡ぎだす。
 私はいつの間にか、手を止めて黒川を凝視してしまっていたようだ。
「まさかご飯粒がついてるとか、そういう古典的なオチはないよな?」
 笑いながら、自分の頬を撫でる黒川。
 けれども私は、ただその顔を見つめていた。
 私は今、幸せなんだと思う。
 自分が好きな相手に、こんな風に笑いかけてもらえて。
 本当はこの気持ちを伝えて、そして答えを、私の望む答えを返して欲しいと願っている。
 でも、そうすることで今の関係が壊れるのも怖かった。
 黒川は、純粋に私との身体の関係に満足しているのかもしれない。
 それを否定しきることができない。
 でも、だから……私は…………。

 せめて、キスをしたい。

 唐突だったけれど、私の中では自然な想いだった。
 いろんな思いはあるけれど、今はただ黒川に触れていたかった。
 唇で。

 私は吸い寄せられるように身体を伸ばして、黒川とキスをしていた。
「ん……?」
 さすがに黒川も、少し驚いたようだった。
 それはそうだ。
 ここは学校の屋上で、周りには他の生徒もいる。ついでに言うなら、まだ放課後でもなく昼休みなのだ。
 けれども、さすがは黒川というべきだろう。拒んだりはしないで、それどころか私に身体を寄せてきた。ベンチの上にあった私の手を、その大きな手で上から優しく包み込んできた。
 頭の奥が痺れて、それが指先にまで広がっていく。黒川の手が、ギュッと私の手を握った。痺れが逆流して、頭の中でふわっと何かが広がっていく。
 お互い舌を入れなかったのは、時間や場所を気にしたからじゃなくて、その時はそういうキスが相応しかったから。
 私たちは、10秒以上もそうして唇を重ね合わせてから、ゆっくりと身体を離していった。
「……ふぅ」
 うつむいて零した吐息は、それと分かるほど熱い。息だけじゃなくて、身体中がもう熱を持ち始めている。ドクンドクンと心臓の鼓動が感じられる。一つ脈打つたびに、私の体温が上がっていくみたい。
「ん……」
 黒川の唇が触れていた、自分の唇を指先でなぞる。触ったのは唇なのに、お腹の下の方に疼くものがあった。
 チラリと素早く周りに目を走らせる。割りに長いキスをしていたのに、幸いにも気付いた生徒はいないみたいだ。
「ね……黒川」
 見上げた瞳に映った黒川が、少しにじんで見えた。それほどに私は欲情……黒川が欲しくてたまらなくなっていた。
 今みたいな優しいキスじゃなくて、もっともっと激しいキスをしたくなってしまっていた。黒川が私の傍にいることを実感したかった。
「今から、しようよ」
 少しかすれ気味の声で、黒川に囁きかける。
「食べてすぐ運動するのはなぁ」
「……馬鹿」
 とぼける黒川を、精一杯に睨む。だけど私のそういう表情が、黒川をひるませたことは今までない。
「だいたい、俺はどっちかって言うと、性欲よりも睡眠欲を満たしたい」
「え?」
「というわけで、おやすみ」
 言うが早いが、黒川はごろんと身体を横にしてしまった。しかも、私の太ももに頭を乗せるという、いわゆる膝枕の状態で。
「ちょっ、ちょっと黒川っ」
「ぐぅ」
 驚き半分に慌てたのが半分。焦った私が起こそうと肩を揺さぶっても、黒川はわざとらしい寝息しか返してこない。
「こ、こらっ! 黒川ってばっ!」
 つい大声を上げてしまっていた。おかげで、キスの時にも集めなかった注目を集めてしまう。みんなすぐに、それぞれの会話に戻っていったけれど、膝枕をしてるのを見られたのは、滅茶苦茶に恥ずかしかった。
 しかも、クラスの友達から「頑張れー」と声援を送るようなフリをされた日には。
「ぅぅぅぅぅっ……」
 屈辱的に恥ずかしい。
 なのに黒川は、人の脚に頭を乗せて眠ろうとしている。
 無性に腹が立った。
「ふん。そういうつもりなら、こうだから」
 右手でキュッと黒川の鼻を摘まむ。
 ついでに左手で、黒川の口を覆う。
 けれども黒川は何の反応も返さなかった。
「あれ? まさかもうホントに寝ちゃってるとか?」
 いくら何でも、早すぎるだろう。
 だけど、それならそれで、起きるまでやればいいやと思った時、いきなり両腕を強く掴まれていた。
「うぁっ!」
 反射的に身体がビクッと逃げようとしたが、その動きを封じるくらいに強く掴まれていた。目を下ろせば、不機嫌そうな黒川の顔があった。
 ドキッとした。
