「足の無い頭ほど、味気ない生を送るものはなく、
足の無い頭ほど、間違ったことを平然とうそぶくものはない、
全ての思想は 足から芽生え
全ての快楽は 足から発すそれに気づいた僕達は喜んで足になることにした。
ただし『考える足』にである。」
「考える足」というタイトルのついたこの詩は、事業戦略や商品開発を専門に手がける民間シンクタンクである株式会社ドゥタンク・ダイナックス(本社東京、代表竹川征次氏)のパンフレットの表紙裏に紹介されているものである。
シンクタンクに対するドゥタンクというアンチ・テーゼと冒頭の「考える足」の詩に端的に示されているように、ダイナックスはフィールドワークを通じ、行動することによって机上の空論ではない実際に役立つ商品やコンセプトの開発を行うコンサルタント会社である。もともと環境問題に関する調査・研究からスタートしており、“カンコロジー”として有名な霧ケ峰高原の空缶捨ての調査もダイナックスの手によるものである。また、ドウさんと呼ばれる主婦六六〇名を組織化したマーケティング・リサーチの会社である主婦企業ドゥ・ハウス(本社東京、代表小野貴邦氏)ともルーツを同じくする兄弟企業である。
そのダイナックスが、昭和六一年の夏からジャパン・ハイスクール・コミュニケーション・クラブ(略称JHCC・高校生情報発信クラブ)という高校生のつくる一種の横断的なソーシャル・クラブの運営を始めた。ダイナックスのJHCCへの取り組みは、機会開発時代における新しいマーケティング・アプローチに関してきわめて多くの示唆を与えてくれると思われるので、以下で詳細に検討してみよう。
最初に、いったい、JHCCがどんな活動をしているのか、その概要を紹介しておこう。JHCCの活動内容は、次の三つから成立している。最初のそしてJHCCのもっとも人気のある機能は三種類のテレフォンサービスである。
ひとつは、キャロット・トーキングと呼ばれるメッセージ録音専用のサービスで、一人一回二分間好きなメッセージが二四時間吹き込めるようになっている。
二つ目のサービスは、パンプキン・ヒアリングと呼ばれるヒヤリング専用のサービスで、ここではキャロット・トーキングで吹き込まれたメッセージを二四時間聞くことができる。
三つ目は、ピーナッツ・アスキング&六分ジョッキーと呼ばれるサービスで、前者は日変わりメニューで昼一二時から夜六時までの間、JHCC事務局の若いスタッフの務めるパーソナリティと色々やりとりできる電話相談のシステムになっている。中身は、月曜日はインディーズ・シーン、火曜日はバイク、水曜日はレコード・レンタル、木曜日はキャラクターズ・グッズ、金曜日はバイト、土曜日はフリーメニューとなっている。後者は、そのやりとりの情報をその日の夜六時から次の日の一二時までテープで流しているものだ。JHCCの二番目のサービスは、会報「RaDio」の発行である。ここでは、高校生の間の手紙のやりとりをサポートする投稿の場およびインフォメーション・センターの機能がもたされている。
JHCCの最後の機能は“体験するイベント”の主催であり、代表的なものとしては、昭和六一年の年末三一日から新年二日までの七二時間通しで電話を受けつけたトライ・アス・フォーン(鉄人レースであるトライアスロンにひっかけた表現)を実施した。このトライ・アス・フォーンは、JHCC会員の要請で電話による「ゆく年くる年」をしようという提案で始まったもので、三日間の連続メッセージ交換ゲームとして実施された。一二月三一日零時から一月二日二四時までに、通話数約三五〇〇本、トーキング数約八〇〇本、ヒヤリング数約二〇〇〇本、スタッフヘのメッセージ約七〇〇本のやりとりが行われた。主な内容は、
一九八七年八月現在、JHCCの会員約七〇〇名、電話でやりとりしている高校生は約三〇〇〇名とみられている。念のために付け加えると、高校生がJHCCの会員になるのに入会金や会費など一切お金がかからない仕組みになっている。このシステムは現在のところダイナックスの負担のもとで自主的に高校生の手によって維持されており、特定のクライアントやパトロンの手によっていわゆる“やらせ”で運営されているわけではない。
昭和六一年の一月以降のJHCCの企画の段階では、ピーナッツ・アスキングと呼ばれる電話相談が一番人気が出るだろうと竹川氏は考えていたそうだが、いざ実行に移してみると、キャロット・トーキングとパンプキン・ヒアリングに人気が集中した。とくに、昭和六一年一二月一三日、NHKの「YOU」でこのJHCCの仕組みが紹介されてからは、高校生の間で爆発的な人気を呼び、多い日は一日に二五〇〇本以上の電話が、JHCCに寄せられた。今は、JHCCの仕組みが利用している高校生のライフスタイルのなかに組み込まれたせいか、電話本数自体は一週約五〇〇本程度に落ち着いてきている。
