◇心分かち合う親子 ガンちゃん、ヒヨちゃんも笑顔の輪の中に
「タイの大家族に会いに行こう」。毎日かあさんと子供たちは、旅の目標を掲げた。にぎやかで、楽しそうに思えたからだ。
一家はバンコクから西に車で2時間の地方都市、ナコンパトムにいる。肉団子のチェーン店を経営するテッコウさん一家の家庭訪問だった。
「結局、一家は全部で何人なんでしょうか?」。質問すると、奥さんが集まり、指を折り始めた。客間に通され、家族が次々とあいさつしに顔を出す。
途中で2回、数字の修正があり「51人」で落ち着いた。64歳のテッコウさんと7人の妻に、22人の子供と、その連れ合い10人と、間に孫が11人。来月、さらに2人の孫が生まれる。誕生会は毎週で、子供たちが慣れた手つきでケーキを切る。
「第1夫人と第5と第6夫人は幼なじみです」。そこでぜひ、教えてほしい。「みんなで一緒にうまくやるコツは?」。沈思黙考して、テッコウさんいわく。「愛は分けられないが、心は分かち合える」
隣のリビングから歓声が聞こえる。ドアを開けると、子供たちが額を寄せておしゃべりしている。真ん中に赤ん坊の顔。取り囲む笑顔の輪に、ガンちゃんとヒヨちゃんがいる。
後日、タイに長く住むおじさんが、お父さんの昔話を教えてくれた。「お父さんが駆け出しのカメラマンのころに、一緒に取材したのがテッコウさんの家だった。あの時も、家族の数を数えてた」
バンコク北方のパトムタニ県で、炎天下にムエタイ少年がタイヤを引いて走っていた。
タイ式ボクシング、ムエタイのプロを夢見る少年が12人、うち下宿生が4人。9キロのランニングにタイヤ引き。腹筋と腕立て伏せ100回を軽々とこなして、サンドバッグにキックとパンチの嵐。最後はヘッドギアなしのスパーリングでしめた。漫画「巨人の星」ばりの特訓は、休日のこの日、7時間に及んだ。
近づく寺のお祭りで試合がある。各地の少年代表が集まる大会のジム代表には、アンピン君(12)が選ばれた。
「以前は、チビでイスラム教徒だと、イジメられた。今はちょっかいを出せるやつなんかいない」。畑仕事はもっぱら3人の妻に任せて、リングサイドに日参する彼の父親(51)が自慢した。
ジムのオーナーのソンブンさん(45)は、元プロ選手。引退して土建業を始めたが、2年前においに手ほどきしたのを契機に、ジムをはじめた。
隣の土地を買い、仕事の合間に屋根付きのリングや下宿を建てた。食費や下宿代はオーナーが自腹を切り、食事や洗濯はおかみさんが引き受けた。
練習が終わると、庭にゴザを敷いて晩ご飯。西原親子も肩を並べて、「いただきます」。食欲旺盛な子供たちに目を細めて、おかみさんが言う。「昔の主人は仕事が終わると飲みに出かけた。今は家にまっすぐ戻り、練習を見ます。夫はムエタイ好きで、私は子供が大好き」
その夜、食べた卵のフライ。ふわふわと優しい味。西原家の子供たちには、この旅「一押し」の味になった。
バンコクの上野駅ともいうべき「ファランポーン駅」の敷地内にある鉄道寺子屋。
駅で寝泊まりするストリートチルドレンの対策に、鉄道警察官たちがカンパを集め、古い車両にかわいいイラストを描いて、10年前に開校した。
名簿に残る304人の子供は、貧困や親の暴力で家出した。
うち、60人が家に戻り、多くが施設に引き取られた。最近ではその数も減り、この日、寺子屋に姿はなかった。「夜には、きっと帰ってきます」。お母さん役の女性警察官の申し訳なさそうな顔が、うれしかった。
その日、宿に帰るモノレールの中で、さりげなく老人に席を譲る女子学生を目撃! 飲食禁止のワッペンはあるが、携帯禁止とシルバーシートのワッペンはなかった。
タイは、それでも「マイペンライ(問題ない)」の国だった。【萩尾信也、写真も】
毎日新聞 2008年4月27日