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<上>「お父さん」と一緒

オルト
お父さんの化身「オトカエ」=ガンちゃん撮影

 「毎日かあさん」の夫で報道カメラマンの「カモちゃん」こと、鴨志田穣(ゆたか)さんの一周忌が明けた08年の春休み。お母さんの西原理恵子さんとガンちゃんとヒヨちゃんの3人組が、桜咲く東京から灼熱(しゃくねつ)のタイに飛んだ。お父さんとお母さんは、13年前にバンコクで出会い、この物語が産声を上げた。温故知新、西原一家の漫遊記「さあタイ編」。時代の移ろいと、ありし日のカモちゃんを知る元バンコク特派員・萩尾信也記者が、現地リポートする。

 ◇屋台で揚げたゲンゴロウにタガメ…未知なる味との遭遇

 「サワディカップ」

 祈るようなしぐさに、笑顔を添えて「こんにちは」。おばちゃんがくれた笑顔に、タイ語で応えたら、「アロ~イ(おいしいよ)」と、甘~く熟したマンゴーをくれた。

 首都バンコクのチャイナタウン。油と香辛料と、人いきれが溶けたような40度近い熱気の中を、台車を引いたおじさんが「どいた、どいた」と人ごみを割って、走る。

 肌を焦がすような太陽を避け、迷路のような市場に入って、はや一時。西原親子が立ち止まり、またまた試食を始める。実に、食欲と好奇心が旺盛なトリオである。

 あいさつの仕方と、「コップン(ありがとう)」と笑顔。この三つを大切にする旅人を、タイはいつでも歓待してくれる。小5のガンちゃんと小2のヒヨちゃんの兄妹は、それを「おいしい体験」で学習中だ。

船着き場の犬の昼寝。額に落書きしてある=ガンちゃん撮影

 西原さんとカモちゃんは、1995年のバンコクで絆(きずな)を結んだ。「2人でよく市場を探検したな」。カモちゃんが住んだというマンションを探す道で、彼女が教えてくれた。

 路地裏の風情や、屋台の裂きイカの味は変わらないが、表通りはおしゃれになった。モノレールと地下鉄と高速道路が縦横に走り、高層ビルの建築ラッシュが続いている。

 排ガス規制で空気がきれいになったのは驚いた。大気汚染の時代、バンコクの住民は「トッケイがぜんそくになった」と噂(うわさ)した。

 「トッケイ、トッケイ」と夜鳴きするトカゲの「トッケイ」。田舎では伸びのある声で10回以上歌うのに、バンコクではかすれ声で5回が限度! そのトッケイ。大木が切り倒された昨今は、消滅の危機と聞いた。

 当時、カモちゃんは駆け出しの戦場カメラマンだった。好奇心が半ズボンをはいたような、愛すべき男。カンボジアの取材では、和平を拒むポル・ポト派に拉致されるという“伝説”まで残した。

 戦争が終わると、二人は結婚、産声が続いた。だが、一緒の時間は短かった。アル中にがん。カモちゃんを病が次々と襲った。血を吐きながら、のたうち回るような苦闘の末、2年前に断酒を果たすが、がんは末期に。昨春、都内の病院で逝った。早すぎる42歳のサヨナラだった。

町で出会ったかわいい子=ガンちゃん撮影

 夫婦は夫の心が病ですさんでいたころに、一度、別れた。修羅の日々に、「酒を断つまでは出入り禁止」。突き放しても、効果はなかった。

 「あの人がダメなんじゃない。病気がそうさせたの!」。そう確信したのは、カモちゃんが帰還してからの半年間。「子供たちには大好きなお父さん。私には、い~い男」。最期の時間を、西原さんはこう振り返る。

 お父さんが消えた食卓の指定席には、子供たちがカエルのぬいぐるみを座らせた。「ボーッとしているところがそっくり」と、「オトカエ」と命名。「お父さんの代わりのカエル」だそうだ。

 そのオトカエが08年のタイにいる。

 日が傾いた黄昏(たそがれ)時、3人組は下町の屋台の前に立って、モグモグと口を動かしている。

屋台で見つけたタガメの空揚げ=ガンちゃん撮影

 ケースには山盛りのゲンゴロウ。その周りにはタガメにカイコのさなぎにアリにカエル……。油でこんがり揚がっている。

 ヒヨちゃんは「カエルがおいしい」と、4匹目にかぶりついている。お母さんとガンちゃんは、屋台を引くウィナイ青年のやり方を見習って、ゲンゴロウの羽をむしりながら、試食している。

 そのガンちゃんのリュックのポケットから、キョトンとした顔で、オトカエが顔をのぞかせている。

 「25歳、東北地方出身。将来は、田舎に牧場を持ちたい」。夢を語る青年は、貧しいタイ北東部から出稼ぎに上京した。「20万円ほどの資金をためて、嫁さんも見つけて、故郷に錦を飾りたい」

 そんな若者の夢をかみ締めながら、もう一匹。未知なる味との遭遇だ!=つづく

毎日新聞 2008年4月20日

【動画】サイバラさん、タイでガブトガニ食べる
 
 

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