2008年05月02日
新司法試験再現答案（刑事系）。
試験的にアップしてみます。
反応を見て、何か問題がありそうだったら消すということで。
再現自体は試験直後にしたものなので、生々しさはあると思います。
なお、昔のことですから、講評とかできません。
質問も、できる限り受けたいですが、答えられるかどうかはよく分かりません。
間違っているところたぶんいっぱいありますが、
これぐらい間違ってもどうにかなるよという参考にはなるかも知れません。
＜取り扱い注意＞
これはあくまで一つの解答であって、それにすぎません。
厳密に分析するなら、答案を比較すべきです。
そういう再現答案集を予備校が売っているので、それも適宜参考にしてください。
＜お願い＞
使えた、でも使えない、でも良いので、感想をいただけると嬉しいです。
刑事系 145.39/200
順位はこんなもんで、各々の科目では、私より上の人はたくさんいます。
設問はこちら。
出題の趣旨はこちら。
第１問
１．丙に対する甲乙の罪責
（１）甲が丙を切りつけたことについて
�―�害罪の成否
甲はカッターで丙を切りつけて後述の通り丙に傷害を負わせている。甲がそのとき殺人の故意であったか傷害の故意であったかは定かではなく、客観面から判断する他はない。甲はカッターという刃物を使用しているものの刃を柄の部分から３センチしか出しておらず、また突いたのではなく切りつけただけであるからよほどのことがない限り致命傷にはなり得ず、また切りつけた場所も人体の急所ではない肩付近であることを考えると、カッターで丙を殺すつもりはなかったと考えることができる。従って甲は殺人罪（刑法１９９条）の故意はなく、暴行罪（２０８条）または傷害罪（２０４条）の故意で丙に切りつけたと判断することができる。もっとも、暴行罪の故意で結果として傷害を負わせた場合は、２０８条反対解釈により結果的加重犯としての傷害罪が成立すると解することができるので、暴行罪の故意であるか傷害罪の故意であるかは分ける実益がない。
そしてその切りつけた結果丙は左頸部ないし左上腕部に切創を負った。丙が切りつけられたのは二回であり、甲と乙がそれぞれ一回ずつ切りつけているので、この二つの傷のどちらかがこのとき甲が切りつけた傷であると言うことができる。左頸部の傷は致命傷であり、左上腕部の傷は致命傷ではないので、甲がどちらの傷を付けたかによって傷害罪か傷害の結果的加重犯としての傷害致死罪（２０５条）かが分かれることになる。ただ本件ではどちらの傷が甲によるものかが分からない。そうすると「疑わしきは被告人の利益に」という刑事法の原則からは甲の切りつけた行為により傷害致死になったと認定することはできないのであり、甲ではなく乙による致命傷であったと考えて甲には傷害罪しか成立しないと考えるのが原則になる。もっともこのように考えると致死結果について誰も帰責されないのではないかという不都合が生じうるが、これについては後に検討する。
従って、さし当たり甲には丙に対する傷害罪が成立すると解する。
�∪掬�防衛の成否
もっとも、甲に傷害罪が成立するとしても、甲は丙にバットで殴られており、それに対する防衛のためにやむなくカッターで切りつけたとして正当防衛（３６条１項）が成立するのではないかが問題になる。以下正当防衛の要件を検討する。
まず３６条１項は急迫不正の侵害に対しての防衛であること、つまり急迫性の要件を規定している。本件では甲と丙・丁がけんかになったのは甲がけんかになると分かっていたにもかかわらずあえて寮の一階まで降りていったからであり、しかも甲がそうしなければ丙らが甲の自室にまで来てけんかになることはなかったと甲も丙と一緒にいた丁も考えていたのであって、甲は何もしなければ攻撃されなかったのであり、まさに甲はあえてけんかを引き起こしたと考えることができ、そうすると甲が攻撃される急迫性はなかったのではないかとも思える。しかし甲と丙・丁がけんかになったあとに乙が仲裁に入り、一度けんかはおさまったのであって、甲も丙と話し合うつもりでバットを置き、丙も甲から手を離し、甲も丁も丙がけんかが終わったと認識しており、客観的状況としてもけんかは終了したと考えるのが自然である。にもかかわらず丙はその状況に反して突然バットで甲に殴りかかっており、甲としてはこれは予想外の展開であって、改めて侵害状況が発生し、急迫不正の侵害があったということができる。
次に自己又は他人の権利の防衛が要件となるが、これは甲自身の生命・身体の防衛であると言えるので、要件を満たす。
また３６条１項には明文がないものの、当然の要件として防衛の意思が必要な要件と解されている。これは、防衛状況があるからといってそれを利用して相手方に積極的に危害を加えようとする者は防衛の意思を欠いて保護に値しないというべきであるからである。一方で攻撃を加えられたときには多かれ少なかれ激情的になるのが普通であるから、防衛の意思と攻撃の意思が併存している程度ならばなお防衛の意思を欠くことはないと解すべきである。本件では丙に殴りかかられた機会を捉えて丙を害そうとまで考えたいのではなく、「このままでは丙にやられてしまう」と思って反撃の意思で切りつけたのであり、そのときに腹立たしさも併存してたがこの程度ではなお防衛の意思を否定するほどではないと解すべきなので、要件を満たす。
そして３６条１項は「やむを得ずにした」行為であることを要件にしている。これは３７条１項の緊急避難と同じ文言を使っているが、その内容は違うと解されている。正当防衛は正対不正の関係であるが、緊急避難は正対正の関係である。緊急避難においては害を受ける相手方はそもそも害を受けるいわれはないので法益均衡のみしかその正当化理由がないので「やむを得ずにした」は厳格な補充性と解されているが、正当防衛ではそもそも不正の行動をした加害者側は法益保護に欠けるのであって、被害者側はそれを甘受する必要はないので補充性は必要ではない。むしろ３６条１項における「やむを得ずにした」は防衛行為の相当性、具体的には防衛手段の相当性のことだと考えられる。権利防衛のためとはいえ著しく相当でない防衛手段を採ることまでは保護に値しないからである。具体的には武器対等であるかが問題となる。これを本件に見ると、丙はバットで一度殴った後はバットを捨てて素手になっているのに対し、甲は刃物であるカッターを使用しており、甲は不当に強力な武器を使用しており武器対等を破っているとも思える。しかし甲は身長１６５センチと男性としては小柄なのに対して丙は１８０センチくらいと体格に優れ、年齢も丙が２歳若く、体力的にも勝っており、さらに柔道の経験があり、実際に甲は組み伏せられている経験がある。このような状況で丙に掴まれれば投げ倒されたり組み伏せられる可能性があり、しかも室内ではなく路上であり、コンクリートに頭部などをぶつければ致命傷になる可能性もある。このような状況では素手に対してカッターという刃物を使用することも武器対等を破るものとは言えない。またカッターを使用するにしても防御的に使用して脅すだけで充分ではないかとの反論もあり得ようが、丙は「この野郎。」と怒鳴りながら甲の頭部を狙ってバットで殴りつけており、木製のバットとはいえ重量は約８００グラムと軽量ではなく、バットはそもそも振り回すための道具であり鋭敏に振り回せるのであってその速度はかなりのものである。それを人体の急所である頭部に向けて殴りかかるとは、丙の害意は相当に強度なものであったと考えるべきである。するとバットを捨てた後もその害意が継続しているならば、実際に手加減なく路上に投げられたり組み伏せられたりする可能性があるのであって、カッターを振り回して脅したところでそれを意に介せず掴みかかられる可能性も高かったと言える。本件では脅すだけではもはや充分ではなく、実際にカッターで切りつける行為をしなければとても甲の身体・生命を防衛できなかったのであり、なお武器対等を破ったとまでは言えない。従って防衛行為の相当性の要件を満たす。
なお、結果として傷害ないし傷害致死の結果が発生しているが、仮に傷害致死の結果が甲の攻撃によって生じたとしても、防衛行為が相当性の要件を満たすならば、偶々加重結果が出てもそれによって過剰防衛になることはなく、なお正当防衛のままである。前述の通り正当防衛では法益均衡は要件にはなっていないので、過剰防衛とは偶々重い侵害結果が出たことではなく武器対等を破ったことを示すと解すべきである。よって傷害か傷害致死であるかによって正当防衛の要件を満たしたり満たさなくなったりするわけではない。
以上により正当防衛の要件を全て満たすので、甲には正当防衛が成立し、丙に対して罪責には問われないことになる。
（２）乙が丙を切りつけたことについて
�―�害罪の成否