そのようなプロセスのなかで、やがて電話のやりとりをモニターしていたJHCCのスタッフが驚くべき事実を発見した。というのは、この二つの電話システムを用いて高校生の間で本音のやりとり(コミュニケーション)が成立し始めたことが分かったのである。どういうことかというと、匿名でキャロット・トーキングに二分間自分の悩みを訴えてくる高校生に対し、それをパンプキン・ヒヤリングで聞いた他の高校生が自分の体験から得たアドバイスをメッセージとしてまた、キャロット・トーキングに入れてくるという具合に、これまで何の関係もなかった高校生が電話を通してメッセージのやりとりをするようになったのである。
本来、電話というメディアは、一対一のコミュニケーションの道具であり、相手が電話に出てはじめてやりとりが成立するという特徴をもっている。勿論、今の高校生は手軽に電話をかけて情報交換をしているが、電話というメディアが相手の状態を生の形で伝えてしまう情報量の大きいものだけに、オンラインの一対一のやりとりではなかなか本音を出しにくいという制約をもっている。
ところが、JHCCのシステムでは、通常の電話利用におけるこのような制約を取り払い、メディアとしての電話の良い所だけを取り出せることになる。すなわち、互に匿名だからどんなことでも本音で自分のいいたいことを伝えることができる。そこには、高校生の間では(禁)といわれるセックスやお酒、煙草のことも当然含まれている。その意味ではJHCCの電話サービスは一種の駆け込み寺的な役割を果たしているともいえる。また、電話の音声を通して、相手が良さそうな人であるかどうか、本当に切羽詰まっているのかどうか瞬時のうちに相手をトータルに把握することができる。その上、二四時間サービスだから真夜中でも何時でも思い立った時にコールすることができる。
このようにして、JHCCの電話システムが高校生の間で、本音のコミュニケーション・ツールとして活用されることになったことによって、新しいマーケティングを展開する必要に迫られている多くの企業にとってJHCCの潜在価値は、計り知れないほど大きなものになったと私は思う。
このあたりで、JHCCのもつマーケティング面での意味について整理しておこう。
社会の全般的な豊かさと成熟化の進行プロセスのなかで、市場の構造がハビング(所有欲求−−モノそれ自体を欲しがること)からドゥーイング(行動欲求−−旅行に行きたい、スポーツをしたい等々)、さらにビーイング(自己実現欲求−−生涯学習など自分自身の可能性を追求する諸活動)へと進化するにつれて、大量生産−−大量消費を基軸とする従来のアメリカ流モノ売りマーケティングが限界に達してきている。性、年齢、収入、職業など市場のデモグラフィックな特性をいくら正確に把握してみても、そこから市場に受け入れられる商品開発に結びつく情報がおいそれと抽出できなくなっている。
すなわち、従来のように多くの人々が集まって市場の量的特性のデータを前に、こういう特性をもった人々にはこんな商品が必要なはずだといういわゆる“客観的”“民主的”なアプローチによって開発された商品がいずれも惨憺たる結果に終わっているという冷厳たる事実がある。むしろ、チームデミに代表される最近のヒット商品は、街が分かり、人が分かり、時代の変化を的確に見抜いている卓越した感性をもった個人が、自分なりの問題意識を前面に出して仮説設定型アプローチで大胆に主観をぶつけた方が成功確率が高いという結果を示している。
このような時代には、竹川流にいえば、「望遠鏡的観察マーケティング」よりも「内視鏡的クリエイト・マーケティング」が求められることになる。人々が生活のなかで、自分の可能性を追求していく機会開発の活動がこれから二一世紀にかけての新しい市場のメガトレンドであるとすれば、時代や市場の変化に敏感であり、新しい商品に対する評価力や選択のセンスも抜群のヤング層を戦略的なターゲットとして把え、彼等と一体となった研究・開発(R&D)を進めていくことが必要となる。
彼等の内部にあるエネルギーを同一感覚、同時進行のなかで読みとり、外からの定量的観察ではなく、内からのエネルギーとして新しい芽を掴むことが求められているのである。その意味では、これから開発される機会開発分野のあらゆる商品は「クラブ財」としての性格をますます色濃くもつようになるのである。ダイナックスがJHCCを始めた意図もまさにそこにある。すなわち、新人類の次にくるネオ新人類と呼ばれる団塊の世代の子供達約一千万人の存在が、今後の市場を動かすニューリーダーであり、二一世紀の主役を担う人々なのである。
彼等はネアカやネクラを性格分類ではなく、パフォーマンスの手段として日常化してしまうくらい、センシティブな感性をもった人々である。したがって、“やらせ”や“調査対象になること”などにたちまちのうちに気付き、しらけてしまう存在である。したがって、彼等が自主的にJHCCを運営するという原則が守られている限り、本音のやりとりが可能となり、それが新しいマーケティングの展開にとって意味のあるものになる。
電話を用いた若者情報の把握に関しては他にもいくつか例がある。セブンイレブンの提供する原宿の「ヤングトークトーク」がその代表的な存在であろうが、パーソナリティーがいて、彼の巧みなやりとりのなかに質問事項を含ませるアプローチは、本音でのやりとりが保障されないという意味においてやはりきわめて限界的なものだといわざるを得ない。
