2008年05月08日

言っちゃいけないかもしれないが

 実際に自分でやってみればいいじゃん。こういうところで探してさ。一人じゃできないのなら、関心のある人達が集まってるんだから、検討したらいいし。

 ここなんてどう? 話せば通じる人に見えるけど。(投げやり)
http://ameblo.jp/gakken-koujaku/entry-10088692142.html

 私はもう嫌だ。kikulogで見かけた、あるブログに非公開コメントで意見したときは、胃が痛くなったから。
 
この記事へのコメント
 あーもう、見ててイライラする。データの問題じゃなくて構造の問題が絡んでるし。見事な逆切れと脊髄反射理論だし。だからって私が何を言っても無駄だし。

 ああそうだよ、何を言っても無駄だから言わないんだよ。私は、「何を言っても無駄だったら何も言わなければいい。余計なことを言うな!」と、「何を言っても無駄」な対象の人に激怒され続けた経験があってウンザリしてるから、何も言わない。そして、そういう態度を、ここを見てくれるような「話せば分かる人」に見せてるんだよ。本当に何も言わなかったら、私が見てることも伝わらないし、見ていて何も言わない人がいることも伝わらないから。

 Lightさんもnewsolさんも、玄倉川さんにああいう返答をすると、ROMにどう見られるのか、全く分かってない。特にLightさんは、あれでいいのか。
Posted by Narr at 2008年05月08日 23:36
 他人の目には「この人は結論ありきなんだな」と見られるんだよ。そして、「この人は、他人に自分が好む結論を出させるために、延々と押し付け続けてるんだな」ってとられる。本人にはそんな意識はさらさら無くても、他人にはそう見られる。

 いいのか、それで。対話したいのだろうに。
Posted by Narr at 2008年05月09日 00:11
Commented by エミル at 2008-05-07 21:20 x
Commented by newsol at 2008-05-08 22:30
Commented by エミル at 2008-05-08 23:30 x
Commented by newsol at 2008-05-09 00:13

 個人的に、私がエミルさんに近い立場のやりとりを経験したことがあるけどね。最後の『at 2008-05-09 00:13』なんて、よく似てる。

 そのときの私の『気持ち』は、「もうこの人と何を話しても無駄だ」だった。一番がっかりしたのは、「間違いを認めることができる人は、良い人だ」「またお話ししましょう」だよ。二度とこいつと話をするものか、と思った。

 別にどうでもいいけどね。人それぞれアンテナが違い、人それぞれ受け取り方が違う。私が嫌だと感じることが、他人にとっても嫌だとは限らない。人それぞれ天秤だの感性だのアンテナだの血液型性格だのが違っているのだから、自分が嫌だからといって他人を否定してはいけない、ってね。何人にも繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し言われたから分かってるよ。私が人の話を聞けない馬鹿ってことくらいは。
 そもそも、あくまでエミルさんに言ったのであって、勝手に読んでいる他人がどうなのかは関係ないのだろうよね。馬鹿でごめんね。
 第三者が勝手に怒ってるのだから、勝手に怒るのが悪いのだろうね。勝手に怒って、全世界に公開されているネットで、こうやって皮肉と侮蔑的表現で人格攻撃をしている私が悪いのだろうね。
 それとも直接に本人に言えばいいのか? どこからともなく現れる、どこかの誰かに「言っても無駄な相手なら言わなければいい」「言い方を考えろ」と『仲裁』されるんじゃないのか。

 ああそうだよね、「気分が悪くなるのなら、見なければいい」「誰もあなたに見てくれなんて頼んでない」「あなたに認められなければならない義務などない」のだよね。ごもっともで。


 半分は演技、半分は本気。
Posted by Narr at 2008年05月09日 00:43
 いや、勿論、はてなブックマークしても構わんのですけどね。何かのタイミングのせいか、このエントリ、アクセス数が350もいってるんだけど(笑)。まぁ近いうちに消します。


 んーと、三ヶ月経ってるし、内容的には非公開にする必要の無いものなんで、私が書いた文章を転載。

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ttp://blogs.yahoo.co.jp/omamemama2000/29855730.html