乙はカッターで丙を切りつけているが、甲が切りつけたのと同じ刃物を使用し、また切りつけた場所も同じ肩付近であって、殺人の故意はなく、その結果左頸部ないし左上腕部に切創を負わせたのであって傷害罪ないし傷害致死罪が成立し、どちらかの傷を負わせたかが不明な以上は致死結果が帰責できず傷害罪のみが成立するのは甲で検討したのと全く同じである。
��甲との共同正犯
まず（１）で甲が丙に切りつけたこととの共犯関係にあるかが問題になる。甲が切りつけた後に丙の動きが止まり、丙の攻撃は停止したのであって、ひとまず正当防衛状況は終わり、新たな加害は必要なくなったと言える。そして甲も身構えながら様子を見るだけにして攻撃を中止した。よって（１）の甲の傷害行為はひとまず終わったのであって、それと乙との共犯関係はないと言える。
次に乙は丙の言動に憤慨して甲からカッターを受け取って丙を切りつけた。これが乙の傷害罪を基礎づけるのはもちろんであるが、乙は甲に武器であるカッターを貸せと命じており加害の一部に加わるように指示し、甲は乙が加勢してくれたものと理解してその上で持っていたカッターにつき、乙が自分から手に取ったもののそれに抵抗せず黙示的に差し出したと言え、共同加害の意思及び実行があったとして、共同正犯（６０条）を基礎づけることができると解する。よって丙を切りつけたことにつき、甲と乙で傷害罪の共同正犯が成立することになる。ただし致死結果についての帰責については後述の通りであり、これはさしあたりの罪責である。
（３）致死結果についての扱い
�〔簑蠅僚蟶�
以上検討したところによれば、甲は自分で切りつけたことについて傷害罪の罪責を負い、甲と乙は乙が切りつけたことにつき傷害罪の罪責を負うが、いずれも単独では傷害致死の罪責を負わない。しかし実際には丙は死亡しておりどちらかの行為が確実に傷害致死なはずであり、誰も致死結果について帰責されないというのは不当であるとも思える。ただし、甲はどちらの行為にも荷担しているのであって、結局二回とも攻撃したのと同じであるから、「疑わしきは被告人の利益に」という原則を考えたとしても、どちらかで致死結果を与えた以上は傷害致死の罪責を免れないことになる。つまり、第一行為と第二行為のどちらかが致死行為であったかについては仮定的判断になるが、第一行為が傷害致死罪だった場合は第二行為は傷害罪、第二行為が傷害致死罪だった場合は第一行為は傷害罪となる。しかし本件のさらなる特殊事情として第一行為については甲には正当防衛が成立しており、「疑わしきは被告人の利益に」という原則を考えれば、罪とならない第一行為が致死行為であって罪となる第二行為が致死とならない行為であったと考えざるを得ない。よって甲は結局傷害致死の罪責を負わないのである。
また乙についても、乙が荷担した第二行為については乙に対してはやはり「疑わしきは被告人の利益に」の原則からすればそこが致命傷だと考えることはできず、乙にとっては甲の第一行為が致命傷であったと考えざるをえないことになる。しかし実際に乙の第二行為が致命傷であった場合は乙は自ら致命傷を与えたのに致死を帰責されないので不当ではないかと思える。また甲の第一行為が致命傷であった場合でも乙も後に自ら共犯として加わっており第一行為の致死結果について全く帰責されないと言い切ってよいかについては疑問も残る。よって以下では乙に致死結果を帰責できないかを検討する。
�⊂儀囘�共同正犯の構成
本件では前述の通り一度侵害行為が終了しているのであって、侵害行為継続中に途中から加わるという承継的共同正犯の構成はそもそも取り得ない。しかし前述の侵害行為が一度終了したかについては微妙な認定であり、侵害行為が未だ継続していると考えることも十分可能であると考えるので念のため検討する。
仮に甲の侵害行為が継続してそれに途中から乙が加わった場合、第二行為で致命傷を与えた場合は甲乙の傷害致死罪の共同正犯になる。一方で第一行為で致命傷を与えた場合も乙に共同正犯としてそれを帰責できるなら、いずれにせよ乙は傷害致死罪の罪責を負うので「疑わしきは被告人の利益に」の原則を採ったとしても乙に致死結果を帰責できることになる。ここで共同正犯の正当化根拠は、刑法の任務が法益保護である以上は、お互いに物理的・心理的に因果的影響を与え合うことによって法益侵害結果の危険を高めたことに求めるべきであると解する。そうだとすると、途中から加害に加わった場合は、第一行為で加害があった場合にそれを後から加わった共犯者が自己の犯罪として利用したならば法益侵害結果の危険を高めたとして共犯を正当化できるが、第一行為で既に発生している加害結果を何ら利用していない場合はそれについてそれ以上法益侵害結果の危険を高めることは不可能であるので共犯を正当化できないと解する。本件では第一行為で問題となるのは致死となる傷害であり、これは第二行為について荷担した乙にとっては利用しようがない事実であり、さらに致死結果を高めたわけではなく、法益侵害結果の危険を高めては以内。よって第一行為で致命傷があった場合はやはり乙には共同正犯としてその結果を帰責させるわけにはいかないのである。そうだとすると承継的共同正犯の構成を採れるように第一行為の継続中に乙が荷担したとしても、第一行為は甲の単独犯、第二行為は甲乙の共同正犯と解さざるを得ず、疑わしきは被告人の利益にの原則からは乙にとっては致死結果は第一行為にあったとせざるを得ず、結局乙に致死結果を帰属させることはできないのである。
��２０７条の適用可能性
次に問題となるのは２０７条の同時傷害の規定の適用の可能性である。２０７条は二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合にどちらが傷害結果を発生させたか知ることができないときに適用されるが、これは因果関係が不明な場合にどちらも責任を負わないと言う不当性を回避するために置かれた規定である。すると二人が時間をおいて傷害させたときにでも適用できるはずである。そうすると甲の第一行為及び甲乙の第二行為という前後関係にも２０７条が適用され、乙にも全部責任を負わせることができるのではないかと思える。以下これを検討する。
まず２０７条は条文上は暴行を加えた上での傷害結果についての条文であるが、因果関係が不明な場合に誰も責任を負わないのが不当であるという趣旨からは傷害の場合の致死結果についても同じことが言えるし、２０７条は傷害致死罪についても適用があると解するのが妥当であると解する。
しかし一方で２０７条は「共同して実行したものでなくても共犯の例による」とあり、もともと共犯関係にないものを想定しており、この文言は容易には覆せないと思われる。そもそも共犯関係があるときには一部実行全部責任の関係で全員が加害結果について帰責されるので、特に２０７条は必要ないのである。にもかかわらず共犯である本件についてこれを適用するのは文言上も趣旨からしても困難であると思われる。また２０７条の根拠が誰も致死結果という思い結果について責任を負わないのが不当であるという点にあるとすると、本件では少なくとも甲は第一行為・第二行為ともに帰責される結果、傷害致死の罪責を負うはずなのである。その場合は誰も重い結果に責任を負わない不当を回避するという２０７条の正当化根拠は適用できず、少なくとも甲が致死結果を負うからよいということができる。それが本件ではたまたま第一行為が正当防衛になってしまったため「疑わしきは被告人の利益」にという原則によって帰責されないだけであって、別に不当なことではない。２０７条はそもそも「疑わしきは被告人の利益」にという原則の重大な例外であり、その拡張解釈には慎重でなければならないところ、本件のようにたまたま第一行為が正当防衛であるという極めてまれな事例においてだけ致死結果が帰責できないことは特に不当ではなく、その捕捉のためだけに２０７条を拡張することは避けるべきであると解する。また甲が正当防衛が成立する場合だけ２０７条が適用されてしまうのは、甲の第一行為という乙には全く関与できない偶然の事情によって乙の罪責を高めることになるので、許されない。結局甲乙どちらによる傷かが最終的にはっきりしないことが全ての原因なのであり、著しく不当な結論であるというわけではない。
以上によって本件に２０７条の適用をすることはできないと解する。
�し誅�
以上により、結局甲及び乙に致死結果を帰責させることはできず、またそれは特に不当なことではないから、その結論を維持して構わないと解する。
２．丁に対する罪責
甲は丁に対してバットで左腕を殴りつけ、加療約二週間を要する左上腕部打撲の傷害を負わせた。これについて少なくとも暴行の故意があったと認定できるので、その結果的加重犯としての傷害罪を帰責することができる。
また甲は丁に殴られた後反撃として殴りかかったのであるが、前述の通りこのけんかについては甲に予測されたものであってまた甲があえてそれを知って引き起こしたものと言え、急迫性に欠けるので正当防衛は成立し得ないし、過剰防衛も成立しない。
