敵陣地から飛び立つ風竜の編隊が、王統派の要塞陣地上空に押し寄せる。
地上に向け次々と放たれる風竜のブレスを見て取るや、慌てて兵士たちが地下陣地にもぐり込む。
穴モグラのごとく地下に身を潜める兵士達。覗き穴から空を見上げる士官の一人が呆れたように眉をしかめた。
「しかし……あちらさんも毎日毎日、よく飽きもせずに空襲してくるね」
「向こうも別動艦隊のことは把握しているでしょうからね。躍起になって攻撃するのもわかりますよ」
「ふむ。艦隊総数ではこちらが勝っているから、合流して包囲が完成したら、艦砲射撃で即殲滅も可能か」
そのとき、一際激しい爆音が響き渡った。地響きを上げながら、パラパラと天上から土塊が落ちる。地上に向けて掃射される風竜のブレスが、たまたまこの付近に命中したのだろう。
「……作戦としてわかりやすいのはいいのだが、もう少し防衛戦に駆り出される我々の身にもなってほしいものだね」
「しかし、この地下陣地を基点にした拠点防御に努めていなかったら、今頃はもっとやばかったでしょうな」
「んー……ま、それもそうか」
なだらかな丘陵上に建造された要塞を中心に、地下陣地は左右に向けて凹状に広がっていた。固定化で構造そのものが強化されているため、ちょっとやそっとのブレス掃射ではびくともしない。一貫して拠点防御に努める地下陣地に潜む者たちを潰すには、それこそ高度を下げた竜が連続してブレスを叩き込む必要があった。
しかし、高度を下げて動きが鈍ったところを、要塞陣地上空に控える王軍の艦砲射撃がここぞとばかりに狙い打つ。敵騎はそれぞれ回避に専念したり、中には戦列艦を挑発するように前へと出るものもあるが、艦隊はどっしり構えたまま動かない。
艦砲が散々に敵騎を叩いたところで、ようやくこちらの飛竜空母から数十騎にも及ぶ風竜が戦場に飛び立った。それにわずかに遅れる形で、陣地後方に設置された飛竜基地からも数騎の竜が合流する。
「お、こっちの竜騎士隊もようやく迎撃に出たか」
「そのようですね。──っと」
突然、士官の一人が虚空を見上げ動きを止めた。
「ん、どうした?」
「隊長、司令部より伝令です。我々に対空支援の要請が入りました」
「ああ、例の伝令だったのか。なら、我々も微力ながら杖を振るとしよう」
「まあ……ほとんど当たりませんがね」
「なぁに、多少でも連中の動きを拘束できれば恩の字だよ」
地下陣地の覗き穴から突き出された無数の杖や砲から、散発的に魔法や砲弾が放たれる。どれも敵騎を直撃することはなかったが、さすがに回避行動を取らない訳にもいかない。結果として、動きを制限されたところを味方の騎竜によって次々と打ち落とされて行った。
数十分後、十数騎にまで数を減らしたレコン・キスタの風竜隊は、辛うじて隊列を維持しながら、ヨロヨロと引き上げて行った。
「ケホケホ……あーもうホコリっぽいな」
「これで今日の空襲は終りですかね」
はぁーやれやれと首を廻す指揮官二人に、呆れたような声がかかる。
「隊長に副長……二人とも、もう少し気を引き締める訳には行きませんかね?」
部下に示しがつきませんよ。困ったように眉を寄せる軍曹に、二人の貴族士官は肩を竦めてみせた。
「なぁに、防衛戦で必要になるのは根気だ、根気。志気を維持するには多少の緩みも必要だよ、軍曹」
「無駄に突撃するようなのは趣味じゃありませんね、僕らは」
「はぁ……そんなもんですかね」
どこまでも緩い上官二人の言葉に、軍曹は呆れを顔に浮かべ、進言を諦めた。
そのとき、陣地に警鐘が鳴り響く。
『ん?』
士官二人は顔を見合せると、地下陣地から外に顔を覗かせる。すると陣地の遠方から、隊列を形成した中隊規模の歩兵が、雄叫びを上げながらこちらに突撃する姿が見えた。
「はぁ……あちらさんは血気逸ってるなぁ」
「よくこの強固な要塞陣地に突撃する気になりますよね。まあ、それが狂信者の怖さというやつなのでしょうが」
「違いない。軍曹、迎撃準備に入れ」