はじめまして。個人的に気になったものでコメントします。

授業で教材となった『水の結晶』ですが、これは『水からの伝言』が元だと思われます。
Wikipedia『水からの伝言』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E4%BC%9D%E8%A8%80

詳しい内容は田崎先生や菊池先生の文書をご覧になって頂きたいのですが、『水からの伝言』は明らかなニセ科学です。事実ではありません。多くの善意の人が騙されてしまったそうです。

・『「水からの伝言」を信じないでください』
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fs/
・琉球大学の前野先生の日記
http://homepage3.nifty.com/iromono/diary/200706B.html#17

続きます。

2008/2/2(土) 午前 6:13 [ beta_reverse ]




続きです。

「言葉づかいについて考えよう」といった道徳の趣旨は分かりますが、『水からの伝言』は学校教育として適切ではありません。なるべく早い時期に、他の父兄の方々や学校側と話し合いをすることを、強くお勧めします。

# サボテンについては、おそらく声を頻繁にかけるほど気に掛けているから、結果的によく世話をして、よく育つ、ということだと思います。腐ってしまった一本は、世話をしすぎて水をやりすぎた、等が原因ではないでしょうか。

2008/2/2(土) 午前 6:14 [ beta_reverse ]




連投すいません。書き忘れが一つ。

学校側と話し合いを強く勧めると書きましたが、いきなり学校側に話をするのは大変ですから、まずは家庭内で話し合って、それからが良いと思います。
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fs/md/class.html#4

2008/2/2(土) 午前 7:13 [ beta_reverse ]


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 自分では、良い態度だったとは思ってない。



Posted by Narr at 2008年05月09日 20:28
 私はこのとき、この親御さんに対してではなく、お子さんのために言ったんだよ。

 非公開コメントにしたのは、内緒話をしたかったからじゃなくて、ブログの雰囲気を悪くしてストレスを与えたくなかったのと、結局のところは親子と学校とで話さなきゃならんことだから。
 結局どうなったか知らんし、その後の記事も読んでないから分からんが。

 私の文章は、良い文章だとは思えないんだけどね。少なくとも、相手を独立した大人だと認めてない、ととられても仕方ない文章ではある。半ば賭けで書いたわけで。
Posted by Narr at 2008年05月09日 20:42
 相手を見ないで対話するのはいけないだとか、単純にそういうこっちゃないだろうさ。ええと、ね。

ttp://rankeyblog.blog68.fc2.com/blog-entry-116.html
ttp://taraxacum.seesaa.net/article/75373760.html

 正直言って、らんきーサイドにも、らんきー批判サイドの人にも、本格的な反論はされたくない。それぞれ違う意味で、議論したくない。
 何にせよ、以下は根拠の薄い仮説を言ってるだけ。どっちにしろこれは、今回の件はこういう解釈もできるぞ、と言ってるに過ぎない。それ以上にはなり得ない。

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 らんきーの元エントリを見る限り、単にぶいっちゃんは「良さそうなことを、結論として言いたいだけ」なわけだよ。結論だけが大事で、根拠も水伝もどうでもいい。
 でもって、問題になったのは、単に「たんぽぽさんが最初から積極的に相手と対話しようとしなかったこと」じゃないのだよ。ぶいっちゃんにとって、「自分の心を、第三者に分析の材料にされた」ことが問題だったのさ。

 ぶいっちゃんは「私の対応」だの、「私の内部を知る事の出来ない他の方々」だの、「言葉の決着」だの、ぐだぐだ言ってるけど、要するに「私が言いたいことを理解してない人に責められたくない」だけにしか見えん。逆に言うと、「私が言いたいことを理解してくれ」「私が言いたいことを、あなたが理解していると感じさせてくれ」だけ。
 でもって「らんきー一派」ってのは、「私は(ぶいっちゃんと同じ感性ではないけれど、)ぶいちゃんが言いたいことを分かってますよ。ああいう人達は、分かってないから批判してるんですよね」という態度を表明してる人たちのこと。


