中国の胡錦濤国家主席が来日し、福田康夫首相と会談した。両首脳は「戦略的互恵関係」を包括的に推進することで合意し、共同声明に署名した。日中関係の長期的な発展の土台となる文書として歓迎したい。ただ、東シナ海のガス田開発問題や中国製冷凍ギョーザ中毒事件、チベット問題など具体的な懸案は目に見える決着に至らなかった。成熟した関係を築くには双方の一層の努力が必要なことが浮き彫りになった。
戦後日本を積極評価
中国の国家主席の来日は1998年の江沢民氏以来10年ぶり。両国政府は72年の国交正常化の際の共同声明、78年の平和友好条約、江氏来日時の共同宣言に続く「第4の政治文書」として、今回の共同声明を準備してきた。
10年前に江氏は、宮中晩さん会をはじめ様々な席で歴史問題をとりあげ、日本国民の対中感情の悪化を招いた。今回、胡主席は歴史問題に深入りせず、2年前まで日中関係の最大の障害となっていた靖国神社参拝問題にも言及しなかった。
共同声明は長期的な平和と友好のための協力が両国にとり「唯一の道」とし、平和国家としての日本の戦後の歩みを中国側が「積極的に評価した」と明記した。中国政府が外交文書で戦後日本を評価したのは初めてで、胡主席は日本の国民感情への配慮と未来志向の姿勢を鮮明にし、前任者との違いも印象づけた。
共同声明はまた「原則として毎年どちらか一方の首脳が他方の国を訪問する」とうたった。小泉純一郎元首相が繰り返し靖国神社を参拝し首脳往来が途絶えた時期があっただけに、定期的な首脳往来の枠組みを文書で定めたのは評価できる。
世界の中での日中のあり方を強く意識しているのも、共同声明の特徴である。北朝鮮の核問題の解決を目指す6カ国協議の推進を改めて確認したほか、東アジアの地域協力のあり方として「開放性、透明性、包含性」の3つの原則を示し、日中関係の進展をアジア全体の繁栄につなげようとの姿勢を示した。
グローバルな課題への貢献としては、地球温暖化問題に関する京都議定書の期限が切れる2013年以降の新たな枠組みに中国も「積極的に参加する」と明記した。
首脳会談で胡主席は、産業別・分野別に温暖化ガス削減を目指す「セクター別アプローチ」について「排出削減を実施する重要な手段」との認識を示した。ただ、中国政府は明確な削減を義務づけられることには慎重で、今後の具体的な対応を見守りたい。
共同声明は安全保障分野の交流強化や文化的交流の拡大、エネルギー・環境分野の協力拡大や経済面での協力推進など幅広い合意も打ち出している。ただ、胡主席が約束したパンダ2頭の貸与を除けば、日中間に横たわる具体的な懸案の決着は事実上先送りした形だ。
東シナ海のガス田開発では福田首相が記者会見で「解決のメドがたった」と言明し、胡主席も同様の見解を示した。なお細部の詰めが残っているようだが、両首脳は政治的な決断をするときではないか。
ギョーザ中毒事件に関しては中国側の一層の調査を含め、両国の捜査当局間の協力を強化することで両首脳は一致した。両捜査当局が互いに反発しあう局面もあったが、真相究明を急ぐべきだ。
日本が国連安全保障理事会の常任理事国になることについて中国側は、これまでと同様に明確な支持は示さなかった。
晴れない五輪の暗雲
3月のチベット騒乱以降、胡主席が外国を訪れたのは初めてだ。日中双方の一部に延期論があったが、両首脳は予定通り会談した。国際社会は両首脳がチベット問題についてどう語るかを注視していた。
首脳会談で胡主席はダライ・ラマ14世の個人代表と中国政府高官の接触について福田首相に説明した。福田首相は「胡主席の決断」を評価したうえで、国際社会の懸念を解消するよう求めた。
チベットに関して国際社会が最も強い懸念を抱いているのは人権問題である。だが記者会見での発言を聞く限り、両首脳が突っ込んだ話し合いをした気配はない。
記者会見で今後の対応について質問を受けた胡主席は「分裂活動の停止」や「北京五輪妨害活動の停止」をダライ・ラマ側に求めるばかりで、中国政府として人権問題の解決を目指す姿勢は明確ではなかった。
8月8日開幕の北京五輪まで残された時間は100日を切った。スーダンのダルフール問題やミャンマー情勢などをめぐっても国際社会は中国に厳しい視線を向けている。聖火リレーへの相次ぐ抗議デモで五輪にかかった暗雲を打ち払うため、胡主席は一連の問題でも解決に向けてさらに指導力を発揮する必要がある。