ネット社会を生きる人へ〜自戒を込めて

2008年04月30日

 ネットの世界は、とても便利だし楽しいし有益だけれど、その一方でとんでもない落とし穴もあってとても怖い――よく言われていることですが、今回、それを実感する出来事がありました。
 
 きっかけは、人気ブログ「きっこの日記」で知られるきっこさんから、光市母子殺害事件のご遺族の本村洋さんについて、こういう情報がネットの世界で飛び交っているとメールが来たことです。
 
<光市の本村洋さんが、小泉元総理と福田市長とともに、岩国・周南・柳井市のダウンタウンを来訪して、山本繁太郎候補の応援演説と少年犯罪罰則強化を訴えることが決まった>

 私は、即座に「ありえない」というメールを返しました。広島高裁の判決直前のことです。本村さんは、この時期にはテレビや新聞などの単独取材には応じていないなど、マスコミの取材に対しても、とても慎重な対応をされているのを知っていましたし、ましてや判決を間近にして、そんな気持ちにもなれないだろう、と思いましたので。
 
 ところが、判決から数日して、同じきっこさんからZAKZAKという産経新聞系列のサイトに、本村さんが山口2区の補欠選挙に関与していたような記述があるという連絡がありました。
 確認してみると、<補選惨敗、福田「死に体」加速…世論無視暴走で自滅>というタイトルの記事で、次のように書かれていました。
 
<最後は、山口県光市の母子殺害事件の遺族である本村洋さんまで応援に引っ張り出したほどだ。>

 単なるウワサではなく、産経新聞というれっきとした媒体の関連サイトですから、私もとても気になりました。
 本村さんがどういう政党、どういう政治家を応援したとしても、それはご本人の自由です。ただ、犯罪被害者の立場を少しでも改善するために声を挙げた本村さんは、あらゆる政治的な立場の人にも理解してもらうように努力を重ねてこられたはず。その本村さんが、こういう行動を取られるかな、と奇異に感じました。
 それで、問い合わせをしたところ、本村さんも困惑している様子でした。
 本村さんの話を、私なりにまとめてみると、事実はこうです。
 
 お昼休みに会社の近くで演説会があったので聞きに行った。誰から頼まれたわけでもなく、ましてや応援の依頼があったわけでもない。ところが、たまたまテレビ局の人が来ていて、本村さんを見つけて声をかけてきたので、「一市民としているだけなので、お構いなく」と言ったけれど、そのやりとりで周囲の聴衆も気が付いて囲まれるような形になってしまった。ということもあって、弁士が「今日は本村さんも来ておられるが、自民党は犯罪被害者対策にも力を入れ」云々と、演説の中で本村さんの名前に触れた。
 