「はっ! ───隊長の命令だ! おら、野郎どもさっさと武器を構えろ!!」
陣地にたむろす兵隊達のケツを蹴飛ばしながら、軍曹が矢継ぎ早に指示を出す。緩い士官二人とは対照的に、それなりに練度が高い部隊なのか、すぐさま迎撃準備が整う。
「第一隊、杖構え」
『杖構え、アイ・サー!』
緊張の高まる陣地に、指揮官の命令と復唱が木霊する。
「ついで第二、第三隊、詠唱開始、照準合わせ!」
『詠唱開始、アイ・サー! 照準合わせ、アイ・サー!』
ある程度の距離まで敵を引き付けたところで、ついに命令が下される。
「良し、放てぇっ!!」
敵が設定された地点に足を踏み込んだ瞬間、猛烈な火力が解き放たれた。
大気を切り裂き突き進む火球や雷撃の束が敵をたやすく蹂躙する。
悲鳴を上げる敵に向けて、ついで隣接する陣地から次々と砲撃が叩き込まれて行く。
陣地の端と端から、一点に集中して放たれる魔法と砲火の威力は凄まじいものがあった。
「ふむん。砲兵科の連中もなかなかやるじゃないか」
「単純な拠点防御任務ですからね。それで練度の低さを補っているのでしょう」
「ん? 副長、君にしては何だか持って回った言い回しだね」
「……平民だけで構成された兵科というのは、さすがに思うところがありますからね」
「んー……まあ、気持ちはわからんでもないが、あんまり外で口に出すなよ」
「わかっています。少し愚痴が出ただけですよ。この戦術が有効なことは身をもって思い知らされていますからね」
「ああ……あの練兵式は散々だったよなぁ」
二人は苦笑を浮かべると、再び戦場に意識を戻す。
複数の陣地から放たれる砲火は、それぞれが相互に射線を補い合いながら、あたかも十字を描くような十字砲火を形成していた。
この部隊が担当する陣地周辺は、要塞を頂点に据えた丘陵陣地の中でも、意図的に侵攻が容易に見えるよう、巧妙に偽装された部分だ。殺到してきた敵をかき集めた圧倒的な砲火もって、殺し尽くすキルゾーン。突破することは容易ではない。
突入した敵中隊規模の部隊は、ものの数分足らずで、全て殺し尽くされた。
「やれやれ……心が痛むね」
「賊軍のほとんどが、訓練もろくにされていない素人の集団に過ぎないというのはやりやすいですが……さすがに、ちょっとどうかと思いますね」
「まあ、王権を簒奪しようってやつらだ。兵士を死地にいくら送り込もうが、どうってことないのだろうさ」
もう何度繰り返したかも定かでなくなってきた迎撃戦を今日もやり終えた二人の士官は、互いに軽口を叩き合う。規律にうるさい者なら噴飯者の態度だろうが、不思議なもので、兵士たちの受けは悪くなかったりする。
そこまで話したところで、再び敵の接近を知らせる警鐘が鳴り響く。おやっと士官二人は互いの顔を見合わせる。随分と間隔が早い。ついで陣地全体を貫く振動が、ズーンズーンと一定間隔で走り始めた。
振動音を耳にするや、二人は深刻な表情で推測を口にする。
「この振動音……もしやアレが投入されたのでしょうか?」
「ちっ……そうするとさっきの中隊は功を焦った一番槍ってやつか。副長、司令部に確認を取ってくれ」
「了解です」
揺れる陣地の隅に、何故か逃げることもせず控えるネズミが一匹。副長はネズミを引き寄せると、何事か呟き始める。それから数分後、虚空を見上げ動きを止めていた副長はようやく顔を正面に戻した。
「隊長、当たりです。しかも司令部の分析では、我々が担当する区域を連中、突破するつもりのようです」
「やれやれ、やつらの相手は骨が折れるんだがね」
隊長が陣地から身を乗り出して外を覗き見る。居た。
平均20メイルに及ぶ無数のゴーレムがズラリと肩を並べ、陣地から放たれる無数の砲火に晒されながら、ジリジリと前進を開始していた。
ゴーレムを突入させて、陣地を蹂躙。しかる後に歩兵を突入させて制圧。
これがハルケギニアにおける要塞攻めの常套手段だ。
最近はこれに、ゴーレムを投入する前段階で、艦砲による攻撃か、騎竜によるブレス掃射が加わっている。