よって甲は丁に対して傷害罪の罪責を負う。
３．罪数
以上により、甲には丙に対する傷害罪ないし傷害致死罪が成立するが正当防衛により罪責を問われず、甲と乙には丙に対する傷害罪が成立し共同正犯になる。また甲は丁に対しては傷害罪が成立する。甲の丙に対する傷害罪と丁に対する傷害罪は法益の主体も違うし時間的にも離れているので二個の罪と言え、これらは併合罪となる（４５条前段）。
以上
第２問
［設問１］
（１）ＸとＹが甲に対してバッグの中身を見せるように求めた行為について
ＸとＹの行為は警察官職務執行法（以下警職法）２条１項の職務質問であると考えられる。職務質問の適法な要件は不審事由があることである。本件では甲がＸらに無線で知らされた強盗致傷犯人の特徴である上が白、下がシルバーのツートンカラーでナンバーに０７０３が入っている普通乗用車に乗っており、しかも犯人が着ていた上着の両袖側面に三本の白線の入った紺色のジャージの上下を甲も着ていた。さらに強盗後に車はＡ銀行Ｂ支店の南方向に逃亡したところ、甲のいたＪ公園はＡ銀行Ｂ支店から南西方向にあり、直線距離５ｋｍのところであり車ならすぐの距離であって距離も近く、甲が強盗事件の犯人ではないかと疑う理由があった。すると外形上の不審事由はあったといえ、職務質問の要件を満たす。従って免許証の提示を求めたりバッグの中身について質問し、任意にその開示を求めることは職務質問として適法である。
またＸらは午後３時２５分過ぎに職務質問を開始し他の警察官が応援に来るまでの３時４０分までに約１５分間質問をしていたが、これくらいの時間質問することは長期の留め置きとは言えず、なお質問の範囲内であって適法である。
（２）Ｙが甲の持つボストンバッグに外側から触れてみたことについて
Ｙの行為は甲の所持品に対する所持品検査になると思われる。所持品検査についてはこれを認める明文が警職法２条４項しかなく、その反対解釈としてそれ以外の所持品検査はできず、任意に呈示を求める以外にはないとも思える。しかし一般には２条１項の職務質問の実効性を高めるため職務質問に付随する行為として許されると解されている。もっともその場合でも強制捜査に当たるような場合は刑訴法１９７条但書の強制処分法定主義により法定の手続、つまり令状審査を経なければ違法になる。強制処分に当たるかは、全ての有形力行使が強制処分に当たるのではなく、個人の意思を制圧し、身体、自由、財産などの重要な法益を侵害する場合は強制処分に当たると解すべきである。本件ではボストンバックの外側から触っただけであり、甲の意思を制圧したとまでは言えないし、プライバシー侵害という法益侵害も強度とは言えず、強制処分に当たらない。
また強制処分に当たらないにしても何でもして良いわけではなく、警察比例の原則から必要性、緊急性、所持品検査によって得られる利益とそれによって害される個人の法益を比較衡量し、社会通念上相当な範囲内で行う必要があると解される。本件では強盗致傷事件という重大な事件について甲に対して嫌疑がかかっており、また甲は車に乗り込もうとしており車で逃亡された場合はその追跡は著しく困難になるため緊急性があり、所持品検査によって得られる利益は捜査について重要な情報である一方、害される甲のプライバシーという法益はバッグを外側から触ったくらいでは軽微なものであり、なお法益均衡を害さないと言え、社会通念上相当な範囲内に収まっていると言える。従って、本件では所持品検査は適法である。
（３）Ｘが甲の左腕をつかんだことについて
Ｘの行為は任意捜査であると思われる。Ｙがバッグを外側から触ったところ中には札束と考えても矛盾しない形状のものが入っており嫌疑が強まり、甲に任意同行を求め、それに対して甲の顔色が変わると同時にその耳が赤くなったのをＸは確認しており、甲が緊張したのが分かった。この時点で甲が強盗致傷事件に関与した疑いはさらに強まり、Ｘが甲の左腕をつかんだ時点で行政警察活動から既に捜査活動に切り替わっていると思われる。（２）で検討した通り全ての有形力行使が強制処分になるわけではなく、個人の意思を制圧し、身体、自由、財産などの重要な法益を侵害する場合が強制処分に当たると解すべきである。本件ではＸは甲をその場に留めるよう腕をつかんだだけであり身体拘束まで及んでいないのであり、甲の意思を制圧しているとまでは言い難いし、またその自由の制約もしばらくその場から立ち去れないだけであり、重要な侵害とまでは言えない。よって強制処分に当たるとまでは言えない。
そして強制処分でないにせよ任意捜査（１９７条本文）の限界はあり、必要性、緊急性などを考慮して社会通念上相当な範囲内で行わなければならない。必要性や緊急性は前述の通りであり、さらに嫌疑が高まっている以上必要性も上がっており、一方でＸは甲が逃げようとしたため質問を継続すべく腕をつかんで留めたにすぎず未だ社会通念上相当な範囲を超えたとは言えないと思われる。従って任意捜査の限界は越えておらず、適法である。
（４）甲を逮捕した行為について
（３）で検討した通りＸが甲の腕をつかんだ行為は適法な任意処分である。するとこれに対して暴行を加えて妨害する行為は刑法９５条１項の公務執行妨害罪に当たるのであって、これを現行犯逮捕（刑訴法２１３条）することは適法である。
（５）Ｘがボストンバッグの中身を捜索して中身を差し押さえた行為について
Ｘは甲を逮捕し、それに伴う捜索差押え（２２０条１項２号）として甲のバッグについて捜索を開始したとも思われる。同条は逮捕の場合に逮捕の現場で捜索差押えを認めているがこの趣旨は逮捕の現場では当該被疑事実に関係する証拠が存在する蓋然性が高いという点から認められていると解される。逆に言うと当該被疑事実に関係ない証拠についてはそこに証拠が存在する蓋然性が低いのであるから捜索差押えは認められない。
これを本件について見ると、甲を逮捕したのは強盗致傷被疑事件ではなく公務執行妨害事件についてだけであり、その証拠についてしか捜索差押えはできないはずである。バッグは中身を開けてみなければ何が入っているのか分からないので中に公務執行妨害事件に関連する証拠があるかも知れないのでその開封行為は一応は適法であると言えるかも知れないが、中から出てきたのは札束、血痕の付着した包丁、携帯電話、メモなどであり、これらはいずれも警察官に暴行を加えたという公務執行妨害事件には全く関係がない。にもかかわらずＸらはこれらを差押えており、これは２２０条１項２号の要件を満たさない。それならば１９７条但書の本則に戻って強制処分である以上は法定の定める手続、すなわち令状による審査が必要なのに無令状で差押えてしまっている。これは違法な差押えとなる。
（６）Ｚによる取り調べについて
甲は公務執行妨害事件で逮捕されたにも関わらずその取り調べの中で強盗致傷事件についても取り調べが行われている。これが逮捕されていない事実についての取り調べとして違法な余罪取り調べではないかが一応問題になる。しかし本件ではＺが強制するまでもなく甲が自ら進んで強盗致傷事件について供述を始めており、専ら強盗致傷事件について取り調べるために公務執行妨害事件を逮捕したとも言えないから、違法な余罪の取り調べが行われているとは言えず、適法である。
［設問２］
（１）問題の所在
本件で問題となっているメモは書面であるため、３２０条１項により原則として伝聞証拠として３２６条１項の同意がない限りは証拠能力がないのが原則であるとも思える。そしてメモは被告人乙との関係では被告人がない甲が書いたものであって裁判官の面前でも検察官の面前でも書いたものでもないから３２１条１項３号書面となりうるのが限界であるが、その要件は厳しく、甲の供述不能や補充性などの要件を満たさないため３号書面としての提出は難しいと考えられる。また３２３条３号の特信情況下に作成された書面に当たるかについても、これは同１号２号と同じくらいに類型的に信用できるものでなければならないところ、単なるメモは到底それに当たるとは言えないから、３２３条３号書面としての提出も難しい。すると伝聞例外にも当たらず、同意がない以上証拠能力がないのではないかとも思える。
しかしメモの特殊性として、単なる書面というよりは作成者の内心をそのまま書き記しているところがあり、伝聞証拠が排除される理由である知覚、記憶、叙述のプロセスの中に誤りが混入するおそれが少ないと思われるので、伝聞証拠といえるだろうかと問題になる。
さらにメモは書面でもある一方、物証としての側面も強く、メモその物が存在すること自体で証拠にすることも考えられる。その場合は伝聞証拠についての問題は生じないので証拠能力を認める分には問題ない。以下これらについて検討する。
（２）書面としての使い方について
伝聞証拠が原則として証拠能力が認められないのは、文章を作成する際には知覚、記憶、叙述の各プロセスを経なければならず、その間に誤りが入り込むことがあるので、それを反対尋問を経てたださなければ正確に分からないからであるところ、書面はその反対尋問を経ることができないからである。
