韓国で今、日本による統治時代(1910‐45年)の積極的な側面を評価する論議が活発化している。米国人研究者による韓国経済史の翻訳本が出版されたことや、歴史を問い直す新しい学校教科書が発表されたのがきっかけ。かつてなら「妄言だ」と一蹴(いっしゅう)しかねなかった韓国メディアも、冷静に報道している。 (ソウル・小出浩樹)
韓国語翻訳版が刊行されたのは、米ハーバード大のカーター・J・エッカート教授(朝鮮史)著「日本帝国の申し子」。日本語版(草思社)出版から4年遅れの今年2月、書店に並んだ。
エッカート教授はまず、同書が日本の韓国統治を正当化するものではないことを強調。その上で、日本統治下の1919年に民族資本で設立された京城紡織株式会社(京紡)と創業者一族を綿密に分析する手法で、約520ページにわたって韓国資本主義の形成過程を描写している。
結論として「朝鮮の資本主義は日本の支配下で、日本政府のお墨付きを得て花開くことになった」など、「植民地近代化論」を展開。日本の支配で近代化が遅れたとする、韓国論壇で一般的な「植民地収奪論」を疑問視している。
■積極面指摘
一方、新しい歴史教科書は3月末、李栄薫(イヨンフン)ソウル大教授ら保守派学者グループ「教科書フォーラム」が発表。韓国のこれまでの高校近現代史教科書(国定)などを「左翼志向に偏っている」と批判している。
「代案教科書 韓国近現代史」と銘打たれた新しい教科書は(1)大韓民国60年史(2)日本統治時代(3)近現代史の解釈‐の3点をポイントに記述。日本統治については、日本による「土地収奪」と評価されている土地調査事業(1910‐18年)を「土地取引が活性化し、土地を担保とした金融も発展した」と記述するなど、近代化への積極面を指摘している。
■報道は冷静
もっとも、現在の国定教科書も、日本統治時代をいわゆる「暗黒史観」で埋め尽くしているわけではない。
〈食生活にも大きな変化が表れた。1910年以降、菓子、ケーキ、カステラ、ビーフステーキ、アイスクリームなど西洋の食べ物が大衆にも本格的に紹介された〉
既存の高校歴史教科書がそう記述するように、日本経由でもたらされた西洋文化を前にした人々の姿を、生き生きと描こうとしている。
その姿勢は、昨年来韓国で起きている「京城ブーム」にも見てとれる。「京城」は日本統治時代の首都ソウルの名称だが、テレビドラマ「京城スキャンダル」や映画「奇談」など当時の世相を描いた作品が登場。同時に流入したマルクス主義などの思想にも刺激を受けた時代が映し出された。
一連の動きのうち新しい教科書について、日ごろから対日批判の傾向が強い有力紙・朝鮮日報は、論点への反対意見を併記するなどして、「新たな論争の始まり」と客観的に報道している。
韓国泗川市で10日、日本人呼び掛けによる朝鮮人特攻隊員の慰霊碑除幕式が中止されるなど、「歴史」へのしこりが残っているのも現実。一方で、「日本帝国の申し子」の韓国語翻訳などは、建国60年を迎え、史実は史実としてとらえようとする動きだといえる。
=2008/05/12付 西日本新聞朝刊=