北東部の戦線にレコン・キスタは続々と戦力を集結させつつあった。
おそらくは数による優勢を活かした一点突破を狙い、そのまま王都に直接牙を突き立てるつもりだろう。
少なくない数の門閥貴族が諸侯軍を率いて合流した結果、レコン・キスタの単純な兵数は、王軍に勝っていた。
だが、各地の勢力が集結したと言えば聞こえはいいが、それは悪く言えば寄せ集めの烏合の集とも言える。
多方面に戦線を広げては、指揮系統を維持しきれず、それこそ各個撃破の対象となるのがオチだ。
戦力を一点に集中させているのは、作戦上の意図だけでなく、そうした理由も存在するだろう。
対する王統派は北東要塞周辺に陣地を構築、ひたすら防衛戦の増強に努める傍ら、一つの戦略に従い動き始めていた。
レコンキスタの戦力が北東戦線に集中したことで、他の戦域には余剰戦力が生じている。これを要塞陣地の補強戦力に当てることもできたが、しかし、ウェールズはそれを良しとしなかった。
レコン・キスタの志気を挫くには、それでは生ぬるいと考えたからだ。
ウェールズは他戦域に生じた余剰戦力から、二つの艦隊群を編成。
王軍最高司令官の首を餌にした、北東要塞陣地に相手の攻勢を引き付けている間、左右からグルリと迂回させた両艦隊群をもって、レコン・キスタの包囲殲滅を図ろうしていた。
緩やかな凹状に作り出された北東要塞陣地の防衛戦は、それそのものが、中央に引きずり込んだ敵の包囲殲滅を図る、強烈な罠の一種である。
しかし、別動艦隊が目に見えた位置に控えていては、さすがのレコン・キスタも動かなくなる。そのため、両艦隊群はいまだ他戦域に駐留しており、戦端の開始から戦場の到着までには、それなりの時間を要する。
別動艦隊の到着までの間、防衛戦を維持できるかどうかが、勝敗の焦点となるだろう。
レコン・キスタは包囲網が完成する前に要塞の突破を目指す。
防衛戦は強固であり、突破にはそれなりの犠牲が必要だろう。しかし、勝算は十分にある。要塞の背後には、無防備な王都が広がっているのだから。それに我等には始祖の加護を得た、盟主クロムウェルがついているんだ。ああ、負ける訳がないさ。
王統派は北東要塞が防衛戦を維持している間に包囲網の完成を目指す。
相手戦力を撤退不可能な部位にまで引きずり込こんだと判断できるまでの間、北東要塞は防衛戦を維持する必要に迫られる。想像を絶する戦渦に晒されることになるだろうが、なに、大したことではない。相手は賊軍、素人さんの寄せ集めだ。王権の旗のもと、正規軍人の意地を見せてやれ。
両軍ともに相手側の作戦意図は察していたが、もはや止まる気配はない。
誰もが自陣営の志気を鼓舞する言葉を口ずさみながら、戦場の準備に明け暮れる。
───決戦の日は近い。
* * *
「それで、殿下は何と?」
「基本的な戦略方針の範囲内なら、戦端が開かれた後の艦隊指揮に関しては、こちらに一任するそうです」
「ふむ。それはありがたいことだな」
艦橋で副官から報告を受けたボーウッドは、そこから導かれる今後の状況を思って、面映げな表情を浮かべた。
それだけの裁量権を与えられたならば、思わず無理にでも戦果を上げたい衝動にかられるところだが、ここは自重しておくべきなのだろうな。
主要な戦列艦のほとんどが別動隊に振り分けられた結果、北東要塞の抱える艦隊はごく小規模なものに限られている。
(……功を焦るあまり防衛線から突出した結果、この艦を奪取されるような事態に陥っては話にならんからな)
要塞陣地の傘として、ロイヤル・ソブリン級が一隻上空に控えているだけでも、敵陣地から受ける圧力は格段に減少する。
ときおり陣地に侵攻してくるもの達に向けて、散発的に艦砲射撃の洗礼を浴びせる。あとは極力動かず、別働艦隊の到着を待つ。要塞陣地の果たす役割を思えば、敵を引き付ける案山子役としては、これが一番堅実な手というものだろう。
それに、もともとが親征をレコン・キスタに印象づけるべく配置された、王権を象徴する戦列艦だ。
ロイヤル・ソブリン号が自分に任されたのも、おそらくはこの慎重な性格を評価されてのことだろう。
(まあ、積極性のなさを買われたのかと思うと、少しばかり複雑な心境ではあるがな)