>ずばり、「水からの伝言」を、信じていらっしゃるエントリですよ。

 ぶいっちゃんとしては、自分が何を信じていようと何が好きだろうと、他人にどうこう言われる筋合いは無い、と考えるだろうさね。

 「ぶいっちゃん個人が水伝を信じていること」を問題にしているのか、それとも「らんきーブログのエントリが社会的にどういう影響を与えるのか」を問題にしているのか、その切り分けが曖昧になっちゃうんだよ。こういうことを最初に目立つようにバーンと書いてしまうと。
 「私はこういうふうに思ってます、私はこう感じてます」というスタンスでしか話ができない人から見れば、たんぽぽさんが「ぶいちゃん個人が水伝を信じていること」そのものを、公開の場で非難しているように受け取る。逆に「公論として何が正しいのか」を問題にするスタンスで話をする人ならば、ぶいっちゃん個人の信条は重要視しない。


 ぶいっちゃんの元エントリは、たんぽぽさんが読み取ったように、「ぶいっちゃんは信じていらっしゃる」ように他人が読んでも当然の文章だし、たんぽぽさんが「信じていらっしゃる」と理解するのは無理もない。でも、こういうふうに書いたことが、「水伝が事実か事実でないかなどどうでもいい」としか思ってない人にとっては、「枝葉を利用して自分の心の内面を勝手に作り上げられた」感じがするんだろうね。勝手に思ってもいないことを思っているかのようにされた、と。
 でもって、「自分が思ってもいないことを思っているかのようにされて」、それを「第三者どうしで、自分の弁解のできないところで悪評をばら撒かれた」と感じさせたから、余計に反発が大きくなった。

 単に「ぶいっちゃんの顔を直接に見ずに、第三者に向けて話をした」っつー問題じゃないんだよ。「ぶいっちゃんの顔を直接に見ずに、第三者に向けて、ぶいっちゃんの内面をネタにして批判的な話をした」と、周囲に感じさせたからなのさ。

 自分の主張が批判されるのは仕方ない。でも自分が言ったことが自分の手から離れて、自分の意図とは異なるように解釈されて批判されるのは納得がいかない。自分の見てるところで批判してほしい。こう思うのは、誰だって同じこと。

 ぶいっちゃん個人が水伝を信じてるか信じてないかを問題にしているのか。それとも、らんきーのエントリが、世間にどういう影響を与えるのかを問題にしているのか。たんぽぽさんが問題にしたのは後者であって、前者は基本的にはどうでもいい。だからたんぽぽさんが、らんきーサイドの反発を減らしたいと考えるのであれば、「ぶいっちゃんが何を考えてるのか」などということは徹底的に排除した文章を書けば、少しはましになったはずだと思うが。
 もしくは、らんきーのエントリで何を言いたいのかの趣旨を、たんぽぽさんのエントリの中でも繰り返して、「このエントリではこういうことを言いたいのだろうけれど、でも水伝はいけない」とするか。そのときに「水伝を信じてる」とは言わないほうが無難だ。「私が何を思っているのかをあんたに決められたくない」となるから。

 「ぶいっちゃんが何を考えてるのか」を問題にしたいのならば、そのときは本人に直接問うほうが絶対にいい。「あなたはこういうことを考えている、と読み取ったが、これは間違いないか?」と質問して回答を得れば、「勝手にぶいっちゃんの内面を決め付けた!」と批判されることは減る。もしぶいっちゃんの本心が文章通りならば、本人の意思を批判すればいいし、もし本心は違って文章がそう読めるだけならば、文章を批判したらいい。

 「ぶいっちゃんが何を考えてるのか」はどうでもいいのなら。批判記事でないならば、批判相手に知らせる必要は無い。批判記事ならは、トラックバックを送る程度で十分。ただし、なるべく「この人はこういうことを考えているに違いない」という記述は避けたほうがいい。たとえ根拠があっても、事実であるのが確かであるかのように思えても。
 必要があるのなら構わないが、どういう必要性があるのか、明確に分かるように書いたほうがいい。「分かる人なら分かる」ではなくて。


 「批判相手を見ないで批判すること」が良いか悪いかと言えば、悪いとは言えない。「相手の心情について言うこと」が良いか悪いかと言えば、一概にどうとも言えない。そういうふうに、ひとつの要素だけ取り出すから分からなくなる。
 「批判相手を見ないで批判するのはいけない」と言えば、「第三者に向かって話をしたんです」と返される。「相手の心情や人格について言及してはいけない」と言えば、「いけないことなんてないし、人格批判なんてしていない」と返される。議論ってのは、そういうものなんだよ。