 情けない話だけど、怖くて泣きそうになってしまった。黒川が怒るなんていうことは、今までなかった。その黒川が、怒っている。それは私にとって、とても恐ろしいことだった。
 怒っている黒川が怖いんじゃなくて、黒川に怒られるのが怖かった。
 黒川が、私を冷たい瞳で睨んでいる。
 それは、とてもとても恐ろしいことだった。
「ぁ、ぃゃ、あの……」
 軽い悪戯のつもりだったのに、こんなに怒られるとは思わなかった。「何を本気で怒ってるのよ」と冗談めかして言うこともできない。声が完璧に上ずっている。
 黒川が、私の腕から手を離した。しかし安心する暇もなく、その腕は私の顔の方へ伸びてきた。
「……っ!」
 首をすくめ、私はギュッと目を閉じた。
 黒川の手が、私の頭に触れた。
 恐怖のせいで、鼓動というにはあまりに速く心臓が動く。
 閉じた瞼から涙が零れてしまう。

 そして私は、キスされていた。

 最初は、何が何だか分からなかった。顔を何か触られたっていう感触があって、私は慌てて逃げようとして。でも黒川の手が私の頭を抑えていて。
 それで、触れられているのが唇だって分かって。痛くも何ともなくて、柔らかいっていうのが分かって。
 恐る恐る目を開けてみたら、すぐそこに黒川の顔があって。

 そして私は、泣いてしまった。

 安心したおかげで、強張った身体から力が抜けていった。そうすると、私が感じ取れるのはますます黒川だけになっていった。
 黒川の触れている唇と右耳辺り以外の感覚が消えていく。私はその感覚に身を委ねようと、ゆっくりと瞼を閉じた。
 まるで、私の全部が黒川に触れられているみたいな感じ。
 舌も使わず、唇と唇を重ね合わせているだけなのに、触れられているのは体の外側なのに、私の内側から黒川が全身に広がっていくみたい。
 怒られるのを怯えていたのが嘘みたいに、ふぁっと心が軽くなっていく。
 そうやって私の内側も外側も黒川で一杯になった時、黒川は離れていってしまった。
「あ……」
 自分でもそれと分かるほど、残念そうな声を上げてしまう。それがキッカケになったのか、外の世界が戻ってきた。肌に感じる日差しや風。耳に届く話し声。
 それと、悪戯を成功させた子供のように笑っている、黒川の顔。
「じゃ、おやすみ」
 言うが早いが、黒川はまた私の膝の上に頭を乗せて、目を閉じてしまった。
「ちょっ、ちょっと黒川っ」
 私は囁き声で叫んでいた。けれどももう黒川は何の返事もしない。完璧に寝たフリを決め込んでいる。
「……ふぅ」
 正直、ズルイと思った。
 私はさっき、フリにかなりの本気を込めて、黒川を怒った調子で睨んでやった。なのに黒川は全然こたえないで、なのに私は、黒川のちょっとしたフリにモノの見事にうろたえてしまった。
 まったく。この差はいったい何なんだ。
「こら、何とか言ってみろ」
 人差し指で、黒川の頬を軽く突付いた。黒川は少しくすぐったそうにしただけで、起きようとしない。私も、このまま続けてさっきみたいに怒るフリをされるのも、ひょっとしたら本気で怒られるのも嫌だったので、適当に指を離した。
「あ〜あ……」
 どうして、こうも黒川に振り回されるのか。惚れた弱みというしかないのか。
 何よりも厄介なのは、こんなふうに黒川に振り回されるのが嫌じゃない、ということだった。
 かなり重症というしかない。
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、私の膝の上で黒川は、何か幸せそうな顔で目を閉じている。
 ……ひょっとしたら黒川も、さっきみたいなやりとりを普通に楽しんでくれたんだろうか。
 だったらいいのに、などと考える辺りが、つくづく惚れきった証拠なのだろう。
「ま、いいか」
 考えるのも面倒になってきた。私は昼寝に付き合おうと、黒川に覆い被さるように身体を倒した。
 横になった黒川のわき腹辺りに顔が行く、ちょっと窮屈な姿勢だったけど、あまり気にはならなかった。
 それよりも、微かに鼻をくすぐる黒川の匂いが、何だか心地良かった。汗の匂いもするけど、汗臭いというのではない。黒川はもともと体臭のする方じゃないけれど、それでもやっぱり黒川の匂いというのはあって、それを判別できる自分がちょっと嬉しかったりもする。
