前代未聞の騒動の末、白川方明(まさあき)日銀総裁が誕生し1カ月がたった。「学者肌で総裁向きではない」との声もあったが、重圧に萎縮(いしゅく)することなく淡々と務め、会見などで考えを丁寧に説明しようとする姿勢は、市場関係者らから評価されている。
皮肉だが、順調さゆえに忘れられようとしている問題がある。金融政策など重要事項を決める政策委員会が2人欠員のままになっていることだ。
政策委員会は、総裁と副総裁2人、審議委員6人の計9人で構成することになっている。日銀法にそう書いてある。任期満了に伴い正副総裁計3人の後任選びとなったが、与野党対立で副総裁1人を最後まで決められなかった。副総裁に転じた西村清彦前審議委員の後も空席のままである。7人体制で、すでに50日が経過した。
総裁人事が何とか決着したのは、当時間近に迫った先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議に「代理は送れない」との意識が働いたためだ。その総裁が決まると、残りの人選は政治の優先事項から抜け落ちてしまった。
この間、総裁と副総裁の海外出張が重なり、2人同時に不在という異例の事態も起きたが、幸い、表立った不都合は生じていない。しかし、不都合が起きないように頑張っているから起きていないだけだ。現状で構わないとする意見は、自分たちのために存在する中央銀行を軽んじることに他ならない。
今回の正副総裁人選では、財務省出身かどうかが最大の焦点となった。財政からの独立は大事だが、スケールの小さな論議に終始した。今後は、人物本位の人選を望む。大切なのは、たとえ多数意見や総裁の考えと対立しても、自分の見方をきちんと発言できるということだ。政治からはもちろん、出身母体や日銀内部からの意見にも引きずられず、独立して判断できるプロが求められる。その意味で、大銀行出身者、女性学者が常に1人ずついるようなポストの固定化もよくない。日銀の独立性を確かなものにするのは、独立した政策委員一人一人なのだ。
そんな人材を捜すのは難しい、との指摘もある。もしそうなら、世界に対象者を広げてみたらどうか。日銀とほぼ同時期に、政府から独立して金利を決める権利を得た英イングランド銀行は、新体制発足時、委員の2人が外国籍だった。人材の多様さは、新しい政策委員会が信頼を得るのに貢献した。
異例続きの日銀人事となったが、この際、お陰でよい方向に大きく変わった、と思えるような変革の機会にしよう。
毎日新聞 2008年5月10日 東京朝刊