 そうじゃなくて、前提条件と組み合わせの結果なのさ。「相手が気付かないところで、相手の心情を題材にして、第三者どうしで批判した、と、相手に感じさせたこと」が騒動を大きくする原因になったわけ。
 相手がらんきーブログでなければ、もっと簡単に終わったとは思うが。



 まぁつまりは、私がここで書いてることも、他人の内面をどうこう言うのに近いことであって、自分でも自分がやってることはイヤだということだが。私だって、自分の言葉から、勝手に自分の人格を捏造されてどうこう言われるのは、心底うんざりだ。
Posted by Narr at 2008年05月11日 18:59
黒猫亭さん(たんぽぽさんに訂正された)といいあなたといい、何がしたいんですか?

>まぁつまりは、私がここで書いてることも、他人の内面をどうこう言うのに近いことであって、自分でも自分がやってることはイヤだということだが。私だって、自分の言葉から、勝手に自分の人格を捏造されてどうこう言われるのは、心底うんざりだ。

じゃあ、やめたら?
チラシの裏にでも書いたら?
何故、ブログで書くの?
一段高いところで高みの見物ですか?

Lightさんとかの無限(夢幻?)ループよりも、あなた達(あえてこう書きます)のご高説が最近では心底ウンザリです。
Posted by もも at 2008年05月11日 21:01
>ももさん

 はじめまして。

 このエントリ、途中のコメントで書きましたけれど、消す予定ですがいいですか?
 消すと書いたものは消さねばならないけれど、話を続けるのなら、別エントリでも作りますが。


>何がしたいんですか?

 こういう返答は無礼を承知で言いますが。チラシの裏に書く以外に、私が例えば何をしていれば、ももさんは納得しますか? 例えば、誰の言動なら問題ないと考えておられます?
 私が「これこれこういうことがやりたいんです」と答えたとして。どういう模範解答を想定しておられるのか、ということでもありますけれど。

 ももさんも当然のこととして言っておられるのでしょうけれど、私は別に、ももさんの個人的な願望を満足させる義務はありません。ももさんがどういう常識に基づいて言っておられるのかを問題にしてます。

 私がやっていることがどうとかでなく、じゃあ何をするのなら構わないのかが分からないと、どうとも言えないです。私がやっていることがネットの発言として不適切だと考えておられるのなら、逆に「こういう言動なら適切である」というのがあるわけでしょう。それはどういうもので、例えば誰の発言なのか。


 そういうことはとりあえず置くとして。今の段階で回答するなら…

>何がしたいんですか?

 ニセ科学問題と周辺の問題とを理解することによって、世の中の常識の変化がどのようなものなのか、知りたいです。
 ニセ科学問題によく出てくる、「常識の違い」みたいなものが原因で、私はいろんな人に怒られました。私は自分の常識を疑った。嫌な思いをしたし、嫌な思いをさせた。でも、単に私が悪いだけだとはどうしても思えなかった。
 世の中の一般常識を知ろうとすることは、普通の人として当たり前のことだと考えます。人に無駄に嫌な思いをさせないようにするためには、私を怒りつけるような人達が共有している常識を知らねばならないので。
 私はそういう常識について考えてるつもりであって。常識をネットで話しても、問題だとは思ってません。

 常識は当事者だけのものではなく、共有するものであって。NewsOLさんにしても、らんきーブログにしても、Lightさんにしても、ニセ科学を肯定的に受け入れる人々にしても、彼らには彼らの常識が通用する世界がある。彼ら彼女らは、何かしらの常識を前提として、他者に発言しておられるわけでしょう? 常識が共有されておらず、話が噛み合わないから問題になってるんじゃないですか。らんきーブログに気持ち悪いという感想を持つ人は複数いるし、NewsOLさんの文章を理解できない人も複数いる。それは常識を共有できていないからでしょう。「こういうことは当然理解してくれるはずだ」という姿勢で発言しているのに、全く意味が通じないのが問題だと言ってるんです。
 「常識を共有する」というのは、直接の当事者だけの問題ではなくて、当事者以外の人も当然のこととして理解しているべきことでしょう。だから他人に対して「あなたの議論態度は悪い!」と怒ったりする。今のももさんのように。