 私は別に匂いフェチではないけれど、こうして相手の匂いを身近に感じ取れるのは、やっぱり気持ちがいい感じがする。
 ただ難を言えば、やっぱり体勢がちょっと苦しいことだ。できればもっと、くっついていたい、というのもある。
 やっぱり黒川がいつも使っているベッドで、一緒に横になるのが一番かな。
 なんてことを思いながら、体勢をちょっと工夫しようと身体を起こしかけた。その時ふと、黒川の手がすぐそこにあったのが目に入った。
 私は、ほとんど無意識のうちに黒川の手を握っていた。
 黒川も、寝たフリをしていたからか、寝ていても反射的にそうなったのか、キュッと私の手を握り返してくれた。
 それだけで私は、もう何もかもがどうでも良くなって、また黒川に覆い被さるようにして、本当にそのまま眠ってしまった。



「うぅぅ……んん……ん?」
 呻きながら、顔を枕に擦り付ける。けれど、何となく感触が違うような気がした。枕にしては、妙に硬いし形も変だ。
「……あれ?」
 目を開けてみれば、私が枕にしていたのは本物の枕じゃなかった。
 急速に意識が覚醒し、自分の置かれた状況が頭に入ってくる。
「よう、おはよう」
「うわぁっ!?」
 頭上から降ってきたのは、予想通り黒川の声。それでも私は大げさすぎるくらいに驚いて、跳ね起きていた。
「おいおい、どうした?」
「ど、ど、ど……どうしたもこうしたも、あんた……」
 私は勢いのままベンチからも立ち上がって、こちらは座ったままの黒川をとりあえず指差していた。けれど指先はプルプルと震え、言葉も喉に詰まって出てこない。
「ん?」
 黒川は怪訝そうにすることもなく、少し首を傾げて見せて、私の言葉を促してくる。
 私は伸ばした手を下ろすと、ため息を吐きながらうな垂れてしまった。そうして黒川の顔を見ないようにしつつ、また隣に腰を下ろした。
 わざと乱暴に、ドンッと黒川に寄りかかる。
「……何で、あんたが私に膝枕してたのよ」
「いや、オマエが交代しろって言ったんだぞ?」
 全然、覚えていなかった。膝枕は、私が黒川にしていたはずなのに……。
「しっかし、よく寝てたよな。寝不足か?」
「……うるさいわね。いいでしょ、別に」
 昨日は夜更かししたわけでもなかったし、疲れが溜まっているわけでもない。それなのに、こんな窮屈な格好でグッスリ寝ていたというのは…………やっぱり、黒川の膝枕だったから?
 駄目だ。
 何かさっきから思考が泥沼にはまってる。もうちょっと黒川以外のことを考えられないのか、私は。
「……って、あれ?」
「どうした?」
 どうしたもこうしたも、屋上には人がいなくなっていた。グルリと見渡してみても、本当に誰もいない。残っているのは私たちだけだ。
 それを黒川に言うと、ヤツはアッサリと言ってのけた。
「そりゃあ5時間目が始まってるからだろ」
「……え?」
「今は……1時45分か。まさに授業の真っ最中だな」
 私が言葉を理解しかねていると、黒川はわざわざ携帯で時間を確認してまで教えてくれた。
 いや。私はちゃんと、黒川の一言目で事態は把握できていた。分からなかったのは、黒川がまるで焦る様子を見せずにここにいる、ということだ。
 私は勢いよく立ち上がると、座ったままの黒川の手を引いた。
「アンタ、授業始まってるのに、何をそんなノンビリしてるのよっ」
「いいじゃないか、別に。1回くらいサボったって」
 私が一所懸命引っ張っているのに、黒川は全然立とうとしない。おまけに、ビクともしない。それがなぜか余計に私を苛立たせた。
「サボったって、何よそれ。今から出ようって気はないわけ?」
「うん」
 気力が一気に萎えて、ガックリと来てしまった。
 ……黒川って、こういうヤツだっただろうか。
 私は黒川の手に引っ張られるままに、また黒川の隣に腰を下ろした。
 カクンと折れていた首をどうにか持ち上げて顔を振り上げると、なぜかそこには黒川の笑顔があった。
「……ねえ、どうして起こさなかったのよ」
「気持ち良さそうに寝てたからな」
 私は頭突きといっていいくらいの勢いで、黒川に額を押し付けた。
「……アンタは、いつ起きたのよ?」
「割りにスグだったな。そん時に体勢も入れ替えたはずだ」
 ……やっぱり覚えがない。
 おまけに私は、黒川にずっと無防備な寝顔をさらしていたと? そりゃあ、今まで何度も同じベッドで寝てきたけれど、だからって膝枕?
