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黄河崩壊――汚染と水不足の現実
悠久の昔から、黄河は中国北部の大地と人々をうるおし続けてきた。だがいま、めざましい経済成長の陰で、母なる大河が深刻な危機に陥っている。 ◇ ◇ ◇ 乾ききった大地が、目の前に広がっている。ここ中国北部の乾燥地帯では、雨はもう何カ月も降っていない。空を暗くするのは、湿った雨雲ではなく、吹き荒れる砂嵐ばかり。草木などとても芽を出しそうもない、からからの荒野だ。 だが、黄河が蛇行するあたりで、その荒涼とした風景の果てに、目を疑うような沃野が開けてくる。緑の稲穂が波打つ水田、黄色に染まった広大なヒマワリ畑、青々とした葉を広げるトウモロコシ、小麦、クコの畑。照りつける日差しの下で、どの作物もよく育っている。 その光景は砂漠に浮かぶ蜃気楼ではない。チベット高原から渤海まで全長5460キロを流れる黄河。そのちょうどなかほどに位置する、寧夏回族自治区北部のオアシスだ。秦の始皇帝が万里の長城の衛兵たちの食料を調達しようと、農民の一団をここに送りこみ、人工水路を建設させ、耕作させたのがそもそもの始まりで、2000年以上の歴史をもつ。 55歳の沈も、秦の時代からの伝統を受け継ぎ、黄河から引いた水で耕作を行っている。無尽蔵にも思える豊富な水。沈はここなら水に困ることはないと、30年ほど前に移住し、トウモロコシを育ててきた。「こんなに美しい場所はどこにもないと思っていたものです」と、緑の畑を見渡して言う。 だが、この地上の楽園は急速に失われようとしている。驚異的な経済成長を遂げる中国では、農工業の開発と都市化が急ピッチで進み、水需要が急増して、黄河が干上がりつつあるのだ。しかも、わずかに残った水もひどく汚染されている。 人工水路のそばに行ってみると、目を疑うような光景があった。血のように赤い工場の排水が排水口から勢いよくほとばしり、水路の水が毒々しい紫色に染まっていた。この水は黄河に注いでいる。このあたりには、以前は魚やカメがたくさんいたそうだが、いまでは水質汚染が進み、飲み水はおろか、農業用水としても使えなくなっている。沈の飼っていた2頭のヤギは、水路の水を飲んだ数時間後に死んでしまったという。 死を招く汚染の源は、畑の川上に位置する都市、石嘴山に立ち並ぶ化学工場や製薬工場だ。この街は、いまでは世界最悪の公害都市に名を連ねている。「自分の体にじわじわ毒を盛っているようなものですよ。まったく、母なる河にこんなことをするなんて」と、沈は怒りに声をふるわす。
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