しかし本件でのメモの取り方は甲が乙が言ったことを逐一正確に記録しただけであることが甲の供述から分かっており、そうするとその中に甲の知覚、記憶、叙述の間に誤りが入り込む余地がない。すると伝聞証拠が証拠能力を否定される根拠に欠け、「乙がこう言った」という点では甲の供述と合わせれば非伝聞証拠であると言うことができる。
本件メモの中で問題となるのは「乙、車の中で待っている」という記述である。これは甲の供述と合わせて乙が言ったことを直接書き留めたものであることが分かっている。するとこれは乙が言ったことを示したものである。しかし本当に乙が車の中で待つつもりだったのかは乙自身に聞いてみなければ分からないはずであり、乙が「車の中で待っている」と言ったからとしてもそれが共謀の意図であったかは、つまり本気で甲と示し合わせて言ったのかは分からないのである。すると共謀の故意があったかについては原則として伝聞証拠になるはずである。
しかし本件の特殊事情として、甲は乙の面前で逐一乙の発言を書き留めていた。すると乙はそのメモの内容を確認しており、いわば共同してメモを作成したことになる。それならば甲が書いてはいるものの実際は乙の精神状態について書き留めていたことになり、乙自身のメモとも言えるものである。すると乙自身そのつもりで「自分が車の中で待つ」とメモしたのに等しく、自分の精神状態については知覚、記憶、叙述の間に誤りが入り込むことはないから非伝聞である。すると共謀の故意で発言したのだと、メモを共同して作成したことから認めることができよう。そしてそのような故意で共謀の発言をしたこと自体が共謀の実行行為であり、そのような行為を正確に記載したことが分かっているのであって、つまり乙がそう発言したこと自体が立証事実になるのであって、その発言をしたことは甲の乙の発言を正確に記録したという供述から分かっている。発言をしたかどうかは乙に聞くべきことではなく甲に聞くべきことであり、甲に聞く場合は非伝聞であり、さらにメモは甲の知覚したものを正確に記録しているのであって反対尋問を経て正確性を担保された甲の供述と変わらない。すると結局甲の発言と合わせることによって、乙が共謀の故意で共謀の実行行為である「自分が車の中で待つ」旨の発言をしたという認定をすることができるのである。
以上により、伝聞証拠として証拠能力が否定されることはない。
（３）証拠物としての使い方について
本件のメモと乙の家を捜索して発見されたレポート用紙を比較すると、そのレポート用紙にはメモと同内容の筆圧痕が残っており、メモはこのレポート用紙の上で書かれたことが分かる。そしてメモの筆跡鑑定からこれは甲が書いたことが分かっている。するとこのメモが存在すること自体とこのレポート用紙を合わせると、甲が乙の家にあるレポート用紙の上でこのメモを作成したことが証明できる。
いかに甲と乙が知り合いであったとはいえ、他人の家である乙の家で乙のレポート用紙を使用して甲が一人で乙に無断でメモを作成するとは考えられず、むしろ乙の同意の下乙がそれを知りながらメモを作成したと考えることが自然である。するとそのようなメモがあること自体、甲と乙が、乙の家で共謀していたという事実の立証に使えるということができるのである。
以上により、物証として使えば伝聞証拠云々の問題は生じず、証拠能力が否定されることはない。
（４）違法収集証拠について
さらに（１）〜（３）とは全く無関係な問題として違法収集証拠の問題がある。本件では［設問１］（５）で検討した通り本件メモの差押えは違法である。するとこのメモは違法収集証拠として証拠能力がないのではないかが問題となる。
違法収集証拠については明文の規定がなく、証拠の収集過程に違法があったところでものそのものの性質や形状が変わるわけではないので、違法収集証拠であるからといって証拠能力を否定する理由はないとも思える。しかし憲法３１条以下は刑事手続きにおける適正手続の原則を定めており、それを受けた刑訴法は１条で真実発見とともに基本的人権の保障を掲げており、その調和を求めている。するとその解釈として法は司法の廉潔性を求めており、違法収集証拠を排除することができると解するべきである。
しかし捜査手続きに違法があるからといって全ての証拠を排除するのは真実発見の点から妥当ではなく、重大な違法に限るべきである。そこで、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、将来の違法捜査抑止の点から必要なものだけを排除すると解するべきである。
これを本件に見ると、Ｘら捜査官は公務執行妨害についての証拠しか差押えできないはずなのに強盗致傷被疑事件に関連があるメモなどを無令状で差し押さえてしまっている。これは令状主義違反として重大な違法があるとも思える。しかし本件では既に強盗致傷被疑事件についてかなりの嫌疑が高まっており、少なくともバッグを開封して札束と血の付いた包丁を発見した時点で甲を緊急逮捕するための充分な理由（２１０条１項）が備わっていたと考えるべきであり、そもそも緊急逮捕に基づく捜索差押えができたはずであった。するとＸらとしては手続きを誤っただけにすぎず、重大な違法ではないと思われる。またＸらもおそらく強盗致傷容疑で捜査をしていたつもりであったので、それについて逮捕をして捜索差押えをしているのだと思いこんでしまったのではないかと推測される。そうすると正しい逮捕がされているのだからそれによって捜索差押えができると思ってしまうのは当然であり、将来の違法捜査の抑止のために役立つとも言えないと思われる。よって排除法則の要件を満たさず違法収集証拠とはならないと思われる。従って本件メモの証拠能力が否定されることはない。
以上
反応を見て、何か問題がありそうだったら消すということで。
再現自体は試験直後にしたものなので、生々しさはあると思います。
なお、昔のことですから、講評とかできません。
質問も、できる限り受けたいですが、答えられるかどうかはよく分かりません。
間違っているところたぶんいっぱいありますが、
これぐらい間違ってもどうにかなるよという参考にはなるかも知れません。
＜取り扱い注意＞
これはあくまで一つの解答であって、それにすぎません。
厳密に分析するなら、答案を比較すべきです。
そういう再現答案集を予備校が売っているので、それも適宜参考にしてください。
＜お願い＞
使えた、でも使えない、でも良いので、感想をいただけると嬉しいです。
刑事系 145.39/200
順位はこんなもんで、各々の科目では、私より上の人はたくさんいます。
設問はこちら。
出題の趣旨はこちら。
第１問
１．丙に対する甲乙の罪責
（１）甲が丙を切りつけたことについて
�―�害罪の成否
甲はカッターで丙を切りつけて後述の通り丙に傷害を負わせている。甲がそのとき殺人の故意であったか傷害の故意であったかは定かではなく、客観面から判断する他はない。甲はカッターという刃物を使用しているものの刃を柄の部分から３センチしか出しておらず、また突いたのではなく切りつけただけであるからよほどのことがない限り致命傷にはなり得ず、また切りつけた場所も人体の急所ではない肩付近であることを考えると、カッターで丙を殺すつもりはなかったと考えることができる。従って甲は殺人罪（刑法１９９条）の故意はなく、暴行罪（２０８条）または傷害罪（２０４条）の故意で丙に切りつけたと判断することができる。もっとも、暴行罪の故意で結果として傷害を負わせた場合は、２０８条反対解釈により結果的加重犯としての傷害罪が成立すると解することができるので、暴行罪の故意であるか傷害罪の故意であるかは分ける実益がない。
そしてその切りつけた結果丙は左頸部ないし左上腕部に切創を負った。丙が切りつけられたのは二回であり、甲と乙がそれぞれ一回ずつ切りつけているので、この二つの傷のどちらかがこのとき甲が切りつけた傷であると言うことができる。左頸部の傷は致命傷であり、左上腕部の傷は致命傷ではないので、甲がどちらの傷を付けたかによって傷害罪か傷害の結果的加重犯としての傷害致死罪（２０５条）かが分かれることになる。ただ本件ではどちらの傷が甲によるものかが分からない。そうすると「疑わしきは被告人の利益に」という刑事法の原則からは甲の切りつけた行為により傷害致死になったと認定することはできないのであり、甲ではなく乙による致命傷であったと考えて甲には傷害罪しか成立しないと考えるのが原則になる。もっともこのように考えると致死結果について誰も帰責されないのではないかという不都合が生じうるが、これについては後に検討する。
従って、さし当たり甲には丙に対する傷害罪が成立すると解する。
�∪掬�防衛の成否
