西日本新聞

WORD BOX - THE NISHINIPPON WEB

第3次救急医療施設

 救急医療施設は、軽症患者を診る1次、入院が必要な重症患者が対象の2次、生命にかかわる重篤患者に高度な医療を提供する3次(救命救急センター)に分類される。2次と3次は24時間態勢で、3次は都道府県知事が指定する。福岡県内の3次救急医療施設は、福岡地域(済生会福岡総合病院、福岡大学病院、九州大学病院)、北九州地域(北九州市立八幡病院、北九州総合病院)、筑後地域(久留米大学病院、聖マリア病院)、筑豊地域(飯塚病院)の計8カ所ある。

密着 夜間の救命救急センター 福岡市天神・済生会福岡総合病院 仮眠2時間、電話音に走る緊張

2008年5月11日掲載)

 受け入れてくれる病院が見つからずに患者が死亡するなど、救急医療の危機が叫ばれている。搬送を拒否する病院に対する批判の一方で、瀕死(ひんし)の患者に不眠不休で向き合う現場のスタッフからは「もっと実態を知ってほしい」との声も聞く。福岡市・天神の真ん中で24時間、重篤の患者を受け入れている済生会福岡総合病院救命救急センターに密着し、過酷な現場を目の当たりにした。
 (小野浩志)
 
 この病院の救命救急センターは、命の危機にある患者のために福岡県が指定した3次救急医療施設のひとつ。4月のある平日の夜、1階にあるセンター初療室に詰めた。
 
 この日の当直は、救急部の安達普至(ひろし)医師(40)をはじめ内科、循環器科、脳・神経科のベテラン医師と、医師免許を取得後2年間の臨床研修を受けている3人、それに看護師が3人。夕方5時から翌朝8時半までの長丁場だ。このメンバーに加えて、緊急時に駆けつける自宅待機者も決まっている。
  
 【午後5時】
 
 患者がいないのを見計らい、1年目の研修医11人の実習が始まった。患者役の1人が診察台に横たわった。
 
 「重度の外傷患者を想定して」。講師役を務める救急部の則尾(のりお)弘文医師(42)が、医療器具の置き場所や治療の手順を説明していく。
 
 「挿管チューブを取って」「血圧が下がっていたら足を上げないと」「エックス線の予約。誰か放射線科に電話を」
 
 矢継ぎ早に指示を出す。研修医たちは慣れない手つきながら必死についていく。メモを取る目も真剣だ。
 
 「迷ったら聞く。聞かないのが一番悪い」。則尾医師はこう締めくくった。
 
 【午後6時半】
 
 救急隊からの専用電話が鳴った。センターに緊張が走る。15分後、別の病院に入院する70代の男性が救急車で運び込まれてきた。重い病気で入院を繰り返しており、誤嚥(ごえん)性肺炎を起こして前日から意識がないという。
 
 「ごめんなさいね」。安達医師と配属2年目の野原正一郎医師(26)が、弱々しくあえぐ男性の口を開けてチューブを差し込み、たんの吸引などの処置を素早く行った。
 
 「父さん」。家族が話しかけるが応答はない。4階のコンピューター断層撮影(CT)室で胸部の輪切り写真を撮り、そのまま6階の集中治療室(ICU)へ運ばれていった。
 
 【午後9時】
 
 治療が一段落して、医師や福岡市消防局の救急隊員が日々の苦労を話してくれた。
 
 センターには、交通事故などで心肺停止や脳死状態になって運ばれてくる人も多くいる。この日は幸いなかったが、安達医師は「どこまで治療をするか。ご家族が決めることですが、いつも難しい判断を迫られます」と打ち明けた。
 
 一方、救急隊員は「救急車をタクシー替わりに考えている人が絶えないのです。先ほども現場に急行したのですが、症状が軽かったので『自分で行ってください』と引き返してきました」と、安易な119番通報が目に余る実態を訴えた。一刻を争う人が救急車を利用できないことになっては大変だと思った。
 
 【午後9時半】
 
 ぜんそくが悪化したという50代の女性が来院した。体温38.5度。せきこみが激しい。聴診器を当てる安達医師。女性は徐々に落ち着きを取り戻していった。
 
 安達医師は、救急医療に携わって10年になる。「瞬時の判断力が問われるし責任が重すぎる」と敬遠する医師もいるなかで「患者さんの厳しい病態が、治療によって劇的に良くなるところにやりがいを感じています」と醍醐味(だいごみ)を語った。以前務めていた病院では、一晩に100人近くを診たこともあるという。
 
 もちろん、精いっぱいやっても期待に添えないことはある。人間としての限界を知りつつ、最善を尽くす。
 
 【午後10時半】
 
 「70代の男性。繰り返し吐いている。済生会がかかりつけとのことです」。連絡後、間もなく救急車が滑り込み、安達、野原医師が病院に保存してあるカルテを手に取った。
 
 「この部屋は寒い。気が利かんね」。ベッドに横たわる男性は不機嫌そうだ。
 
 CT、心電図…。「大丈夫そうです」。医師は約2時間の診察のあとそう判断し、帰宅を勧めたが、男性と家族は不安な表情で、入院させてくれるよう強く求めた。結局希望を受け入れた。
 
 救命救急センターでは、看護師も素早い動きで医師をサポートしている。初療室には8つの診察台があるが、松尾和美看護師(37)は「すべて埋まって、順番を待つ患者がいる夜もあります」と言う。特に冬場は脳・心疾患の患者が相次ぎ、ICUのみならず一般病棟まで埋まってしまうこともあり、やむを得ず患者の受け入れを断ることもあるという。
 
 【午前2時15分】
 
 頭から血を流した30代の男性がやって来た。けんかをしたという。かなり酔っているようだ。
 
 「CTはやだ。もう寝かせて」と駄々をこねる男性。
 
 「傷が深い。縫わんといかんです」。田中義将医師(26)は、やんわりと話を進めた。十針ほど縫合した後、破傷風を予防する注射も打った。
 
 しばらくして男性は、迎えに来た家族に伴われて帰って行った。繁華街の中洲が近く、深夜には珍しくないタイプの“客”という。ときには暴れ出す人もいるとか。
 
 採血もままならない1年目の医師とは異なり、田中医師のような2年目になると責任を持たされる。多い月は7回当直に入り、仮眠は平均2時間ほど。
 
 田中医師の場合、かき込む夕食はいつも入院患者と同じ院内給食。この日は鳥の照り焼き、なすのえびくず煮、フルーツ白玉。量は「多少物足りません」
 
 【午前5時】
 
 しらじらと夜が明け始めた。この夜、救急車による搬送は4人で、徒歩での来院は9人だった。少ない方だという。坂本恵美看護師(30)は「昼間より待ち時間が短いことを知っていて、わざわざ夜間に来る人もいるんですよ」。一刻を争う患者のための救命救急センターを、時間外診療所と勘違いしている人もいるようだ。
 
 「何人来るか予想はできないし、医者をたくさん配置すれば人件費がかさむ。救急の難しいところじゃないですか」と安達医師。岸川政信センター長(52)は、後輩をねぎらいながら「地域の医療体制、院内システムの両方で、まだまだ改善していく点はあります」と話した。
 
 医師たちには、引き続いて夕方過ぎまでの通常勤務が待っている。

>> ワードBOXトップページへ