その意味では、JHCCは、ソーシャルクラブとして存在することによって企業のR&Dのための生きたフィールドとして機能するのであり、R&DのためのJHCCでないことが基本的に重要なのである。
そうはいっても、勿論ダイナックスは民間企業であり、慈善事業をやっている非営利の団体ではない。そのため、ソーシャルクラブとしてのこのJHCCの活動とは別な形で、その成果をビジネスに結びつける仕組みが必要となる。これまですでにJHCCをメンテナンスするためにダイナックスはスタッフ一〇人のコンサルタント会社の経営を危機に陥いれるレベルの投資を行ってきているからなおさらである。彼等のその仕組みは、「高校生ライフスタイル研究会」を設置し、一業種一社、年間契約でJHCCをベースとした月例レポートの提供と隔月ごとの研究会の開催によって年二回テーマ別研究レポートを提供しようというものである。
JHCCというきわめて価値の高い生きた情報収集のためのフィールドを生き生きとした状態で維持・管理していくために、一業種一社に限定し、共同モニタリング・システムを開発し、そのメンテナンスと分析を代行しようというのである。そのシステムの全貌は図2に示す通りである。
ダイナックスのこの高校生ライフスタイル研究会の目玉は二つある。ひとつは、JHCCモニタリング・システムであり、いまひとつは、フォノロジック分析(音韻分析)による高校生のライフスタイルの研究である。
現在、JHCCの活動には約一〇人のスタッフが関わり、電話でやりとりされたテープの編集、電話のオペレーション、会報「RaDio」のサポート、会員との連絡などきめの細かいフォローアップを行っている。こうしたダイナックスサイドの地道な裏方の活動が、高校生との間に強い信頼関係を作っている。実際、JHCCの本部を兼ねるダイナックスの世田谷の事務所を訪ねると、いつでも遊びに来ている高校生が本部の若いスタッフと交歓している風景に出くわす。モニタリング・システムはこのような信頼関係のなかから、会員に対してモニター依頼をし、承諾を得た会員のみから成り立っている。
例えば、高校生何でも百科というシステムでは、クライアントのニーズに応じて、時々のカレントなテーマ、化粧品、ライフスタイル、音楽、マネー感覚などについてアンケートに答えてもらっている。このモニタリング・システムは、高校生のライフスタイル研究のなかから生じた疑問やテーマをより詳しく調査したり、商品の開発や企画においてチームを組んで研究する場合に活用するシステムである。このモニタリング・システムには、モニターによる「R&D」活動も設置されている。
それは
例えば、JHCCの高校生の手になる「ポスト新人類は行動する」というタイトル(仮称)の単行本が、近いうちにマーケティング雑誌「2020AIM」を発行するオフィス2020から出版される予定になっている。その中間イベントとして、昭和六二年三月号の「2020AIM」の付録として、JHCCの高校生の作った同タイトルの小冊子が既に世の中に出ている。内容は三章構成で、第一章は「キワどくアブない高校生パワー」、第二章座談会「不透明な浮遊感覚へのパスワード」、第三章「アブなくオモシロイ高校生序!?」となっている。なかからいくつか秀れもののまとめを紹介しよう。絶えずカンセイ(good)からダセー(bad)の間をめぐるという図3に示した高校生の〔感覚回路〕のメカニズムなど思わず、さすがとうならせるできだ。その他、図4に示した高校生タイプ分け案なども面自い分類で、とても我々中年には考えつかないものだろう。
次に、今ひとつの目玉であるフォノロジック分析について紹介しよう。これは、電話に吹き込まれたキャロット・トーキングの全データをまず活字化し、次に活字データから全名詞を取り出して、各名詞を頻度分析するものである。取り上げられた高校生のデータは、次の二つの局面で整理される。第一の局面は、図5に示すように音声情報を学業−−学業外、学内−−学外という二軸を用い高校生の生活領域を四つの場面に分けて認識しようとするものである。第二の局面での分析は、第一の分析がオーソドックスな論理的なアプローチであるのに対し、実際高校生が分類したダイナミックなアプローチである。
メッセージの種類は、
残念ながら、本稿を執筆している八七年八月現在、数社と交渉中であるが、まだ正式な決定には至っていない。JHCCとつき含う企業にとってみれば、従来のように市場から離れたところで作り手・送り手として展開してきたマーケティング・アプローチを、高校生という市場=ターゲットのなかに入り、手を携えて共に新しい商品やサービスを開発しようという、いわば一八〇度価値観の転換を求められる提案であるだけに慎重にならざるを得ないのであろう。その意味では、ドゥタンク・ダイナックスのJHCCが成功するかどうかは、二一世紀に向けて我が国が機会開発時代にふさわしい新しいマーケティング・パラダイムの地平を切り開いていけるかどうかのターニングポイントとなるきわめて重要な取り組みであるといってよいだろう。