飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

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空気読まない人には入ってきて欲しくないよね

2007年11月27日

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入門的な経済学の教科書に出てくるのは「無数の小企業」が「同一の製品」を生産するといった競争です。誰と競争するというわけでもない……(市場環境を作る)顔の見えない敵との戦いのようなイメージでしょう。これを経済学では完全競争市場と呼びます。これってちょっと私たちの持つ「企業間競争」とは違う感じですよね?

企業間競争といってまず思いつくのは、ビールメーカー間のシェアの奪い合いや自動車メーカーの世界的な競争、ちょっと身近なところでは今夏にその火ぶたが切って落とされたビックカメラとヤマダ電機間での池袋戦争……と特定のライバル同士の戦いです。経済学ではこれを寡占状態と言います。

全企業の夢と同床異夢

競争は利潤を減少させます。しかし、完全競争市場では市場に参加して競争し続けるか、退出する……つまりは企業自体を解散してしまうかしかありません。ここに「競争を避けて利潤を得る」チャンスはないようです。

では、寡占状態ではどうでしょう。寡占状態なら競争を避けて利潤を得る方法がないわけではありません。お互いに「競争は辞めておこう」といった協定を結ぶことが出来たなら……それで競争の無間地獄から抜け出すことが出来ます。例えば、これ以上の値下げはしないとの協定を結ぶ、値崩れを防ぐために供給量を各社で一定以下に抑えるように協調するならば、利潤をすり減らすことはありません。カルテル行動、和風に言うならば談合です。

確かにカルテル・談合行動は最も古典的な競争回避手段です。もちろん、江戸時代の株仲間の話ならいざ知らず、現代では例外的なケース[*1]を除くと、これらの協調行動は独占禁止法によって禁じられています。そのため、文書を交換して(つまりは正式な契約の形で)カルテル行為を行うことは出来ません。では独占禁止法によって適切な処罰さえ設定できればカルテル行動は不可能なのでしょうか。

企業は利潤を求めて日々努力を続けています。努力家の企業が法律で禁止されたくらいで「競争のない平和な世界」をあきらめたりはしません。業界内で特に協定や契約があるわけでもないのに、お互いが自社の利潤現象を招く競争を避けようとする結果として協調が成立する場合があります。例えば、私が高校生の頃ファーストフード業界では、ハンバーガーはどの店でも200円前後で売られていました。現在の状況を見ればわかるように明らかな高値での販売が行われていたのです。当時もマクドナルド、ロッテリア、モスバーガなど多くのチェーン店がしのぎを削っていたにもかかわらずこのような高値が維持されていたのは、業界各社が真剣な価格競争状態を自然とさけていたためと考えられます。このような明示的な契約なしに結ばれるカルテルを暗黙のカルテルと呼びます。

カルテルを維持する力と崩す力

暗黙のカルテルが維持されるためにはいくつかの条件があります。あくまでも「暗黙の」カルテルですから、カルテル破りに対して明示的な罰則を設定することはできません。そこで問題になるのが「カルテル破りによって得られる利益」と「カルテルを続けることで得られる利益」の比較です[*2]。前者が後者を上回らない限り、ひとたび成立した暗黙のカルテルという「空気」は維持され続けます。

このような「空気」を壊すきっかけになるのが「空気を読まない」新参者の存在です。他産業からの参入者にとっては「他産業で得られていた利益」よりも「その産業で競争行為を行うことによる利益」が大きいならば十分競争的にその産業へ参入するインセンティブがあります。このように考えると、大きな利益を上げている産業が他業種からの参入を嫌う理由も理解できるでしょう。空気を読まない新人が、固定化したカルテルを崩す力となるのをおそれているのです。

これはなにも企業間競争だけの話ではありません。あなたの職場に、頼まれもしないのに猛烈な勢いで働く新人が入ってきたら、残業どころかサービス残業すら笑顔で引き受けてしまう契約社員が入ってきたら、これまではみんなで適度にサボりながら仕事をすればよいという良好な労働環境(!?)はぼろぼろになってしまいます。あ~もう!空気読まないヤツは何とかしてほしい!……ですよね。

暗黙の協調行動の利益を享受している側にとって、その協調を崩す外的な力はなんとしても排除しなくてはいけません。その一方で、上司や会社にとっては「猛烈な勢いで働く」「残業どころかサービス残業すら笑顔で引き受けてしまう」労働者ほど素敵なものはないでしょう。

これは産業、そしてマクロの経済にとっても同じコトです。


************
*1 例えば、合理化推進や不況時の緊急避難として独占禁止法の適用除外指定を受けることが出来るケースがあります。
*2 正確にはカルテル破り/カルテル継続によって得られる利益の割引現在価値です。

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1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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