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黒川とのSEXは、私に劇的な変化をもたらした。
その日の朝も、例によって痴漢の指が私の身体に触れてきた。いつもいつも、私はこの他人の指で自分の身体を慰めていたのだ。言うなれば、使い慣れたオナニーの道具だった。
なのに今朝は、まるで違った。
私の身体を這い回るその指が、気持ち悪くて仕方なかった。
身体は悪寒に震え、吐き気まで込み上げてきた。本当に、泣きたいくらいに気分が悪くなってしまった。
痴漢の指が私のスカートの中に潜り込んできたとき、私はその手首を押さえて叫んでいた。
「この人、痴漢ですっ!」
そんな事件が朝の通学途中であったものだから、学校で黒川に会うのは少し恥ずかしかった。
どうなんだろう。
黒川とのSEXは確かによかったが、私は特に黒川を好きとは思っていない、と思う。嫌いな訳じゃないけれど、今までの恋愛経験と黒川との関係は比較できるものじゃない。そうは言ってもやっぱり、何だか黒川の顔を見るのが照れくさかった。
その黒川に、私は下駄箱の所で会った。
妙に緊張してしまった。しかし無視するのもおかしいと思ったので、やはり挨拶をすることにした。
「あ、おはよう」
「え? あぁ、うん」
黒川は気のない返事をすると、さっさと靴を履き替えて歩いていってしまった。
私は、取り残されるように立っていた。
冷静に考えると、黒川の態度は正しい。私達は別に、付き合っているわけでも何でもないのだから。今までの私達は、挨拶すらしない間柄だったのだから。
しかし私は、黒川に怒りを感じていた。
黒川のことが、腹立たしくてならなかった。
そして今日も、私は腹を立てていた。
それは、自分に対してでもあり、やはり黒川に対してでもあった。
今日は、初めて黒川とSEXをして4日目だった。
その翌日に、黒川があまりに今まで通りの黒川だったことに対し、私は一人で勝手に怒っていた。黒川とは2度と口を利くものかと誓いさえした。無論、SEXも終わるつもりだった。あれは何かの間違いだったと自分に言い聞かせた。
そして、黒川が言い寄ってくるようなことがあったら、とびっきり冷たくあしらってやろうと誓った。
その誓いは、短い命だった。
私は、自分で考えていた以上に、その、淫乱、だったわけだ。
黒川とのSEXの後、身体はいっそう快楽を求めるようになっていた。麻薬中毒みたいなものだろうか。けれども、1人でしてみても、虚しいだけだった。いつもはそんなことなかったのに、事を終えた後、へこんでしまった。それはそれで気持ちよかったんだけど、ちょっと、違った。
黒川とのSEXを求めていることを、私は認めざるを得なかった。
けれども、1日経っても2日経っても、黒川が私に話しかけてくることはなかった。
結局、私が誓いを破る羽目になってしまったのだ。
「なんか、イヤなことでもあったのか? 顔が怖いぞ」
「別に」
黒川に言われても、私はふてくされていた。そもそも、原因はアンタだろうがと、声を大にしていってやりたかった。私が睨むようにしてやると、黒川は小さく笑って見せた。そして、ごくごく自然な動きで、私の隣に腰を下ろした。
「せっかく来たんだから、イヤなことは忘れれば?」
学校での姿からは想像できないような言葉が、黒川の口から出てきた。黒川の手が、私の頭を優しく撫でた。黒川は、私に微笑んで見せた。
おかしい。
私は黒川に怒っているはずなのに、黒川に触れられるのがイヤでなかった。頭を撫でられているだけなのに、何だかとても心地よかった。
私の腹立たしさは、他ならぬ黒川によって溶かされてしまった。しかしそれを認めてしまうのはプライドに関わるので、私はなおも腹立たしさを装っていた。せめて黒川に嫌みの1つでも言ってやりたかった。
幸いにも、丁度良いネタが目の前に転がっていた。
「黒川ってさ、ホストにでもなれば成功しそうだね」
「おいおい、何だよそれ」
黒川が苦笑した。怒らない辺りが、ホントにホストっぽいような気がしてきた。
「っていうか、もうホストやってんじゃないの? 何人も女の人抱いて」
「そんなことしてないって」
「じゃあ、これは?」
私は黒川の肩を指でなぞった。
襟元から覗く黒川の首の付け根には、血の滲んだような跡が残っていた。それはおそらく、まず間違いなく、女に噛まれた痕だった。SEXの最中に、そのクライマックスで女が噛みついたのだろう。
黒川の弱点を見つけたような気分になって、私はほくそ笑んだ。
実際、黒川は女の扱いが妙に手慣れていた。今も、私の怒りをあっという間に溶かしてしまった。
危ない危ない。
気を付けないと、このホスト野郎に深入りしてしまうところだった。
身体だけの関係。
黒川とは、それが最良の付き合いだ。
そう自分を戒める私に、黒川は爆笑していた。
「なっ、何がおかしいのよっ」
「いや、ちょ、待って」
黒川は腹を抱えて笑っていた。笑い転げる黒川を見ていると、私の中で再び腹立たしさが込み上げてきた。
「ちょっとっ!」
声を張り上げる私に、黒川はようやく笑うのを止めた。
「あぁ、ごめんごめん。うん。そう。これね、確かに女の子に噛まれたんだよな」
黒川はシャツのボタンを外して、肩口を私に見せた。それは私が予想し、黒川が自分で言うように、歯形に見えた。消えかけてはいるが、確かに女の歯形に思えた。
「やっぱり、アンタがホストの証拠なんじゃないの」
別にホストと決めつける理由ではないのだが、私はそう断言していた。しかし、黒川の顔は笑ったままだった。
「でも、これ、お前が噛んだんだぞ?」
「え?」
「この間の時、俺に噛みついたの、覚えてない?」
「……」
え……?
あれ……?
え〜っと……?
この間は、黒川に無茶苦茶にされて、すごい感じちゃってて。
最後の方では、そう、黒川に夢中でしがみついていて、それで……。
「え? あ、あの……」
「思い出した?」
黒川はニヤニヤしていた。
「う、嘘っ、だって……。きゃあっ」
慌てふためく私を、黒川が抱きついてきた。必死にもがく私を黒川は難なく押さえ込み、気がつけば私は、後ろから黒川に抱きかかえられるような形で座らされていた。
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