 私が悶々としていると、慰めるつもりなのか、黒川が言葉をかけてきた。ただしその内容は、慰めには程遠いというか、むしろ正反対の代物だった。
「でもまあ、安心しろ。俺たち、体調不良で保健室に行ってることになってるから」
「は? 何よそれ」
 思わず、黒川を振り仰いで聞き返した。黒川は私の親しいクラスメートの名を挙げた。その子は、黒川を膝枕する羽目になった私に声援を送ってくれてた子だ。
「持つべきものは友だな。俺たち二人とも、手作り弁当のせいで腹の調子が悪いらしい」
「な、な、な……何よそれ〜〜〜〜〜っ」
「はっはっは。諦めろ」
「うぅぅぅぅ……馬鹿ぁ……」
 黒川の胸を叩こうとすると、その手首を捕まえられた。反対の手が、つまり黒川の右手が、私の背中を通って左肩を抱いてきた。
 要するに私は、なぜか黒川にシッカリと抱きしめられていたわけだ。
「何よ……っ!?」
 拗ねた目と声を黒川に向けたものの、それ以上はできなかった。いや、驚いて逃げようとしたのだけれど、それができないように既に捕まっていた。
 ニッと笑った黒川が、私に顔を寄せてくる。
「ちょっ、待っ……んっ!」
 待つはずもなく、私は唇を奪われていた。
 軽く触れ合わされただけなのに、一気にそういう気分に持っていかれそうになっていた。
 そうしたのは私のプライドなのか、あるいは女の性なのか、私は何とか黒川から逃れようと身をよじった。
「んっ……や、ダメっ……んっ!」
 けれども。
 黒川の手が、キュッと私の肩を掴んだ。それだけで、力が抜けていってしまう。
 それを見抜いた黒川が、掴んでいた私の手を離すと、代わりに私の頬を指先でそっと撫で上げ、そのまま髪を梳き上げてきた。
「んあっ!」
 耳に触れられ、快感に肩をすくめてしまう。
 降りてきた黒川の指が私のあごにかかり、上を向かせようとする。私はもう、それに逆らえない。
 恐る恐る上を向くと、またキスをされた。私はもう、目を閉じて受け入れるだけだった。
 上唇を、黒川が唇で軽く挟んでくる。ほんの少し引っ張り上げるようにする。そうして唇がプツンと離れると、今度は舌先で私の唇をなぞってくる。
「ぁっ……ゃぁ、ぃゃ……」
 ゾクゾクした快感に、頭が痺れてしまっている。制止の言葉も、もう形ばかりのものでしかない。惰性で「いや」と口にする。
 と、黒川がフッと離れていった。
 なぜか心細くなってしまって、追いかけるように黒川の姿を求めて目を開けた。
 黒川が、すごく優しく笑っていて。
 それで、黒川が目を閉じて。
 だから、もう、私は……。


 黒川が押し倒したのか、私が引きずり込んだのか。多分その両方なんだろうけど、とにかく私たちは、ベンチに横になって抱き合っていた。
 それも、かなり激しく。
 上になった黒川が、私の下に右手を回して、強く抱き締めてくる。その圧迫感は息が苦しくなるくらいなのに、むしろそれが心地良くて。
 左手で頭の後ろの方を、いっぱいに広げた指で撫でられると、頭がもうクラクラしてくる。
 私は私で黒川の首に腕を絡ませて、頭を抱きかかえるようにしながら、夢中で唇を貪っていた。
「んっ、んんっ、んふっ……んんっ、ちゅっ、ぢゅるっ……んんんっ!」
 そう。それは確かに貪るという表現が正しいと思う。
 ピッタリと唇を重ね、舌を絡め合う。黒川の熱く濡れた舌を、私は夢中で追いかける。黒川が舌を引っ込めると、私はすぐに自分の舌を伸ばして追いかけていた。
「んふぅっ! んんっ、んぅぅうっ!」
 追いかけた舌を、ズルッと吸い込まれた。私の舌を飲み込んだ黒川が、軽く歯を立てるようにする。そうしながら、口の中では私の舌の裏側を、舌先でくすぐるように刺激する。
「んっ、んんっ……んふぅっ、んんんっ!」
 息が苦しくても、止められない。
 少しでも離れるなんて、考えられない。