 ただそれだけなのに、この事実が伝えられていくうちに、それぞれが自分の価値観や思惑を加味し、新たな意味づけがされて、ネットの世界で広がっていったのでした。なんと、次の選挙では本村さんが自民党から立候補するというウワサにまで飛躍しているらしく、話に尾ひれがついた、というより、背びれ胸びれまでくっついて、ネットという大海を泳ぎだしてしまった感じです。
 本村さんは、自分が無防備に演説会に行ってしまったために、候補者を初めとする他の人たちに迷惑をかけてしまったのではないか、自分が色づけをされることで犯罪被害者の立場を向上させるための活動に何らかの影響が出るのではないか、と自分を責めていました。そのうえ判決の後の記者会見やら手記の執筆、その他いろいろな対応をした後とあって、とてもくたびれている様子でした。
 私は、自民党側の人も、反自民の人も、本村さんを利用したりせずに、しばらくそっとしておいてあげたらどうか、という気持ちから、きっこさんへの返事として、事実を書いて欲しいと頼みました。ネットの世界で流れている間違ったウワサは、ネットの世界で正せばよいのではないか、と考えたからです。
 ところが、私の説明不足のせいで、「きっこの日記」の中では、光市での演説会での弁士だった安倍晋三元首相への批判という文脈で、この事実が紹介されることになってしまいました。
 これで、本村さんが特定政党と癒着しているかのようなウワサは強く否定されるでしょうし、きっこさんはあくまで善意で書かれているのですが、今度はここに書かれた情報が、新たな意味づけをされて、どんどん広がって、ゆくゆくは親自民反自民といった政治の渦の中に本村さんが巻き込まれるのではないか、と懸念しています。
 お人柄からして、自身のことに関連して誰かが批判されるというのは、本意ではないはずですし、お節介な気持ちから私が勝手にしたことで、本村さんに逆に新たな悩みの種を作ってしまったのではないかと、後悔をし、反省しています。また、私の説明不足から、きっこさんやその読者の方にも混乱を来してご迷惑をおかけしたのではないかと、申し訳ない気持ちです。
 私も安倍氏の演説の映像を見ました。私は、これまで何度も安倍氏を厳しく批判していますが、こと今回については、格別の違和感を持たなかった、というのホンネです。光市で演説をするからには、この事件について言及しつつ「安全な町づくり」に触れることはあるでしょうし、本村さんの名前もさらっと触れただけ、という感じがしました。
 確かに光市の事件や本村さんを選挙に利用しているとは言えますが、まさに立っている者は何でも使うのが政治家でしょうし、針小棒大な自己宣伝も恥ずかしげなくやってのけるくらいの図太さがなければやっていけないでしょう。ましてや選挙中であれば、自分や自分が所属する政党のイメージアップのためになるなら、それくらいのことは他の政党の政治家でもやると思います(オウム事件の後、地方でお話しをする機会に、政治家が来賓として来られて挨拶をされ、自分がオウム事件を解決したみたいなことをぶち上げていくのを何度も聞きました。私はそれまで、その人の顔も名前も知らなかったなんていう政治家もいました。この方々が、本当にそういう活動をしていたなら、オウムの事件は、こんな悲惨な被害を出す前に、もっと早くに解決しただろうになあ…と思ったことでした)。それにYouTubeに引用されている部分は、安倍氏の自慢話ばかりで、果たしてこれで候補者の応援になっているのかしら、という気がしたくらいです。 
 それより私が問題だと感じたのは、本村さんがその場にいた経緯など、事実を確認しないまま、それに様々な意味づけや憶測を付け加えて流していく人たちです。どこかのサイトや掲示板で見たウワサをコピー&ペーストすれば、今度は自分が発信源になれます。しかも、日本のネット社会は匿名が当たり前のようになっているので、自分が責任を問われません。すごく安易に、とても気軽に、かなり無責任に、情報の流通の担い手になっている人たちがいます。彼らにとっては、単なる面白い情報の一つにすぎなくても、そうやって流された情報によって傷ついたり、困ったりする人がいる、ということを、もう少し考えてもらいたいと思います。
 うちわの井戸端会議なら、憶測や感情が先行したやりとりもいいでしょう。人の口に戸は立てられないと申しますから、口コミでも町中のウワサになったりすることもあるでしょう。でも口づたえによる情報の伝播と、ネットによるそれでは、やはり早さも広がりも違います。ネットによるいじめなども、そこの自覚のなさが一因のような気がします。
 私も他者のことばかり批判はできません。私は、テレビや雑誌、新聞などのマスコミだけでなく、こうやってネットを利用して発言をしていますが、実はネットの記事は、読者の方から誤字脱字を指摘されることがしばしばあるのです。雑誌に載る記事でしたら何度もチェックをするので、そのようなことはめったにありません。私自身も、マスコミでのコメントより、ネットでの発言の方が、気楽な感じでやっているのは否めません。けれども、これだけインターネットが普及している社会にあっては、その影響力や伝播力をゆめゆめ軽んじていてはいけませんね。そのことを、私自身も、改めて深く考えた一件でした。

Copyright 2006 © Shoko Egawa All Right Reserved.
CMパンチ:ホームページ制作会社:港区赤坂