 その常識とは何なのか、理解して、必要なら批判する。必要なら学ぶ。そういうことですが。要するに、勉強。


>Lightさんとかの無限(夢幻?)ループよりも、あなた達(あえてこう書きます)のご高説が最近では心底ウンザリです。
 「ウンザリ」しているのは、私の発言態度ですか? それとも発言内容ですか?
 どこで話すのか、誰に話すのか、という行動の面なのか。それとも発言内容なのか。私がここで書いていることを、たとえばたんぽぽさんのブログで書けば、それで、ももさんは納得するのか。それとも、どこで書こうと関係なく、私の発言にはうんざりするのか。
 まさか「心底うんざりだ」と書かなければ、それでいいということでもないでしょう。

 態度だけとはいえ、黒猫亭さんと一緒にしてもらえるのなら、私はむしろ光栄ですけれど。こういうこと言うと、ももさんの神経を逆撫でするようですけれどね。

 黒猫亭さんと私の明らかな共通点と言えば、「言いたくない」とか「興味が無い」とか発言したことだと思いますけれど、黒猫亭さんに関しては特に問題ないと思いますが。文脈から意味は通じてます。
 で、私に関しては、人格批判的なものはしたくないし、自分がそういうことをされたらどれだけイヤなのかは経験済みだから、やりたくない。けれど、常識に対する批判は、どうしても、人格批判的にならざるを得ないことへの嫌悪感、です。

 話のポイントが分からないので、思いつくだけ書いてみました。長文失礼。黒猫亭さんよりは短いということでご勘弁を。
Posted by Narr at 2008年05月11日 22:00
>ももさん
 5月2日と3日のエントリ、そろそろ消す予定だったのですけど、もし話を続けるとして、必要ですか? 一応、13日の夜までは残しますんで、必要なら保存しておいてください。14日になったら消します。

 私が態度を変えるべきだと仰るのであれば、変えないこともないです。私だって無駄に不愉快にさせたいわけじゃありません。でも今の段階だと、単に「当事者のブログ、もしくは玄倉川さんのブログのように、当事者にトラックバックしているところでなければ、水伝騒動について言及してはいけない」としか読めないので。そういうことじゃないと思ってるんですが、違いますかね。

 単純な話、週間金曜日はどうなのか、とも。おそらくは当事者ではない人が、勝手にメディアで言及しているわけですが。
 そういうのは問題じゃないとすれば、私の言ってる内容がまずいということだろうけれど、具体的にそれはどんなのなのか。それが明確にならなきゃ、どうしようもないです。ただ「黙れ」ということでも、「言いたいなら言っていいけど、言いたくないなら言ってはいけない」でもないわけですよね。言って良いか悪いかは、言いたいか言いたくないかとは関係ない。

 何か、騒動が延々と続くことに不満があって。不必要に言及すべきでないと考えておられて。とっとと騒動が終わるべきだと考えておられて。イライラしているところに、私が「イヤなんだけど〜」なんて言ってたから、「だったら言うなよ」ということだと理解しております。
Posted by Narr at 2008年05月11日 23:54
 いい機会なんで、こうなった経緯も書いてみますが。黒猫亭さん並みに長くなってきた…。ももさんが何を求めておられるのか分からないので、むしろ何でも書けたりする。

 私はもともと、ニセ科学問題に継続的に言及する予定は無くて、「批判を批判する人」というエントリを出して放置してるだけでした。実際、読んでも誰も理解できないんじゃないかと思ってましたし。自分の個人的な問題の、頭の整理のつもりで。
 このブログのアクセス数はご覧の通りですけど、年始頃はさらに少なくて、一日一桁です。多くは本サイトの古い知り合いか、フォント探しのお客さんだけで、ニセ科学問題に興味を持って見てくれた人は、おそらく皆無。実際、記事のアクセス数も、トータルで20か30かです。