もっとも、甲に傷害罪が成立するとしても、甲は丙にバットで殴られており、それに対する防衛のためにやむなくカッターで切りつけたとして正当防衛（３６条１項）が成立するのではないかが問題になる。以下正当防衛の要件を検討する。
まず３６条１項は急迫不正の侵害に対しての防衛であること、つまり急迫性の要件を規定している。本件では甲と丙・丁がけんかになったのは甲がけんかになると分かっていたにもかかわらずあえて寮の一階まで降りていったからであり、しかも甲がそうしなければ丙らが甲の自室にまで来てけんかになることはなかったと甲も丙と一緒にいた丁も考えていたのであって、甲は何もしなければ攻撃されなかったのであり、まさに甲はあえてけんかを引き起こしたと考えることができ、そうすると甲が攻撃される急迫性はなかったのではないかとも思える。しかし甲と丙・丁がけんかになったあとに乙が仲裁に入り、一度けんかはおさまったのであって、甲も丙と話し合うつもりでバットを置き、丙も甲から手を離し、甲も丁も丙がけんかが終わったと認識しており、客観的状況としてもけんかは終了したと考えるのが自然である。にもかかわらず丙はその状況に反して突然バットで甲に殴りかかっており、甲としてはこれは予想外の展開であって、改めて侵害状況が発生し、急迫不正の侵害があったということができる。
次に自己又は他人の権利の防衛が要件となるが、これは甲自身の生命・身体の防衛であると言えるので、要件を満たす。
また３６条１項には明文がないものの、当然の要件として防衛の意思が必要な要件と解されている。これは、防衛状況があるからといってそれを利用して相手方に積極的に危害を加えようとする者は防衛の意思を欠いて保護に値しないというべきであるからである。一方で攻撃を加えられたときには多かれ少なかれ激情的になるのが普通であるから、防衛の意思と攻撃の意思が併存している程度ならばなお防衛の意思を欠くことはないと解すべきである。本件では丙に殴りかかられた機会を捉えて丙を害そうとまで考えたいのではなく、「このままでは丙にやられてしまう」と思って反撃の意思で切りつけたのであり、そのときに腹立たしさも併存してたがこの程度ではなお防衛の意思を否定するほどではないと解すべきなので、要件を満たす。
そして３６条１項は「やむを得ずにした」行為であることを要件にしている。これは３７条１項の緊急避難と同じ文言を使っているが、その内容は違うと解されている。正当防衛は正対不正の関係であるが、緊急避難は正対正の関係である。緊急避難においては害を受ける相手方はそもそも害を受けるいわれはないので法益均衡のみしかその正当化理由がないので「やむを得ずにした」は厳格な補充性と解されているが、正当防衛ではそもそも不正の行動をした加害者側は法益保護に欠けるのであって、被害者側はそれを甘受する必要はないので補充性は必要ではない。むしろ３６条１項における「やむを得ずにした」は防衛行為の相当性、具体的には防衛手段の相当性のことだと考えられる。権利防衛のためとはいえ著しく相当でない防衛手段を採ることまでは保護に値しないからである。具体的には武器対等であるかが問題となる。これを本件に見ると、丙はバットで一度殴った後はバットを捨てて素手になっているのに対し、甲は刃物であるカッターを使用しており、甲は不当に強力な武器を使用しており武器対等を破っているとも思える。しかし甲は身長１６５センチと男性としては小柄なのに対して丙は１８０センチくらいと体格に優れ、年齢も丙が２歳若く、体力的にも勝っており、さらに柔道の経験があり、実際に甲は組み伏せられている経験がある。このような状況で丙に掴まれれば投げ倒されたり組み伏せられる可能性があり、しかも室内ではなく路上であり、コンクリートに頭部などをぶつければ致命傷になる可能性もある。このような状況では素手に対してカッターという刃物を使用することも武器対等を破るものとは言えない。またカッターを使用するにしても防御的に使用して脅すだけで充分ではないかとの反論もあり得ようが、丙は「この野郎。」と怒鳴りながら甲の頭部を狙ってバットで殴りつけており、木製のバットとはいえ重量は約８００グラムと軽量ではなく、バットはそもそも振り回すための道具であり鋭敏に振り回せるのであってその速度はかなりのものである。それを人体の急所である頭部に向けて殴りかかるとは、丙の害意は相当に強度なものであったと考えるべきである。するとバットを捨てた後もその害意が継続しているならば、実際に手加減なく路上に投げられたり組み伏せられたりする可能性があるのであって、カッターを振り回して脅したところでそれを意に介せず掴みかかられる可能性も高かったと言える。本件では脅すだけではもはや充分ではなく、実際にカッターで切りつける行為をしなければとても甲の身体・生命を防衛できなかったのであり、なお武器対等を破ったとまでは言えない。従って防衛行為の相当性の要件を満たす。
なお、結果として傷害ないし傷害致死の結果が発生しているが、仮に傷害致死の結果が甲の攻撃によって生じたとしても、防衛行為が相当性の要件を満たすならば、偶々加重結果が出てもそれによって過剰防衛になることはなく、なお正当防衛のままである。前述の通り正当防衛では法益均衡は要件にはなっていないので、過剰防衛とは偶々重い侵害結果が出たことではなく武器対等を破ったことを示すと解すべきである。よって傷害か傷害致死であるかによって正当防衛の要件を満たしたり満たさなくなったりするわけではない。
以上により正当防衛の要件を全て満たすので、甲には正当防衛が成立し、丙に対して罪責には問われないことになる。
（２）乙が丙を切りつけたことについて
�―�害罪の成否
乙はカッターで丙を切りつけているが、甲が切りつけたのと同じ刃物を使用し、また切りつけた場所も同じ肩付近であって、殺人の故意はなく、その結果左頸部ないし左上腕部に切創を負わせたのであって傷害罪ないし傷害致死罪が成立し、どちらかの傷を負わせたかが不明な以上は致死結果が帰責できず傷害罪のみが成立するのは甲で検討したのと全く同じである。
��甲との共同正犯
まず（１）で甲が丙に切りつけたこととの共犯関係にあるかが問題になる。甲が切りつけた後に丙の動きが止まり、丙の攻撃は停止したのであって、ひとまず正当防衛状況は終わり、新たな加害は必要なくなったと言える。そして甲も身構えながら様子を見るだけにして攻撃を中止した。よって（１）の甲の傷害行為はひとまず終わったのであって、それと乙との共犯関係はないと言える。
次に乙は丙の言動に憤慨して甲からカッターを受け取って丙を切りつけた。これが乙の傷害罪を基礎づけるのはもちろんであるが、乙は甲に武器であるカッターを貸せと命じており加害の一部に加わるように指示し、甲は乙が加勢してくれたものと理解してその上で持っていたカッターにつき、乙が自分から手に取ったもののそれに抵抗せず黙示的に差し出したと言え、共同加害の意思及び実行があったとして、共同正犯（６０条）を基礎づけることができると解する。よって丙を切りつけたことにつき、甲と乙で傷害罪の共同正犯が成立することになる。ただし致死結果についての帰責については後述の通りであり、これはさしあたりの罪責である。
（３）致死結果についての扱い
�〔簑蠅僚蟶�
以上検討したところによれば、甲は自分で切りつけたことについて傷害罪の罪責を負い、甲と乙は乙が切りつけたことにつき傷害罪の罪責を負うが、いずれも単独では傷害致死の罪責を負わない。しかし実際には丙は死亡しておりどちらかの行為が確実に傷害致死なはずであり、誰も致死結果について帰責されないというのは不当であるとも思える。ただし、甲はどちらの行為にも荷担しているのであって、結局二回とも攻撃したのと同じであるから、「疑わしきは被告人の利益に」という原則を考えたとしても、どちらかで致死結果を与えた以上は傷害致死の罪責を免れないことになる。つまり、第一行為と第二行為のどちらかが致死行為であったかについては仮定的判断になるが、第一行為が傷害致死罪だった場合は第二行為は傷害罪、第二行為が傷害致死罪だった場合は第一行為は傷害罪となる。しかし本件のさらなる特殊事情として第一行為については甲には正当防衛が成立しており、「疑わしきは被告人の利益に」という原則を考えれば、罪とならない第一行為が致死行為であって罪となる第二行為が致死とならない行為であったと考えざるを得ない。よって甲は結局傷害致死の罪責を負わないのである。
また乙についても、乙が荷担した第二行為については乙に対してはやはり「疑わしきは被告人の利益に」の原則からすればそこが致命傷だと考えることはできず、乙にとっては甲の第一行為が致命傷であったと考えざるをえないことになる。しかし実際に乙の第二行為が致命傷であった場合は乙は自ら致命傷を与えたのに致死を帰責されないので不当ではないかと思える。また甲の第一行為が致命傷であった場合でも乙も後に自ら共犯として加わっており第一行為の致死結果について全く帰責されないと言い切ってよいかについては疑問も残る。よって以下では乙に致死結果を帰責できないかを検討する。