ボーウッドはわずかに苦笑を刻むと、改めて今後の展開に意識を傾ける。
我々はあえて相手の攻勢を受け止めることで、北東要塞に引き付けた敵の包囲殲滅を図ろうとしている。
確かに敵陣地に集結しつつある戦力はかなりのものだ。あれが一度に雪崩込んでくるのは悪夢以外の何ものでもない。
しかし、それも後がない、一度限りのカードだ。
要塞を攻めきれずに時間を徒に浪費すれば、レコン・キスタは要塞陣地に控える艦隊と、左右から駆け付けた別動艦隊によって囲まれ、為す術なく蹂躙されることになるだろう。一度崩れてしまえば、確固とした指揮系統を確立している王軍と異なり、諸侯軍の寄せ集めたるレコン・キスタが戦線を立て直すことは不可能に近い。
相手もこちら側の作戦意図を察しているはずなのだが、撤退するような動きは依然として見えない。おそらくはすべてを承知の上で、強引に防衛戦を食い破ることは可能と判断したのだろう。
あるいは、それほどまでに王軍最高司令官ウェールズの首を欲しているのか。
単純な兵数においてはレコン・キスタが王統派に勝っているのは事実だが、どちらにせよ王軍も侮られたものだな。
「しかし、少し意図が読めない指示もありましたね」
「ん?」
首を傾げるボーウッドに、副官は艦橋の隅に視線を向けた。それでボーウッドも相手の言いたいことを察する。
「ああ、例の指示のことか」
司令部において、ウェールズ殿下によって下された命令を思い出す。
「確かに、彼等を実戦にいきなり投入するのは躊躇われるでしょうが、わざわざ遊兵を作る意味もないと思うのですよね」
「ふむ……そうだな」
副官と共に、ボーウッドは殿下の意図に思考を巡らせる。
「まあ、予備戦力があることは大事だと思うが?」
「ええ。しかし、わざわざそれを彼等にする必要もないと思うのですよ」
正直、戦場が一番忙しいところで、後からしゃしゃり出てきた錬度の低い味方のしりぬぐいをしてやるような余裕は、自分たちには存在しない。副官の顔はそう語っていた。
「ふむ」
確かに、足を引っ張る味方の存在ほど厄介なものはない。副官の言葉にも納得できるものはある。
しかし、あのウェールズ殿下が下した指示だ。何らかの含みがあると見るべきだろう。
問題は、あの指示にいったいどんな意図が含まれているのか、自分では到底思い付かない点にあった。
「戦端が開かれれば、何かわかるのでしょうか?」
「……ともかく、敵陣の動きを見る限りでは、戦端が開かれるのもそう遠い未来の話しではないだろう」
ボーウッドはかぶりを振って、益体もない思考を打ち切る。
「殿下にどのような考えがあるにせよ、我々に与えられた作戦意図は明確だ。我等は我等に与えられた戦場において、存分に力を発揮するとしよう」
一兵たりとて、王都に敵軍の侵攻を許すつもりはない。この一戦は、これまでの演習や他国と繰り広げてきた小規模な小競り合いとも異なる、アルビオンにとっての正念場だ。雑念を挟み込む余地など存在しない。
「それがたとえ、どれほど苦しい戦いになろうとも、な」
軍帽を僅かに押し上げ、ボーウッドは自らの戦場に意識を戻した。
- 2007/07/20(金) 00:30:16|
- ジャンク作品
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仕事から帰ってきたら更新が!
前話ではバーノンが、今回はボーウッドがカッコいいっす。男臭い作品。よい。
そしてリーヴン伯爵、レコン・キスタにほいほいついて行ったらノンケな(反乱起こす気が無い)のに食われちゃって、「(幹部を)や ら な い か」状態。もう逃げられない。この要素がどう影響するやら。
頑張れウェールズ(の中の人)。生きろ。
……原作まであとどれくらいかなあ。
次回を楽しみに待ってます。
- 2008/05/04(日) 07:05:33 |
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- スケベビッチ・オンナスキー #QjzkEOgs
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