副首相が新大統領に、大統領が新首相に--。なんとも見慣れない新体制がロシアでスタートした。新大統領に就任したメドベージェフ氏(42)は、新首相に指名されたプーチン前大統領(55)の腹心であり、8年に及ぶプーチン政権を陰に陽に支えてきた人物だ。
今度は自分が国のトップに躍り出たが、プーチン氏をしのぐ権力を求めるのか、お飾り的な大統領に甘んじて実権をプーチン氏にゆだねるのか。新政権の先行きは、2人の関係を軸に極めて不透明である。
ただ、「タンデム(2人乗り自転車)」体制が揺らぐことは当面はなさそうだ。巨大与党「統一ロシア」の党首就任を受諾したプーチン氏は、その気になれば議会を動かして大統領弾劾や憲法改正も図れる。最高実力者は相変わらずプーチン氏ということらしい。
ともあれ、新体制に望みたいのは、ロシアにまつわる暗いイメージの一掃である。ソ連崩壊後、極度の経済混乱に苦しむ新生ロシアを率いて庶民生活を向上させたのは、確かにプーチン氏の功績だ。
だが、プーチン氏が強権の人だったのも確かである。エリツィン政権時に強い影響力を持った新興財閥を駆逐し、民間石油大手ユコスは解体した。米国の「テロとの戦争」の追い風も受けつつ、チェチェン独立闘争を力ずくで抑え込んだ。豊かな石油資源を背景とした強気の外交政策も欧米のひんしゅくを買った。
その陰で、露政府のチェチェン政策に批判的な女性記者が殺され、露連邦保安庁の元中佐も毒殺されるなど陰惨な事件が続いた。真相は不明ながら、ロシアの「闇」の部分を印象づける出来事であり、情報機関出身者(シロビキ)を一つの権力基盤とするプーチン氏のイメージが米欧などで悪化したことは間違いない。
今後のロシアが「開かれた国」へ向かい、米欧と良好な関係を築くよう願わずにはいられない。
冷戦終結後も北大西洋条約機構(NATO)はロシア国境に向かって拡大を続けた。ブッシュ政権は、かつて米ソが「欧州正面」とみなしたポーランドとチェコにミサイル防衛(MD)を配備しようとしている。
米露対立に関してロシアのみを非難するわけにはいくまい。「ロシア民主化」を求める米国でも、テロ関連の取り調べで「水責め」を禁じる法案に、ブッシュ大統領が拒否権を行使したりしている。そんな国にあれこれ言われたくない、という思いがロシア側にはあるのだろう。
米露関係の改善は不可欠である。「リベラル派」のメドベージェフ氏を新たな顔とする新政権が、積極的にロシアのイメージチェンジを図るとともに、米欧にも日本に対しても協調的な外交姿勢を打ち出すこと。それが世界安定への大きなカギである。
毎日新聞 2008年5月9日 東京朝刊