�⊂儀囘�共同正犯の構成
本件では前述の通り一度侵害行為が終了しているのであって、侵害行為継続中に途中から加わるという承継的共同正犯の構成はそもそも取り得ない。しかし前述の侵害行為が一度終了したかについては微妙な認定であり、侵害行為が未だ継続していると考えることも十分可能であると考えるので念のため検討する。
仮に甲の侵害行為が継続してそれに途中から乙が加わった場合、第二行為で致命傷を与えた場合は甲乙の傷害致死罪の共同正犯になる。一方で第一行為で致命傷を与えた場合も乙に共同正犯としてそれを帰責できるなら、いずれにせよ乙は傷害致死罪の罪責を負うので「疑わしきは被告人の利益に」の原則を採ったとしても乙に致死結果を帰責できることになる。ここで共同正犯の正当化根拠は、刑法の任務が法益保護である以上は、お互いに物理的・心理的に因果的影響を与え合うことによって法益侵害結果の危険を高めたことに求めるべきであると解する。そうだとすると、途中から加害に加わった場合は、第一行為で加害があった場合にそれを後から加わった共犯者が自己の犯罪として利用したならば法益侵害結果の危険を高めたとして共犯を正当化できるが、第一行為で既に発生している加害結果を何ら利用していない場合はそれについてそれ以上法益侵害結果の危険を高めることは不可能であるので共犯を正当化できないと解する。本件では第一行為で問題となるのは致死となる傷害であり、これは第二行為について荷担した乙にとっては利用しようがない事実であり、さらに致死結果を高めたわけではなく、法益侵害結果の危険を高めては以内。よって第一行為で致命傷があった場合はやはり乙には共同正犯としてその結果を帰責させるわけにはいかないのである。そうだとすると承継的共同正犯の構成を採れるように第一行為の継続中に乙が荷担したとしても、第一行為は甲の単独犯、第二行為は甲乙の共同正犯と解さざるを得ず、疑わしきは被告人の利益にの原則からは乙にとっては致死結果は第一行為にあったとせざるを得ず、結局乙に致死結果を帰属させることはできないのである。
��２０７条の適用可能性
次に問題となるのは２０７条の同時傷害の規定の適用の可能性である。２０７条は二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合にどちらが傷害結果を発生させたか知ることができないときに適用されるが、これは因果関係が不明な場合にどちらも責任を負わないと言う不当性を回避するために置かれた規定である。すると二人が時間をおいて傷害させたときにでも適用できるはずである。そうすると甲の第一行為及び甲乙の第二行為という前後関係にも２０７条が適用され、乙にも全部責任を負わせることができるのではないかと思える。以下これを検討する。
まず２０７条は条文上は暴行を加えた上での傷害結果についての条文であるが、因果関係が不明な場合に誰も責任を負わないのが不当であるという趣旨からは傷害の場合の致死結果についても同じことが言えるし、２０７条は傷害致死罪についても適用があると解するのが妥当であると解する。
しかし一方で２０７条は「共同して実行したものでなくても共犯の例による」とあり、もともと共犯関係にないものを想定しており、この文言は容易には覆せないと思われる。そもそも共犯関係があるときには一部実行全部責任の関係で全員が加害結果について帰責されるので、特に２０７条は必要ないのである。にもかかわらず共犯である本件についてこれを適用するのは文言上も趣旨からしても困難であると思われる。また２０７条の根拠が誰も致死結果という思い結果について責任を負わないのが不当であるという点にあるとすると、本件では少なくとも甲は第一行為・第二行為ともに帰責される結果、傷害致死の罪責を負うはずなのである。その場合は誰も重い結果に責任を負わない不当を回避するという２０７条の正当化根拠は適用できず、少なくとも甲が致死結果を負うからよいということができる。それが本件ではたまたま第一行為が正当防衛になってしまったため「疑わしきは被告人の利益」にという原則によって帰責されないだけであって、別に不当なことではない。２０７条はそもそも「疑わしきは被告人の利益」にという原則の重大な例外であり、その拡張解釈には慎重でなければならないところ、本件のようにたまたま第一行為が正当防衛であるという極めてまれな事例においてだけ致死結果が帰責できないことは特に不当ではなく、その捕捉のためだけに２０７条を拡張することは避けるべきであると解する。また甲が正当防衛が成立する場合だけ２０７条が適用されてしまうのは、甲の第一行為という乙には全く関与できない偶然の事情によって乙の罪責を高めることになるので、許されない。結局甲乙どちらによる傷かが最終的にはっきりしないことが全ての原因なのであり、著しく不当な結論であるというわけではない。
以上によって本件に２０７条の適用をすることはできないと解する。
�し誅�
以上により、結局甲及び乙に致死結果を帰責させることはできず、またそれは特に不当なことではないから、その結論を維持して構わないと解する。
２．丁に対する罪責
甲は丁に対してバットで左腕を殴りつけ、加療約二週間を要する左上腕部打撲の傷害を負わせた。これについて少なくとも暴行の故意があったと認定できるので、その結果的加重犯としての傷害罪を帰責することができる。
また甲は丁に殴られた後反撃として殴りかかったのであるが、前述の通りこのけんかについては甲に予測されたものであってまた甲があえてそれを知って引き起こしたものと言え、急迫性に欠けるので正当防衛は成立し得ないし、過剰防衛も成立しない。
よって甲は丁に対して傷害罪の罪責を負う。
３．罪数
以上により、甲には丙に対する傷害罪ないし傷害致死罪が成立するが正当防衛により罪責を問われず、甲と乙には丙に対する傷害罪が成立し共同正犯になる。また甲は丁に対しては傷害罪が成立する。甲の丙に対する傷害罪と丁に対する傷害罪は法益の主体も違うし時間的にも離れているので二個の罪と言え、これらは併合罪となる（４５条前段）。
以上
第２問
［設問１］
（１）ＸとＹが甲に対してバッグの中身を見せるように求めた行為について
ＸとＹの行為は警察官職務執行法（以下警職法）２条１項の職務質問であると考えられる。職務質問の適法な要件は不審事由があることである。本件では甲がＸらに無線で知らされた強盗致傷犯人の特徴である上が白、下がシルバーのツートンカラーでナンバーに０７０３が入っている普通乗用車に乗っており、しかも犯人が着ていた上着の両袖側面に三本の白線の入った紺色のジャージの上下を甲も着ていた。さらに強盗後に車はＡ銀行Ｂ支店の南方向に逃亡したところ、甲のいたＪ公園はＡ銀行Ｂ支店から南西方向にあり、直線距離５ｋｍのところであり車ならすぐの距離であって距離も近く、甲が強盗事件の犯人ではないかと疑う理由があった。すると外形上の不審事由はあったといえ、職務質問の要件を満たす。従って免許証の提示を求めたりバッグの中身について質問し、任意にその開示を求めることは職務質問として適法である。
またＸらは午後３時２５分過ぎに職務質問を開始し他の警察官が応援に来るまでの３時４０分までに約１５分間質問をしていたが、これくらいの時間質問することは長期の留め置きとは言えず、なお質問の範囲内であって適法である。
（２）Ｙが甲の持つボストンバッグに外側から触れてみたことについて
Ｙの行為は甲の所持品に対する所持品検査になると思われる。所持品検査についてはこれを認める明文が警職法２条４項しかなく、その反対解釈としてそれ以外の所持品検査はできず、任意に呈示を求める以外にはないとも思える。しかし一般には２条１項の職務質問の実効性を高めるため職務質問に付随する行為として許されると解されている。もっともその場合でも強制捜査に当たるような場合は刑訴法１９７条但書の強制処分法定主義により法定の手続、つまり令状審査を経なければ違法になる。強制処分に当たるかは、全ての有形力行使が強制処分に当たるのではなく、個人の意思を制圧し、身体、自由、財産などの重要な法益を侵害する場合は強制処分に当たると解すべきである。本件ではボストンバックの外側から触っただけであり、甲の意思を制圧したとまでは言えないし、プライバシー侵害という法益侵害も強度とは言えず、強制処分に当たらない。
また強制処分に当たらないにしても何でもして良いわけではなく、警察比例の原則から必要性、緊急性、所持品検査によって得られる利益とそれによって害される個人の法益を比較衡量し、社会通念上相当な範囲内で行う必要があると解される。本件では強盗致傷事件という重大な事件について甲に対して嫌疑がかかっており、また甲は車に乗り込もうとしており車で逃亡された場合はその追跡は著しく困難になるため緊急性があり、所持品検査によって得られる利益は捜査について重要な情報である一方、害される甲のプライバシーという法益はバッグを外側から触ったくらいでは軽微なものであり、なお法益均衡を害さないと言え、社会通念上相当な範囲内に収まっていると言える。従って、本件では所持品検査は適法である。
