ミャンマーを襲った超大型サイクロン「ナルギス」の恐るべき被害が明らかになってきた。
国土の最南部エヤワディ管区を中心とするイラワジ川河口の広大なデルタ地帯が3メートルを超す高潮で一瞬にして水没した。
現地からの報道によると、道路は各地で寸断され、川には無数の死体が流れ、住む家を失い食料、飲料水を求める人々が救いを待っている。軍事政権は死者が約2万2000人、行方不明者が約4万2000人と発表しているが、死者10万人以上という情報もある。
イラワジ川は国土を南北に縦断する大河で、デルタ地帯は豊かな実りをもたらす水田である。インド洋で発生したサイクロンは北上してバングラデシュに向かうことが多いが、今回は大きく東に曲がり、ミャンマー南部海岸を直撃した。備えが手薄なこともあり想像を超える大災害となった。
広い範囲で孤立した村落に、飲料水、食料、医薬品やテントなど救援物資を配布することが緊急の課題だ。疫病の防止も急いで手を打たなくてはならない。流失家屋の再建や海水をかぶった水田の復旧など、まだ考える余裕もない段階である。
ところがまか不思議なことに、国民の苦しみを目の前にしながら軍事政権は一部の国連機関の人員を除き外国の援助隊入国を拒否している。一刻を争う災害救援の初動段階なのに、近隣の東南アジア諸国連合(ASEAN)各国からの救助隊や医療チームの立ち入りも拒んでいる。
友好国の救援物資は受け取っているが、現実問題として軍隊を通じた配給はうまく機能していない。軍は傷病被災者の治療にも対応できないでいるという。
民主的な選挙結果を無視して権力の座にすわり続けている軍事政権に対して、欧米を中心に国際社会は経済制裁を続けていた。だがいまは緊急時である。日本をはじめ各国が人道的立場で援助を申し出ている。
軍事政権が被災者を犠牲にしてまでかたくなな態度をとるのは、10日から新憲法案の国民投票が始まるからではないか。軍事政権の権力を維持するための形式的な憲法草案に対しては民主化勢力が反対している。だからこそ大災害の混乱のなかでも威信にこだわり、国民投票を強行して既成事実を作ろうとしているように見える。
さすがに投票所が水没した被災地では延期したが、ほかでは予定通り投票を実施するという。国連事務総長が投票延期を勧めている。従うべきだ。外国救援隊の援助を仰ぎ被災者の救援に全力を集中すべきだ。
国難に直面してもなお権力維持しか考えない統治者を国民はどのような目で見ているか。国民投票で新憲法案が高い支持を得てもだれが信じるだろう。
毎日新聞 2008年5月10日 東京朝刊