 この、全身を蕩かせてくれるような、激しくも甘いキスを、もっともっと味わいたい。
 私はいよいよ激しく黒川にしがみつき、吸い上げられる舌を自分から伸ばして、黒川の口腔を舐め回した。
 そうすると、口を開いた黒川が私の舌を押し返すように、今度は自分の舌を私の口の中に差し入れてきた。
 もちろん、大歓迎だ。
 黒川の舌を吸い上げ、激しく擦り合わせる。
「んっ、んんんっ!」
 その、最初の動きは互いに反射的なものだったと思う。……後にして思えば、黒川は意図的だったんだと思うけど。
 とにかく、私の後頭部にあった黒川の手が、気が付いた時には私の背中に回されていた。そうして黒川は、両手でグッと私を抱き締めた。
 私もそれに応えるべく、黒川を抱き締める腕に力を入れる。
 腰が浮き上がり、私の足の間に立ててあった黒川の太ももに、私は下腹部を押し付ける形になっていた。
「んふぅっ!」
 思わず、舌の動きが止まってしまっていた。
 股間の熱さが、急速に意識の上に浮上してくる。
 私は半ば無意識のうちに、片膝を立てて身体を支えると、黒川の太ももに押し付けるように腰を持ち上げていた。
 黒川の手も、その動きを手伝ってくれた。
 腰ではなく、お尻にまで黒川の手が下りてくる。その手が、私のお尻を鷲掴みにする。それだけではなく、私の股間を黒川の太ももに押し付けるように揺さぶってくる。
「んぅぅぅぅんんんっ! んっ、んふぅっ、ふぅっ、ふっ……んむぅっ、んじゅっ、ぢゅぅっ……ん、んんんっ!」
 ソコの熱さが、一気に高くなっていた。
 身体がズクズクに燃え出して、溶けていってしまいそうな感覚。
 それが唯一の支えであるように、私は必死に黒川にすがりつき、その舌を求めた。
 そうしながら、私は無意識のうちに自分でも腰を動かし、黒川の太ももにアソコを擦りつけていた。
「んっ、んっ、んっ、んんんっ……」
 来そうな気配は、もう最初からあったのかも知れない。けれどもその瞬間、私はソレがブワッと広がっていくのを確かに感じていた。
 身体が浮き上がるような、その独特の浮遊感。
 恐怖と裏表の強烈な快感から逃げるように、私はひたすら黒川を求めた。
「んんっ、んっ、んむむふぅぅぅぅっ……!」
 黒川がギュゥゥッと私を抱き締めた瞬間。
 その腕の中で、唇を重ね合わせたまま、私は呆気なくイってしまっていた。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 私はグッタリと、ベンチの上に伸びてしまっていた。身体に上手く力が入らない。額の汗を拭うこともできず、両手もダラリと身体の脇に放り出したままだ。
 その一方で、奇妙な浮遊感というか、疼きにも似た感覚は、いまだに私の中でくすぶっていた。
 イったとは言え、私が満足するにはまだまだ足りない。むしろ前戯でイってしまっただけに、余計に本番を待ち望んでしまっている。
 だから。
「んあっ!」
 ベンチの脇に腰を下ろしていた黒川に、耳にかかる髪を梳き上げられただけで、私は自分でも大げさな、と思うくらいの喘ぎ声を上げてしまっていた。反射的に目を固くつぶって、肩をすくめてしまう。
 恐る恐る目を開くと、どこか悪戯っぽい笑顔の黒川が、私を見下ろしているのが見えた。
 私が目を開けたのを確認してから、黒川は爪の背でゆっくりと私のアゴのラインをなぞり始めた。
 声を出すのは我慢できたけど、やっぱりまた、肩をすくめるようにしてしまう。ゾクッと来た拍子に、アソコがまた奥から溢れるように濡れてしまったのが分かった。
 私は肩をすくめて首を隠すようにしているのに、黒川の指は、その首を這い降りてくる。そちらに頭を傾げて指を押さえようとすると、スルリとかわされて、無防備になった反対側を撫でられる。
「やっ、やはっ、あっ、いやっ……」