（３）Ｘが甲の左腕をつかんだことについて
Ｘの行為は任意捜査であると思われる。Ｙがバッグを外側から触ったところ中には札束と考えても矛盾しない形状のものが入っており嫌疑が強まり、甲に任意同行を求め、それに対して甲の顔色が変わると同時にその耳が赤くなったのをＸは確認しており、甲が緊張したのが分かった。この時点で甲が強盗致傷事件に関与した疑いはさらに強まり、Ｘが甲の左腕をつかんだ時点で行政警察活動から既に捜査活動に切り替わっていると思われる。（２）で検討した通り全ての有形力行使が強制処分になるわけではなく、個人の意思を制圧し、身体、自由、財産などの重要な法益を侵害する場合が強制処分に当たると解すべきである。本件ではＸは甲をその場に留めるよう腕をつかんだだけであり身体拘束まで及んでいないのであり、甲の意思を制圧しているとまでは言い難いし、またその自由の制約もしばらくその場から立ち去れないだけであり、重要な侵害とまでは言えない。よって強制処分に当たるとまでは言えない。
そして強制処分でないにせよ任意捜査（１９７条本文）の限界はあり、必要性、緊急性などを考慮して社会通念上相当な範囲内で行わなければならない。必要性や緊急性は前述の通りであり、さらに嫌疑が高まっている以上必要性も上がっており、一方でＸは甲が逃げようとしたため質問を継続すべく腕をつかんで留めたにすぎず未だ社会通念上相当な範囲を超えたとは言えないと思われる。従って任意捜査の限界は越えておらず、適法である。
（４）甲を逮捕した行為について
（３）で検討した通りＸが甲の腕をつかんだ行為は適法な任意処分である。するとこれに対して暴行を加えて妨害する行為は刑法９５条１項の公務執行妨害罪に当たるのであって、これを現行犯逮捕（刑訴法２１３条）することは適法である。
（５）Ｘがボストンバッグの中身を捜索して中身を差し押さえた行為について
Ｘは甲を逮捕し、それに伴う捜索差押え（２２０条１項２号）として甲のバッグについて捜索を開始したとも思われる。同条は逮捕の場合に逮捕の現場で捜索差押えを認めているがこの趣旨は逮捕の現場では当該被疑事実に関係する証拠が存在する蓋然性が高いという点から認められていると解される。逆に言うと当該被疑事実に関係ない証拠についてはそこに証拠が存在する蓋然性が低いのであるから捜索差押えは認められない。
これを本件について見ると、甲を逮捕したのは強盗致傷被疑事件ではなく公務執行妨害事件についてだけであり、その証拠についてしか捜索差押えはできないはずである。バッグは中身を開けてみなければ何が入っているのか分からないので中に公務執行妨害事件に関連する証拠があるかも知れないのでその開封行為は一応は適法であると言えるかも知れないが、中から出てきたのは札束、血痕の付着した包丁、携帯電話、メモなどであり、これらはいずれも警察官に暴行を加えたという公務執行妨害事件には全く関係がない。にもかかわらずＸらはこれらを差押えており、これは２２０条１項２号の要件を満たさない。それならば１９７条但書の本則に戻って強制処分である以上は法定の定める手続、すなわち令状による審査が必要なのに無令状で差押えてしまっている。これは違法な差押えとなる。
（６）Ｚによる取り調べについて
甲は公務執行妨害事件で逮捕されたにも関わらずその取り調べの中で強盗致傷事件についても取り調べが行われている。これが逮捕されていない事実についての取り調べとして違法な余罪取り調べではないかが一応問題になる。しかし本件ではＺが強制するまでもなく甲が自ら進んで強盗致傷事件について供述を始めており、専ら強盗致傷事件について取り調べるために公務執行妨害事件を逮捕したとも言えないから、違法な余罪の取り調べが行われているとは言えず、適法である。
［設問２］
（１）問題の所在
本件で問題となっているメモは書面であるため、３２０条１項により原則として伝聞証拠として３２６条１項の同意がない限りは証拠能力がないのが原則であるとも思える。そしてメモは被告人乙との関係では被告人がない甲が書いたものであって裁判官の面前でも検察官の面前でも書いたものでもないから３２１条１項３号書面となりうるのが限界であるが、その要件は厳しく、甲の供述不能や補充性などの要件を満たさないため３号書面としての提出は難しいと考えられる。また３２３条３号の特信情況下に作成された書面に当たるかについても、これは同１号２号と同じくらいに類型的に信用できるものでなければならないところ、単なるメモは到底それに当たるとは言えないから、３２３条３号書面としての提出も難しい。すると伝聞例外にも当たらず、同意がない以上証拠能力がないのではないかとも思える。
しかしメモの特殊性として、単なる書面というよりは作成者の内心をそのまま書き記しているところがあり、伝聞証拠が排除される理由である知覚、記憶、叙述のプロセスの中に誤りが混入するおそれが少ないと思われるので、伝聞証拠といえるだろうかと問題になる。
さらにメモは書面でもある一方、物証としての側面も強く、メモその物が存在すること自体で証拠にすることも考えられる。その場合は伝聞証拠についての問題は生じないので証拠能力を認める分には問題ない。以下これらについて検討する。
（２）書面としての使い方について
伝聞証拠が原則として証拠能力が認められないのは、文章を作成する際には知覚、記憶、叙述の各プロセスを経なければならず、その間に誤りが入り込むことがあるので、それを反対尋問を経てたださなければ正確に分からないからであるところ、書面はその反対尋問を経ることができないからである。
しかし本件でのメモの取り方は甲が乙が言ったことを逐一正確に記録しただけであることが甲の供述から分かっており、そうするとその中に甲の知覚、記憶、叙述の間に誤りが入り込む余地がない。すると伝聞証拠が証拠能力を否定される根拠に欠け、「乙がこう言った」という点では甲の供述と合わせれば非伝聞証拠であると言うことができる。
本件メモの中で問題となるのは「乙、車の中で待っている」という記述である。これは甲の供述と合わせて乙が言ったことを直接書き留めたものであることが分かっている。するとこれは乙が言ったことを示したものである。しかし本当に乙が車の中で待つつもりだったのかは乙自身に聞いてみなければ分からないはずであり、乙が「車の中で待っている」と言ったからとしてもそれが共謀の意図であったかは、つまり本気で甲と示し合わせて言ったのかは分からないのである。すると共謀の故意があったかについては原則として伝聞証拠になるはずである。
しかし本件の特殊事情として、甲は乙の面前で逐一乙の発言を書き留めていた。すると乙はそのメモの内容を確認しており、いわば共同してメモを作成したことになる。それならば甲が書いてはいるものの実際は乙の精神状態について書き留めていたことになり、乙自身のメモとも言えるものである。すると乙自身そのつもりで「自分が車の中で待つ」とメモしたのに等しく、自分の精神状態については知覚、記憶、叙述の間に誤りが入り込むことはないから非伝聞である。すると共謀の故意で発言したのだと、メモを共同して作成したことから認めることができよう。そしてそのような故意で共謀の発言をしたこと自体が共謀の実行行為であり、そのような行為を正確に記載したことが分かっているのであって、つまり乙がそう発言したこと自体が立証事実になるのであって、その発言をしたことは甲の乙の発言を正確に記録したという供述から分かっている。発言をしたかどうかは乙に聞くべきことではなく甲に聞くべきことであり、甲に聞く場合は非伝聞であり、さらにメモは甲の知覚したものを正確に記録しているのであって反対尋問を経て正確性を担保された甲の供述と変わらない。すると結局甲の発言と合わせることによって、乙が共謀の故意で共謀の実行行為である「自分が車の中で待つ」旨の発言をしたという認定をすることができるのである。
以上により、伝聞証拠として証拠能力が否定されることはない。
（３）証拠物としての使い方について
本件のメモと乙の家を捜索して発見されたレポート用紙を比較すると、そのレポート用紙にはメモと同内容の筆圧痕が残っており、メモはこのレポート用紙の上で書かれたことが分かる。そしてメモの筆跡鑑定からこれは甲が書いたことが分かっている。するとこのメモが存在すること自体とこのレポート用紙を合わせると、甲が乙の家にあるレポート用紙の上でこのメモを作成したことが証明できる。
