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採取した卵子に精子を注入する「顕微授精」など体外受精が行える医療機関は岐阜地域などに偏っている=岐阜市柳戸、岐阜大学医学部付属病院
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高山市に住む田中理恵さん(27)=仮名=は、昼すぎに仕事を切り上げると、岐阜市内の病院に向かうため、車を走らせた。東海北陸自動車道を使っても片道2時間はかかる距離。きょうも何とか夕方の診療に間に合った。
こんな生活がもう3年続く。理恵さんは夫(27)とともに不妊治療を受けている。高山市内の病院に通院していたが、より高度な不妊治療を求めて、岐阜市の病院に通っている。
毎月、排卵日前後には5、6回の通院が必要という不妊治療。高山市から岐阜市に頻繁に通うのは時間的にも、経済的にも容易でない。一般道を使って余分な出費は抑え、自宅に戻ってくるのはいつも夜10時を過ぎる。看護師の理恵さんは主治医と相談し、通院を月1度にとどめることができているが、冬場の雪が多い時期には、通院をあきらめることもある。「距離のある通院ではタイミングを合わせるのも難しく、歳月はあっという間に過ぎてしまった。もっと近くで治療ができたら」
不妊に悩むカップルは10組に1組の割合といわれているが、医師が不足する産科医療の現場では、お産に医師が奪われている。あおりを受け、県内では不妊症治療にも地域格差が生じ、体外受精などが受けられる「特定不妊治療費助成事業」の指定医療機関は岐阜・西濃に集中、飛騨地域は空白地帯だ。
日本生殖医学会指導医の今井篤志・岐阜大学医学部教授は「がんの発症率より不妊の割合は高いのに、対策は後手に回っている。産科医療の現場は、不妊治療にかかわる医師の余裕をも奪っている」と憂い、「どこにいても不妊治療が受けられるようにするのが少子化対策の第一歩だが、産科医療のひっ迫した状態を整えないと、不妊治療対策に進むこともできない」と語る。
高山市天満町の高山赤十字病院は4月から、医師不足を理由に同事業の医療機関の指定を辞退した。「体外受精を行うとなると医師の負担も大きく、現状ではその余裕がない」と棚橋忍院長。同病院では昨年、産科医が一時2人に減った。その後、1人増員されたがお産をこなすのが精いっぱいの数だ。
昨年度、体外受精の実績は1件もなかった。「まずはマンパワーを増やす必要があるが、それも医師不足の現状では困難」と言う。
不妊治療を受ける患者には医療費の負担だけでも大きい。「少子化対策に地域の偏りがあってもいいのだろうか。若いお母さんにあこがれているのに」。今も理恵さんの通院は続く。
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県内の医療現場の現状や課題を追う連載企画「命をつなぐ」。第2部・患者編では、患者の視点から、医療のいまについて考える。
【メモ】
特定不妊治療費助成事業 体外受精など保険診療が認められていない、特定不妊症治療は10万円を上限に年2回、通算で5年間助成が受けられる。県内では13施設が県の指定を受けている。
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