戦場の流れを見るに、どうやらこちらの対空能力の高さにあちらの指揮官が焦れたのだろう。ゴーレムを投入して前線を押し上げ、こちらの陣地を強引に突破する方針といったところか。
「どうやら、もう一仕事する必要がありそうですね」
「そのようだな。ああ、副長。一応、司令部に支援砲撃を要請しておいてくれ」
「了解です、隊長」
はーやれやれと緩い空気をまとったまま迎撃準備を進める士官二人に対して、さすがの下士官達も苦笑を刻む。まあ、こういう上官の下で戦うのも悪くない。
「軍曹、どうやら千客万来のようだ。歓迎準備、よろしく頼んだよ」
「へへっ、任されましたぜ! おらおら、野郎ども、まだまだケツの穴引き締めて行くぞぉっ!」
武器を突き上げ一喝する軍曹の言葉に、兵士達が揃って威勢よく雄叫びを返すのだった。
* * *
何重にも渡る防衛戦に守られた要塞陣地。
丘陵上に建造された要塞の最奥に存在する王軍司令部で、ウェールズはポツリと呟きを漏らす。
「なかなか頑張ってるみたいだね、我が軍は」
「我々にも正規軍人の意地というものがありますからな」
ウェールズの脇に控える将校の一人がニヤリと言葉を返した。
「意地ね。まあ、それだけでもないと思うけど?」
「むろん、実力もありますとも」
「こちらも王軍の実力は信頼しているさ」
互いに軽口を叩き合いながら、二人の視線は逸らされることなく、ただ一点を見据え続けている。
両者の視線の先には、司令部の空間を縦横に貫く、巨大な戦況分析図が展開されていた。
詳細に書き込まれた要塞陣地周辺の地形図の上に、幾つものコマが置かれているのが見える。
それらはすべて、周辺に展開する自軍の状況や、こちらに侵攻を図る敵軍の位置などを、部隊単位で捉え、コマとして図上に起こした情報だった。
戦場には使い魔を利用した哨戒線が張られている(一般的には艦隊において用いられる『哨戒ガラス』の応用だ)。
この戦況分析図に記された情報も、すべて戦場に配置された使い魔と、司令部に詰める使い魔の主が感覚をリンクさせることで得られたものだ。常に側に控える情報士官が、戦況の変化に合わせ、リアルタイムで図上の情報を更新していく。
この分析図を眺めるだけで、司令部に居ながら、あらゆる戦場の情報を把握することが可能だった。
いちいち提出される戦況報告を読み上げるよりも、視覚的な情報で捉えた方がよっぽどわかりやすい。そんな情報化社会に毒されきったウェールズが、これぐらい軽いだろとさして難しく考えることなく下した指示を受けて、参謀達が夜通し泣く泣く試行錯誤を繰り返し、ようやく運用段階にまで落とし込んだのが、このシステムである。
時折、前線指揮官から配置された使い魔を通して、司令部の情報士官に援軍や支援砲撃の要請が入ったりもする。この要請に答える際は、反対に司令部に置かれた前線指揮官達の使い魔を通して応答を返す仕組みだ。
つまり、ここには司令部に詰める人員のほかに、前線指揮官達の使い魔も存在していた。そのため、司令部は多種多様な使い魔達が蠢く、何とも言えないカオスな状況が展開されていたりする。
例えば司令部の隅。野生の本能に負けたヘビの使い魔がカエルの使い魔に飛び掛かる。世話役となった情報士官の一人が、涙目になりながら必死になってそれを取り押さえにかかる。しかしそれも虚しく、数分後。耳に残る断末魔と、満足げなゲップ音、仕官の上げる悲鳴が響き渡った。
『………』
なんとも言えない沈痛な空気が司令部に降りる。
「ま、まあ、アレだな! まだ導入して間もないシステムだから、多少の不都合が出るのも仕方ないよな!」
「そ、そうですな! 今回の犠牲を教訓に、今後の改善にも前向きに努力するとしましょう!」
『うんうん』
ウェールズ達は互いに頷き合い、すぐ側で繰り広げられる過酷な生存競争から意識を外した。
決して現実から目を逸らしたわけではない。たぶん。おそらく。きっと。
「あー……んんっ、それにしてもだ」
何か大きなものを誤魔化すように、数度咳払いを挟んだ後で、ウェールズは改めて戦況分析図に視線を降ろす。