 たまらず、声を漏らしてしまう。その声は、快感に震えていた。私はきっと、泣きそうな顔をしているに違いない。
 さっきから、頭が痺れてどうしようもない。
 ただでさえジーンとなっているところを黒川が頬や首を撫でてくるから、どんどん訳が分からなくなっていく。
 ただただ、快感だけが蓄積されて、私は熱く溶かされていく。
「したい?」
 今さらのような、黒川の問い。分かりきった質問をする黒川を、睨むようにする。けれどもやっぱり黒川は、まるで動じてくれない。
「ん?」
 軽く笑いながら、答えない私の唇を指先でなぞる。
 私はパクッと、その指に食いついてやった。
「あむ、んっ、んちゅっ、うんんっ」
 口でする時みたいに、唇をすぼめて指を締め付ける。そのまま爪の合間を尖らせた舌先で突付いて、グルンと舌を回すように指先を舐めしゃぶる。
 ふと目を上げると、黒川がくすぐったそうに笑っていた。だけど、それが何か余裕があるように見えて。
「あふぅっ……んんっ、んっ、んむぅ、んんんっ……」
 両手で、黒川の手を捕らえる。首を少し起こして、指を根元まで咥える。口の中に唾を溜めて、わざと音を立てながら指をしゃぶる。舌だけでなく、頬の内側にも擦りつけるようにする。
「んぁっ……は、あぁ、んぁぁっ……」
 だけどまあ、何と言うか。
 私は自爆してしまっていた。
 考えてみたら当たり前だ。黒川のを舐めてるんなら、向こうも気持良くなったんだろうけど、私が舐めてるのはあくまで指。ついでにいうなら、私は口の中にも性感帯があるというか、けっこう弱い。
「やぁぁ、もぅ、黒川ぁぁ……」
 一人で盛り上がって一人で自滅して。一方的に快感を掻き立てられて。私は半泣きになって黒川を求めた。
「ん?」
 黒川が、私の唾液で濡れた指で、また私の首に触れてきた。
 私はまた、身をすくませながら、震える声で黒川に告げた。
「…………して……」
 黒川が、ニッと笑った。
 おかげで、言ってしまったことを後悔したくなっていた。こういうときの黒川は、えてしてロクなことを考えていない。とんでもないことを言い出してくるに決まっている。
 ……でも。
 どこかで、それを期待している私がいる。
「な、何よ……」
 それを隠すように、どうにか突っかかるような口調を取り繕う。
 するとどういうわけか、黒川の口元から悪ふざけの色が消えて、何て言うか、優しいと言うか、そう、まあ、そういう風な笑みが浮かんで。
「いや、可愛いなぁ、と思って」
 ……卑怯者。
 ホントに、目に涙が滲んできてしまった。
 笑うように言われた瞬間、胸がキュゥッと切なくなってしまった。
 いや、胸だけじゃない。
 お腹の下の方が、それこそ子宮が切ない。
 SEXは気持ちがいいからとかじゃなくて、とにかく黒川と繋がりたい。
 どうして私はこんな場所で、こんな言葉を言われただけで、一つになりたいとか思っているんだろう。
 頭の片隅で自分を茶化そうとしてみても、この気持ちは今さら消しようがない。
 私は自分でも気付かないうちに身体を起こすと、黒川にしがみついていた。
「ん? どうした?」
「……何でもないわよ」
 黒川の肩に顔を埋めるようにしながら、ふてくされた声で答える。
 意外に太いその腕が私の身体を抱き締め、大きな手が背中を撫でさすってくる。私は喘ぎそうになるのを必死に堪えて囁いた。
「ここまでしといて、しないつもりなの?」
「いや、まさか。したいに決まってる」
「だったら……」
 私が顔を上げると、そこには黒川のアノ笑顔があった。ニヤリとした、意地の悪い笑顔。
 言葉を詰まらせてしまった私に、黒川はその笑顔のままで頷いて言った。
「うん。だから、早いとこ脱いでくれよ」
 理解するのに、一瞬の間があった。