 そろそろ記事を消そうかと考えてたときに、poohさんが検索で発見。それから玄倉川さんの目にとまったりで、今に至ってます。私だけの個人的な問題かと思っていたのが、実際はそうじゃないんじゃないかと思い始めた。

 そういうわけで、私が言ってることが事実として正しいとまでは言いませんが、複数の人が感じている問題意識と関わりがある、とは認識してます。そういう意味で、公開の場で考えたり意見を述べたりすることそのものには、意味があると考えてます。でないと記事を読んでくれた人にも悪いし、ね。

 私が喋ってることに問題があると仰るのでしたら、そういう一面も考慮してください。確かに私の態度や発言を不愉快に思う人もいるでしょうけれど、それでも理解したいこと、理解しなければならないことはある。
 誤解があると困るので一つ言っておきますけれど、私は自分の常識を絶対の基準にしてるつもりはありませんので。むしろ私が保証してもらいたい。(ここ二年程度、この問題のせいでちょっと精神不安定で、家族に心配かけたりしました。)
Posted by Narr at 2008年05月12日 00:16
別に消すも消さないもNarrさんのご自由かと思います。
Narrさんのブログですから。
あと、私の言うとおり行動して頂かなくても結構ですよ。
そんなこと望んでいません。
ただ自分がウンザリすることを他人にすることが謎なだけで。

>公開の場で考えたり意見を述べたりすることそのものには、意味があると考えてます。

私もそう思います。

興味あるとかって言うのは恥ずかしいことなんですか?
批判の仕方も何も別に批判はいいんじゃないんですか?
何でわざわざ「興味ない」とか「係わる気がない」とか前置きが必要なんですか?

あんな「低次元」の言い争いに言及するほど自分は低くないけど、
なんか話題だからあえて私様が見解を述べてみるわ。
でも、あの連中と自分は違うから。

そんな風に読めました。
Posted by もも at 2008年05月12日 19:35
ぼくとしては、罵倒の相手を間違えていたことに気付いてもすこしも恥じ入らずにすむ程度の興味しかないくせに、よそのうちの庭先に出掛けていって平然と罵声をあげることのできるももさんの神経のほうが理解に苦しみます。
Posted by pooh at 2008年05月12日 21:00
>あと、私の言うとおり行動して頂かなくても結構ですよ。
>そんなこと望んでいません。

 それはもちろんそうですが。どういう行動なら適切なのかがわからないと、ももさんが何を問題としておられるのかが分からない、と、そう申し上げました。


>興味あるとかって言うのは恥ずかしいことなんですか?
>批判の仕方も何も別に批判はいいんじゃないんですか?
>何でわざわざ「興味ない」とか「係わる気がない」とか前置きが必要なんですか?

 黒猫亭さんと私は、あくまで別として。「興味ない」と発言したのは黒猫亭さんですよね。あれは水伝問題そのものに興味がないという意味じゃないと思いますが。
 私も「ああいう議論のやり方ならば、直接には参加したくない」という意味でなら「興味ない」と言ったかもしれませんけれど。覚えてない。
 実際、私はたんぽぽさんの議論のやり方にも、全面的には賛成できません。

>批判の仕方も何も別に批判はいいんじゃないんですか?
 ちょっと意味がとれません。


>あんな「低次元」の言い争いに言及するほど自分は低くないけど、
>なんか話題だからあえて私様が見解を述べてみるわ。
>でも、あの連中と自分は違うから。

 ある意味、正しい読み方に近いと思いますよ。「私様」、という意識は無いつもりですけど。
 少なくとも、らんきーブログに直接に意見を書き込む気は全く無いです。「らんきーブログと一緒にされたくない」という意味でなら、「あの連中と自分は違う」は正しい。

 少なくとも今のタイミングでは、直接に議論に参加する気になれない。たんぽぽさんの態度を基本的に支持する人達となら話はできると思うけれど、私はこちらから直接に出向く気は、あまり無い。本格的に意見の相違があるなら、議論のやり方の違いから、あまり話はしたくない。


 要するに、私が直接に議論に参加して直接に言っていないから、あたかも私が当事者全員を見下してるように思えた、ということですか。安全圏から言いたい放題やるんじゃないよ、と。
 「安全圏から」ということなら、言い訳はできないです。それは自覚してます。それを承知の上で、距離をとれればいいと思っていた。今はリアルタイムで、それが成り立たなくなりつつありますが。