「さすがは王軍。やっぱりこういうときは頼りになるね」
「有事のときにこそ頼られるのが軍というものですからな。しかし、不安もあります」
「ん? というと?」
「どれほど優秀な要塞であろうと、いずれ限界が来るのも確かな事実です。一刻も早い別働艦隊の到着が待たれますな」
「あー……まあね。彼らの到着までは、まだもう少し掛かりそうか」
将校の言葉にウェールズが苦い顔で応じたそのとき、士官の一人が二人に近づいて来た。
「……閣下、少し対処の難しい事態が発生しました。対応を願いたいのですが」
「む、わかった。直ぐ行く。……殿下、少し失礼します」
「あーいいっていいって。気にするな」
恐縮しながら席を外す将校の背中を見送ると、ウェールズは戦況分析図から視線を外し、司令部の隅の方に置かれたソリティアの盤上に手を伸ばす。
実を言うと、今のウェールズはこれといって、特にやることがなかったりする。
そもそも、ウェールズには戦場の指揮をとるような気持ちは毛頭ない。
刻一刻と状況を変える戦場に、自分如きが対応することは不可能と、はなから諦めていた。
そのため、戦場の戦術的な指揮に関しては、有能な王軍士官達に一貫してお任せる方針だった。
戦況分析図の情報も、自分がわざわざ口を開くまでもなく、十分なレベルで運用されている。
もとより戦場の細かい部分にまで、いちいち口を出せるような気概や能力を、自分は備えていないのだ。
なればこそ、自分にできないことはできないと割り切って、できる者にさっさと任せるのが一番効率がいいと、ウェールズは気楽に構えていた。
まあ、そんな自分にもできることがあるとしたら、それは可能な限り自軍に有利な流れを引き寄せるよう努めることぐらいだろうか。盤上の駒を手慰みに動かしながら、ウェールズはつらつらと思考を巡らせる。
「ウェールズ殿下!」
「ん、どうした?」
不意に響いた呼びかけに顔を上げる。そこには司令部に常駐する情報士官の一人が立っていた。
「ついに賊軍の大規模な攻勢が始まったようです」
「ふむ……そうか」
ウェールズは僅かに額を押さえる。この報告は戦場が新たな局面に移ったことを示していた。
「なら、そろそろ頃合いか。君、イ号六の使い魔をこちらに頼む」
「はっ!」
一匹の使い魔がウェールズの目の前に連れて来られた。その使い魔に向けて、ウェールズは簡潔な指示を下す。リンクした術者の動きを再現してか、使い魔はこくこくと何度も首を頷かせた。
指示内容をたまたま耳にした士官の一人が、困惑を顔に浮かべる。
「殿下……その、彼等は上手くやれますかね?」
「んー……まあ、彼等が失敗したところでこちらに影響があるわけでもないんだ。そう心配する必要はないと思うがね」
ウェールズの下した指示は、いま現在、激戦を繰り広げている北東要塞の戦場とは、直接的な関係を持たない場所へ送られたものだ。
下した指示の内容が内容だけあって、彼等が抱く不安もわからないではない。
しかし、ウェールズはこれが必要な一手であると確信していた。
「まあ、ここは一つ私の顔を立てるとでも思って、任せてみてくれないか?」
「はぁ……まあ、殿下がそこまで仰るならば」
いまだ不安を隠せないといった様子だったが、最後には士官達も納得してくれた。
改めて、ウェールズはソリティアの盤上に視線を落とす。
レコン・キスタの目は、もはやこの会戦に集中し切っている。
包囲網の完成にはしばしの時間が必要。戦局は膠着状態に陥っていると言えるだろう。
しかし、ウェールズの手には、いまだ一つの手札が残されていた。ならば、することは一つだろう。
「これで、詰みだな」
ハルケギニアの現状を模したソリティアの盤上に向けて、ウェールズの手にした駒が叩きつけられた。
- 2007/07/20(金) 00:14:08|
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