 その隙に黒川は私から身体を離すと、キョトンとしたままの私を、愉快そうに見つめてきた。
 そこでようやく、私は黒川の意図を理解した。
 そうだ。黒川はこういうヤツだった。ここまで流れができてるのに、あえて私にそういうことをさせる。
 まったく。どこまでも嫌なヤツだ。
 私は黒川を軽く蹴り付けると、そのニヤけた顔を睨みながらも、スカートの中に手を差し入れていた。
 だって、こうする以外にしょうがないから。
 私が「嫌だ」と言えば、黒川はアッサリと、それはもう呆気ないほど簡単に前言を撤回して、ここまでできた流れを断ち切ってしまうに違いないから。黒川は、そういう男だから。
 睨み付けてる黒川の姿が、さっきとは別の涙で滲んできてしまう。
 それでも黒川は、その顔から笑みを消さない。「ん?」と首をかしげるようにしながらも、笑って私を見ている。
 私は、せめて一言何か言ってやろうとした。けれどその時、黒川の目が…………。

 黒川の瞳が、私に、突き刺さって、しまって。

「はぁ、あぁ、ぅぅぅぅ……」
 とっさに俯いて、呻き声を漏らす。
 完全に、そちら側にもスイッチが入ってしまった。
 見なくても、黒川が私を見ているのが分かる。私の身体は、黒川の視線にはやたらと敏感だから。視線を浴びた個所は、まるで本当に触れられたみたいに鳥肌が立つから。
 黒川は、何も言ってこない。ただ黙って私を見ている。そのことが、いよいよ私を高ぶらせていってしまう。
「んっ……」
 指をかけた下着に、また愛液が滲んでいくのが分かった。さっきイカされてしまった下着は、それこそ早く脱がないと気持ち悪くなってくる。
「はぁ、はぁ、ふぅぅぅぅぅ……」
 大きく息を吐くと、私はいったんスカートの中から手を引き抜いた。それから、ゆっくりと顔を上げる。
 黒川は、この先の展開を楽しみにしている、といった感じで、相変わらず笑ったままだった。
 精一杯に意地を総動員して、黒川を睨む。
 それから、ぎこちない動きになりながらも、ベンチから立ち上がって、黒川の側に立つ。
 スカートの裾を掃うフリをして、黒川から目をそらす。さすがにもう、まともに顔を見てられない。
 脱ぐのも脱がされるのも、何度だってしているのに。視線にさらされながらだって、何度も経験済みなのに。
 それでも、この屋上というシチュエーションは、私をものすごく緊張させた。
 恥ずかしくって恥ずかしくって、めまいがしてくる。視覚だけでなく、聴覚まで歪んできている。音がまともに聞こえてこない。
 けれども、私には道は一つしかない。
 私は唇を噛み締めると、スカートの中に手を差し入れた。
「んっく……」
 下着を引き剥がした時、それがタップリと濡れてしまっているのが嫌でも自覚できた。思わず顔をしかめてしまったほどだ。
 それでもどうにか膝の上まで引き下ろしたけれど、そこでやっぱり動きを止めてしまった。
 このまま下ろしていくと、黒川に濡れた下着を見られてしまう。今さらと言われようが何と言われようが、それはイヤだ。
 結局、私は黒川から逃げることにした。チョコチョコと足を動かして、背中を向ける。膝を折りたたむようにして、その場にしゃがみこむ。
 脚をスカートの中に隠してしまうと、自分でも見ないようにしながら、下着を足首まで下ろす。それからお尻をついて、ササッと右足だけ抜いて、そのまま下着を左足の太ももにまで引き上げた。
「……脱いだ、わよ」
 黒川に向き直り、呟くように言う。
 外見は何一つ変わっていないけれど、私は今、確かに下着を穿かないで立っていた。
 そう意識しただけで、ブルッと身体が震えるほどの快感が走り抜けていった。
「黒、川……」
「ああ、そうだなあ」
 答える黒川の声は、やっぱり意地悪そうに聞こえた。それも、さっきよりその度合いが強くなった気がする。
 ……まだ、何かさせるつもり?