いかに甲と乙が知り合いであったとはいえ、他人の家である乙の家で乙のレポート用紙を使用して甲が一人で乙に無断でメモを作成するとは考えられず、むしろ乙の同意の下乙がそれを知りながらメモを作成したと考えることが自然である。するとそのようなメモがあること自体、甲と乙が、乙の家で共謀していたという事実の立証に使えるということができるのである。
以上により、物証として使えば伝聞証拠云々の問題は生じず、証拠能力が否定されることはない。
（４）違法収集証拠について
さらに（１）〜（３）とは全く無関係な問題として違法収集証拠の問題がある。本件では［設問１］（５）で検討した通り本件メモの差押えは違法である。するとこのメモは違法収集証拠として証拠能力がないのではないかが問題となる。
違法収集証拠については明文の規定がなく、証拠の収集過程に違法があったところでものそのものの性質や形状が変わるわけではないので、違法収集証拠であるからといって証拠能力を否定する理由はないとも思える。しかし憲法３１条以下は刑事手続きにおける適正手続の原則を定めており、それを受けた刑訴法は１条で真実発見とともに基本的人権の保障を掲げており、その調和を求めている。するとその解釈として法は司法の廉潔性を求めており、違法収集証拠を排除することができると解するべきである。
しかし捜査手続きに違法があるからといって全ての証拠を排除するのは真実発見の点から妥当ではなく、重大な違法に限るべきである。そこで、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、将来の違法捜査抑止の点から必要なものだけを排除すると解するべきである。
これを本件に見ると、Ｘら捜査官は公務執行妨害についての証拠しか差押えできないはずなのに強盗致傷被疑事件に関連があるメモなどを無令状で差し押さえてしまっている。これは令状主義違反として重大な違法があるとも思える。しかし本件では既に強盗致傷被疑事件についてかなりの嫌疑が高まっており、少なくともバッグを開封して札束と血の付いた包丁を発見した時点で甲を緊急逮捕するための充分な理由（２１０条１項）が備わっていたと考えるべきであり、そもそも緊急逮捕に基づく捜索差押えができたはずであった。するとＸらとしては手続きを誤っただけにすぎず、重大な違法ではないと思われる。またＸらもおそらく強盗致傷容疑で捜査をしていたつもりであったので、それについて逮捕をして捜索差押えをしているのだと思いこんでしまったのではないかと推測される。そうすると正しい逮捕がされているのだからそれによって捜索差押えができると思ってしまうのは当然であり、将来の違法捜査の抑止のために役立つとも言えないと思われる。よって排除法則の要件を満たさず違法収集証拠とはならないと思われる。従って本件メモの証拠能力が否定されることはない。
以上
トラックバックURL
この記事へのコメント
1. Posted by ちゅう
2008年05月03日 02:38
アップありがとうございます☆是非是非、他の科目もお願いします！！
2. Posted by Ｘ−ＭＥＮ
2008年05月03日 10:07
ありがとう御座います（＾＾）＾＾）
3. Posted by 猪瀬えいじ
2008年05月05日 00:48
＞ちゅう様
ありがとうございます。これでお役に立てたのでしょうか？ イマイチ実感は湧かないですが、ともかく、よかったです。
＞Ｘ−ＭＥＮ様
そうそう、感謝されるものでもない気がしますが、意外とネットには落ちてないものなのですかね。それでは公開する意味はあるかも知れません。ありがとうございました。
ありがとうございます。これでお役に立てたのでしょうか？ イマイチ実感は湧かないですが、ともかく、よかったです。
＞Ｘ−ＭＥＮ様
そうそう、感謝されるものでもない気がしますが、意外とネットには落ちてないものなのですかね。それでは公開する意味はあるかも知れません。ありがとうございました。
4. Posted by yosino-garry
2008年05月05日 01:17
マキシムさんの影響でmixiにて「司法試験短答で３００点オーバー」というコミュニティを運営しております。よろしかったら是非アドバイスお願いいたします
5. Posted by yosino-garry
2008年05月05日 01:56
すいません。マキシムは金言、正しくはマキシマムさんというべきでした。それでもやはり僕にとってはマキシム（金言）さんです。
6. Posted by 猪瀬えいじ
2008年05月06日 00:21
＞yosino-garry様
私の答案はそこまで褒めていただくものではありません。私より量が少なくて、格段に点数がよい答案が存在するのです。ですが、ロマンを感じていただいたのは私こそ感動いたしました。そう、司法試験はロマン。
３００点オーバーの秘訣は、条文と判例集をひたすら読むこと、公法系を得意科目と言えるほどやり抜くことだと思います。私は２８０点を目標としていたので偉そうなことはとても言えません。でも、当時は２８０点などと言えば妄想だと笑われたものです。大事なのは、自分の信じたプランを、最後まで信じ抜くことです。３００点オーバー、最後まで突っ走ってください。
私の答案はそこまで褒めていただくものではありません。私より量が少なくて、格段に点数がよい答案が存在するのです。ですが、ロマンを感じていただいたのは私こそ感動いたしました。そう、司法試験はロマン。
３００点オーバーの秘訣は、条文と判例集をひたすら読むこと、公法系を得意科目と言えるほどやり抜くことだと思います。私は２８０点を目標としていたので偉そうなことはとても言えません。でも、当時は２８０点などと言えば妄想だと笑われたものです。大事なのは、自分の信じたプランを、最後まで信じ抜くことです。３００点オーバー、最後まで突っ走ってください。
7. Posted by yosino-garry
2008年05月06日 14:17
アドバイスありがとうございます。ブログ参考に条文と判例がんばります。
来年受験なのですが、先日全国公開模試を受験しました。配布された優秀答案は、ヒアリングが「金太郎飴」と批判するような内容でつまらないものでした。やはり試験委員が高評価した答案とは違いがあると思いました。えいじさんの答案は問題に正面からぶつかっていき、しかも敵を倒してる感じで凄いと思いました。とても同じようには書けませんが、参考にさせていただきます。
総合評価である以上、論文もできる限り上げた上でないと３００は狙えませんね。そこが難しいです。�。横毅亜檻苅娃亜↓■横牽亜檻苅横亜↓�２８０−４６０、と段階的な目標を立て、択一３００は�い箸覆蠅修Δ任后�
また質問させていただくことがあるかと思いますがよろしくお願いいたします。失礼いたします。
来年受験なのですが、先日全国公開模試を受験しました。配布された優秀答案は、ヒアリングが「金太郎飴」と批判するような内容でつまらないものでした。やはり試験委員が高評価した答案とは違いがあると思いました。えいじさんの答案は問題に正面からぶつかっていき、しかも敵を倒してる感じで凄いと思いました。とても同じようには書けませんが、参考にさせていただきます。
総合評価である以上、論文もできる限り上げた上でないと３００は狙えませんね。そこが難しいです。�。横毅亜檻苅娃亜↓■横牽亜檻苅横亜↓�２８０−４６０、と段階的な目標を立て、択一３００は�い箸覆蠅修Δ任后�
また質問させていただくことがあるかと思いますがよろしくお願いいたします。失礼いたします。
8. Posted by 猪瀬えいじ
2008年05月07日 00:29
＞yosino-garry
予備校答案はやむを得ない部分があるのです。どうしても「正解」を用意しなければいけないので、難問には踏み込めず、正解が先にあるからこそ、答案もフラットに見えてしまうのでしょうね。ただ、知識を正確に書き連ねるという練習も大事ですし、模試で上位なら試験もちゃんと受かると思いますよ。
目標の建て方、非常によいと思います。実際は論文がもっと点数が高くないと厳しいですが、択一がそれだけ取れれば、論文もきっと跳ね上がるはずです。択一３００取れる人が論文ができないはずがなく、択一ができない人が論文ができるはずがないのです。質問はいつでもどうぞ。
予備校答案はやむを得ない部分があるのです。どうしても「正解」を用意しなければいけないので、難問には踏み込めず、正解が先にあるからこそ、答案もフラットに見えてしまうのでしょうね。ただ、知識を正確に書き連ねるという練習も大事ですし、模試で上位なら試験もちゃんと受かると思いますよ。
目標の建て方、非常によいと思います。実際は論文がもっと点数が高くないと厳しいですが、択一がそれだけ取れれば、論文もきっと跳ね上がるはずです。択一３００取れる人が論文ができないはずがなく、択一ができない人が論文ができるはずがないのです。質問はいつでもどうぞ。