 らんきーブログに関しては、見下してます。あのブログの言ってることや運営方針は見下しております。というか呆れてます。私が偉いのではなく、らんきーブログのやり方が酷すぎると考えてるだけです。
 Lightさんについては、直接に言いたい一面もあるけれど言えない。たんぽぽさんについては、基本的に批判するところが無い。

 私の興味は水伝騒動そのものというよりは、水伝騒動から見えてくる、世間の人々が共通して持っている考え方が変わりつつある問題。私の頭の中では、水伝騒動はテレビゲームの遊び方とさえ繋がってます。水伝騒動さえ終わればいいということではないです。


>ただ自分がウンザリすることを他人にすることが謎なだけで。
 私は、自分が人格批判されるとイヤなくせに。しかも私は自分のやってることが人格批判だと分かってるくせに。なのになぜ、他人を人格批判するのか…と、そういうことですか?

 人格批判はしたくないけれど、人格批判にならないように考えてはいるつもりだけれど、どうしても人格批判的になってしまう。自分でも嫌だけど、ある程度は避けられない。
 人格批判だとしても、特定の個人のプライベートを批判しているわけじゃなくて、他人に何らかの形で同意を求めている人達についての考察だから、批判も言及も構わないはず。現に色々と問題を起こしているすれ違いだから、考察することに意義はある。私が個人的に経験した問題とも非常に類似性があって、役立つ。

 要するに、何て言ったらいいんですかね。
 人格そのものを武器にして他人に無茶な同意を迫ったりする人を、理解したり批判しなければならないのだから、それは「他人の脳内を上から目線で観察する」かのようになったり、人格批判にならざるを得ない、ということかな。
 私としては、「上から目線」は、ある意味お互い様だと思ってます。もちろんらんきーブログやLightさんには何も言われたことはないですが。このブログの閲覧者で、何も言わない人でも、内心で私の発言に反論がある人は、逆に私の脳内を分析してるでしょうから。(実際に分析されまくった経験はあります。私はそういう人を逆に分析している(笑)。)


 それと、私が言うことじゃないですが、poohさんに誤解があったことを伝えていないなら、そうされたほうがよろしいかと。私は本気で、ももさんが"poohさん"を批判しているのだと思ってました。"黒猫亭さん"の間違いだというのは、たんぽぽさんの指摘で気付きました。


>別に消すも消さないもNarrさんのご自由かと思います。
>Narrさんのブログですから。

 いやさすがに、そうバッサリ割り切るわけにも。意義があるなら可能な限り残しますよ。
 話が続くようならまたの機会にやる、とりあえず今は、このエントリも丸ごと消して構わない、そういうこととして理解しておきます。
Posted by Narr at 2008年05月12日 21:00
>poohさん

 重なっちゃいましたが。ええと、poohさんや黒猫亭さんに対してのももさんの批判は、勘違いと誤読だと思いますが。私に対するももさんの批判は、全く無意味じゃないとは思ってます、はい。私もここでの自分の態度が良いものだとは思ってませんし。
Posted by Narr at 2008年05月12日 21:04
> Narrさん

あぁ、ごめんなさい。
べつにいまさら勘違いと誤読で罵倒されたことを根に持ってどうこう云ってるわけじゃないです(それはそのときに、ここで愚痴らせていただいたことで相当気が晴れました)。ただ、ちゃんと誠実に批判するつもりならぼくと黒猫亭さんの発言は見間違えるほど似ているはずはないので、まじめに読みもしないで批判だけが先行しているのがその一点でばればれだよなぁ、と思った、と云う話でした(それ以前にそもそも玄倉川さんのところで、その場の話題になってさえいないぼくの罵倒を書き込む、と云うのもどうよ、と云う話もあるのですが)。

批判は結構だと思いますし甘んじて受けますが、最低その程度の誠実さがない批判ってどうかな、と思っただけです。ましてや「態度」についての批判なら、まず自分で率先して襟を正すべきではないのかなぁ。ぼくもももさんの目的が分からないです。
Posted by pooh at 2008年05月12日 22:14


 
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