 見せないように脱いだせい?
 私の中で、不安が頭をもたげてくる。オズオズと、怯えたように私は顔を上げて黒川を見た。
 黒川が、ニヤリと笑った。
 ……ダメだ。絶対、何かさせられる。それも、下着を脱ぐより恥ずかしいことを。
 私はそう確信していた。黒川は、まだ私に触れるつもりはないらしい。もっと私を虐めて楽しむつもりだ。
 例えば?
「……んっ」
 渇いた喉に、無理やり唾を流し込む。限界まで高まっていたはずの鼓動が、さらに早くなった感じがする。
 黒川は、何をさせるつもり? 例えば?
 例えば、そう。スカートをまくらせるとか? 下着を脱いだそれだけで濡れまくってしまった私のそこを、さらけ出させるとか?
 ……黒川なら、させかねない。
「あっ」
 思わず、声が出ていた。
 ゾクッと身体が震えたかと思うと、剥き出しのソコから、愛液が零れ落ちていくのが分かったから。
 慌てて俯いた私は、ギュゥッとスカートを握り締めていた。
 手が、ブルブルと震えている。
 黒川に言われれば、私はこの手を持ち上げるしかない。
 そして、私はそれを……期待、している。
 けれど。
「きゃっ!?」
 私はいきなり、黒川に腕を引かれていた。あっと思った時には、黒川の腕の中に収まっていた。ベンチに座った黒川に、後ろから抱きかかえられるようにして、私もベンチに、黒川の脚の間に座らされていた。
「く、黒川……んぁっ!」
 思いのほか強い力で抱き締められた。それだけで身体が芯から痺れてきて、力を奪われる。
 グッタリとなった私の耳元に、黒川が顔を寄せてくる。動かないように、頭を抱きかかえられる。
「今のもけっこう良かったんだけどな?」
「ひっ……」
 ギリギリ、私の耳の縁に触れるくらいの距離で、黒川が話す。耳にかかる黒川の熱い息が、かすかに触れる唇が、私の意識を快楽に染めていく。
「俺としてはだ、全部脱いで欲しいんだよな」
「んあぁぁぁっ!」
 言葉と一緒に滑り込んできた舌が、私の脳を直接舐め上げていた。抱き締められた腕の中で、ギクギクンと私の身体が痙攣する。
 下着というカバーをなくした私のアソコは、愛液をお尻の下に敷いたスカートにまで滴らせていた。
「はっ、はぁぁっ、はっ、はぁっ」
「ん? 分かった?」
 分かるわけがない。何を言われたか理解する前に、舌でイカされていたのだから。私は問い返すこともできず、ただ荒い息を吐いていた。
 そして黒川はご丁寧に、絶対わざとだと思うけど、それを反抗だと解釈してくれた。
「なんだ。脱いでくれないのか?」
「うくぅっ!」
 耳たぶを噛まれて、また身体が跳ねた。私の意思とは無関係に、強烈過ぎる快感に身体が踊る。
「ひぁっ! あ、あかぁっ、あ、ふっ、くぁ、あ、あぁ……」
 また、耳の中を舐められた。それから舌先で耳の縁をなぞられ、耳の付け根はベロォッと舐め上げられた。
 首を引き攣らせ、息も絶え絶えといった悲鳴を漏らしても、黒川の腕からは逃れられない。
 耳の穴から無理やり快楽を流し込まれて、私は何度も爆ぜていた。
「ぃゃ、ゃ……ゃぁ……」
 涙を流して許しを請うても、黒川は責め手を緩めてくれない。黒川の舌と唇は、耳からそのまま首筋へと移っていった。唾液に濡れたその唇が、私の首筋をゆっくりと這い下りてくる。
「ひっ、ひぁっ、あ、あぁぁぁぁぁっ……」
 ジワジワと這い下りてくる唇の感触に、全身が総毛だつ。
 黒川の唇は、首から鎖骨にまで這い進んでから、そこでようやく離れていった。
 安堵と未練との混ざった息を、私が吐こうとした瞬間だった。
「ひうっっ……んあぁぁぁっ!」
 首に歯を立てられ、私はまたイカされてしまっていた。







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