中国の胡錦濤国家主席の歓迎晩さん会が7日、皇居で天皇、皇后両陛下の主催で行われたが、他国と比較して日本の皇室独特のもてなしのあり方を考えさせられた。
国賓を迎えての宮中晩さん会は、象徴性の高いイベントである。スピーチやメニュー、振る舞いなどを通して、さまざまなシグナルを送る。
胡主席のメニューは本紙8日の朝刊に出ている。料理はスタンダードなフランス料理だが、御料牧場の羊など有機農業の食材を使った内容は素晴らしかっただろう。
宮中の供宴はフランスのワインと決まっているが、魚介料理に合わせた白はブルゴーニュ地方のピュリニィ・モンラッシュ96年、羊料理にはボルドー地方の赤のシャトー・ラトゥール90年。乾杯用のシャンパンはドン・ペリニョン95年。いずれも最高級の銘柄だ。
対日関係改善に意欲を示す胡主席だからこそのメニュー、と思われるかもしれない。しかし皇室は「大国、小国にかかわらず、最高のもてなしで歓迎する」のがルールで、どの国賓にも同様のフランス料理と、最高級のワインを出す。
このルールは当たり前のようで、実は世界では必ずしも当たり前ではない。例えば米ホワイトハウス、英バッキンガム宮殿、仏エリゼ宮についていえば「ゲストによって差をつける」のがむしろ普通なのだ。
自国とその国の関係性、首脳同士の親しさの度合い、供宴に特別の意味合いを付与したいかどうかなどによってメニュー、特にワイン(格付けや値段)が選ばれる。その意味では、供宴はすぐれて政治性を帯びたものなのである。
モロッコのモハメド国王が国賓で来日した05年11月、宮中晩さん会が開かれた。白、赤とも最高級ワインが出されたが、イスラム教のためモロッコ側はワインを自分たちにはつがないでほしいと事前に要望した。
結局、日本側招待者だけがワインのお相伴にあずかったが、出席したルシェヘブ駐日モロッコ大使は「100人を超える晩さん会にあのような最高級ワインが出されて驚いた。国王訪日を最高レベルでもてなしたいという日本の思いが感じられた」と私に語っている。ゲストにも日本側の意図は伝わったのである。
どの国をも分け隔てなくもてなすのは、宮中晩さん会が政治と切り離されたイベントであることと無関係でないだろう。ただ同時にそこには、国賓には、だれに対しても最高のもてなしを、という天皇、皇后両陛下の思いがある。これは日本のもてなしの精神でもあるのだ。(専門編集委員)
毎日新聞 2008年5月10日 東京朝刊