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【正論】日本財団会長・笹川陽平 太平洋島嶼国との共同体を
≪海洋への中国の野心≫
米太平洋軍のキーティング司令官は3月11日に開かれた上院軍事委員会で、昨年5月訪中した際、中国高官から、ハワイを基点に太平洋を東西に分け米中で分割管理する提案があったと述べた。司令官は「冗談と受け止めた」としつつも「彼らが影響下に置く地域の拡大を望んでいるのは明らかだ」とも論評しており、中国の本音をうかがわせる一幕だったようだ。
中国は、海洋大国、海洋強国を目指し、2月には国家海洋局が「国家海洋事業発展プラン」を発表、新規の油田発見、海底資源開発を積極的に推進する方針を打ち出した。関連して中国は約300万平方キロの排他的経済水域(EEZ)を持つと主張するが、台湾や領土紛争中の海域を除くと、実際は90万平方キロ程度にとどまる。開発可能海域も少なく、その分、太平洋島嶼(とうしょ)国の海域に熱い視線を注いでいる。
温家宝首相は2006年4月、太平洋島嶼国に30億元(約430億円)の優遇融資を申し出た。加えてサモアに国立競技場と政府総合庁舎、クック諸島に警察本部庁舎を建設するほか、フィジーに対してはマグロ船50隻の建造を支援、バヌアツ共和国やトンガ王国では中国のテレビ放送CCTVの視聴を可能にするなど文化面の強化も抜かりなく進めている。
英連邦、米国、豪州・ニュージーランドなど先進国の権益が絡み合う西太平洋海域での影響力拡大と同時に、台湾と国交を持つ島嶼国を牽制(けんせい)する狙いもあるようだ。中国の野心は、そのまま日本の脅威となる。
≪“小国”との誤った認識≫
しかし日本のこれまでの島嶼国外交は実施体制を含め極めて脆弱(ぜいじゃく)である。人口の少なさもあって島嶼の国々が“小国”との誤った認識も災いしているようで、06年5月には小泉元首相が沖縄で開かれた「島サミット」で450億円のODA(政府開発援助)の拠出を表明したものの、専従の責任者はいなく執行も遅れている。大使館も現時点ではフィジー共和国など2カ所に設置されているにすぎない。
島嶼国が大国の利害に翻弄(ほんろう)され海洋国家としての伝統文化や誇りを失う前に、本格的な支援に乗り出す必要がある。そのためにも日本の海洋外交、島嶼国外交の在り方は抜本的に再検討されなければならない。昨年、海洋基本法を制定し、海洋国家としての道を歩み始めたものの、四方を海に囲まれた日本にとって、太平洋の治安と海洋環境は自らの将来を左右する重要なテーマであるからだ。
もちろん海洋資源の確保、海洋環境の保全、海上犯罪の取り締まりなど、どの課題も日本一国だけで実現するのは難しい。海洋基本法に明記された「国際的な連携の確保および国際協力の推進」の実現こそが不可欠で、世界で6番目の広さのEEZを持つ日本には連携と協力の構築に向け海洋世界をリードする十分な資格と資質がある。
島嶼国の中でもパラオ共和国、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国、キリバス共和国、米国自治領・北マリアナ諸島からなるミクロネシアは日本と排他的経済水域を接し、日本の海洋権益にも深く関(かか)わっている。戦前、日本が信託統治した歴史もあり親日家も多く、日系人がリーダーとなっている国も少なくない。
≪新たな信頼関係が急務≫
しかし、わが国の消極的な姿勢と中国の攻勢もあって、日本はこれらの国に対する影響力と信頼を急速に失いつつある。新たな信頼関係の確立のためにも、ミクロネシア諸国と海洋の環境保全と持続可能な開発のための海洋管理に関する連携協定を結ぶよう提案する。日本が得意とする漁業資源の管理や海洋調査、海洋開発など協力可能なテーマは多く、米国がミクロネシアの海底に敷設を計画している軍事ケーブルを島嶼国が利用できるよう技術的、資金的に支援する方法もある。
笹川平和財団を通じて進めてきた島嶼国の人材育成の経験を踏まえれば、自然条件が似ている沖縄に留学生を迎えるのも効果的と判断する。さまざまな交流、連携を通じて、将来、日本とミクロネシア諸国が一体となった国家共同体を形成することこそ、わが国だけでなく島嶼国の平和と発展につながる。
共同体を足場に、西太平洋の海洋・海底開発、海洋の環境保全などを積極的に推進することで、メラネシアやポリネシアなどさらに広大な太平洋諸国に参加を促すことも可能となる。海洋基本法に盛り込まれた精神は日本人の利益のためだけではない。太平洋を文字通り平和で開かれた海とし、排他的経済水域を各関係国が有効に活用できるよう努力することが、海洋国家日本に課せられた使命でもある。
(ささかわ ようへい)