飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

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経済学のモデルと主張

2007年12月11日

(これまでの 飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」はこちら。

経済学者が目指す「競争的市場」と各経済主体が目指す「競争なき世界」……これらは徹底的に対立する目的であるにもかかわらず、ともに経済学の論理から導かれています。どっちが正しいのか、どちらを目標にして行動すべきなのか?そんな疑問を持つ方もいるのではないでしょうか。この疑問について考えると経済学の論理についてちょっとした整理が得られるのではないかと思います。

そこで、前回示唆した「政治力を使わずに自分だけが得する方法」に先だって、「経済学でやってること」について考えてみることにしましょう。

ここを勘違いしないでほすぃ
経済学者は経済理論を考えるときに、与えられた条件の中で自分の利益を最大にするように行動している経済主体を仮定して出発します。本blogの読者にはおなじみのことかもしれませんがこの時の「自分の利益」は金銭的な利益には限定されません。

しかし、「金銭的な利益」以外の要因はあまりにも「人それぞれ」に過ぎます。このままでは「人の行動は人それぞれだ」という演歌だか首相発言だかわからない程度の話しかできません[*1]。そこで、経済学では多くの人にとって共通のインセンティブである金銭的利益に基づく理論化で説明できるところまでいってやろう!と考えるのです。

そのため多くの経済モデルで登場するのは金銭的利益の話です。大学での講義などでも、当然ながら、金銭的な動機に支えられた経済理論を講義することになります。その動機に支えられて無数の個人が行動した結果、社会は最適な状況を達成することを説明するのが経済学入門を講義する際の「流れ」です。

ここで手痛い勘違いをする学生も少なくありません。「金銭的利益追求」の結果「社会が最適な状態」に至るという経済学の結論をもって「金銭的利益の追求が善であることを証明するのが経済学だ」「経済学の目的は金儲けの正当化だ」と考えてしまうのです。また、経済学の論理にすっかり説伏されて「人は皆金儲けだけ考えて行動すべきだ」なんて思ってしまうコがいたり……。

この誤解は、経済学全体へのイメージにも関わるところなので、是非解いておきたいところです。まず、現代の経済学には特定の価値観を正当化しようとする意図はありません。入門レベルの経済学講義で「金銭的利益だけを追求する個人」を想定するのは、ひとえに単純化のためです。始めから不効用の問題や公共心を持つ企業を組み入れたモデルを講義したら、ほとんどの学生は学期終了前に討ち死にでしょう。

また、現実の分析ツールとしても金銭的動機、またはやや広く個人的利害から出発したモデルが使われるのは、それが(大幅な単純化に比して)良好なパフォーマンスを持っている……つまりは世の中の様々な現象を説明する力があるからです[*2]。「個人的利害を追求する個人」という仮定から出発する理論が説明力を持たないことがわかったならば、経済学者はあっさりとそれを放棄するでしょう。
経済学のコアになる仮定は「個人は(金銭的利益に限らない)自分の満足を最大化するように行動する」なのです。そして、現実の人はどうも「個人的利害を中心的なインセンティブとして行動しているようだ」から個人的利害から出発したモデルを作るのです。


ツールとしての経済学
少々長回しになってしまいました。文系なのか理系なのかわからない蝙蝠的な性質を持つ経済学では、ともすると単なる作業仮説を哲学的に解釈されてしまう恐れがあります。経済学に哲学的な側面がないとは言いません。しかし、現代の経済学の主要な機能は社会哲学[*3]の提供と言うよりも、問題解決のためのツールの提供に傾斜しています。

経済学で「人間行動の原理を解き明かす」という学術的な興味関心に用いるのも大変有意義な使用法でしょう。そして、経済学という道具を使って「社会全体の経済厚生を最大にする方法を考えよう」という政策論的な思考も経済学の一つの使い道、そして経済学で「自分の個人的利益の増進」を計るのも又一興というわけです。どの「経済学の使い道」が正しい(?)かを考えるのは、少なくとも僕が知っている、経済学の仕事ではありません。


***********
*1 この「人それぞれ」の部分にも各人共通の性質が潜んでいて、それを単純化して抽出できると考えると現在の行動経済学につながる思考法になるでしょう。
*2 経済学が現実を説明していないというのが反経済学の人々の口癖ですが、その批判を統計的に(ここでいう統計的とはなんだかよくわからないグラフで示すということではなくちゃんとした統計的検定を経て)正当化しているのを見たことがありません。
*3 ここでの「哲学」という単語は、日常用語の「哲学」「哲学的」という意味で用いています。

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1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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