レコン・キスタの喧伝により、アルビオン王政府に対する反攻の拠点として、一躍アルビオン中にその名を轟かせることになったレスター砦。中庭を行き交う兵士たちの誰もが、興奮したように言葉を交わす。
(まったく……憂鬱になるな)
砦の高みから、異様な興奮に沸く兵士達の姿を見下ろしながら、北方の大貴族リーヴン伯は一人気分を沈めていた。
確かに王族に対する不満はあった。だが、それもダータルネス港の保持していた権益が、不当に奪われたことに対するものだ。せいぜい、定期航路の導入を遅らせることで、抗議の意志を示す程度で済ませるつもりだった。
それがどうだろう? あの東部からの来訪者を迎え入れて以来、状況はすっかり変わってしまった。
王政府に対して威勢よく気炎を吐く彼等に対して、まあ繋ぎを取って置けばいずれ使い道もあるかと、消極的な便宜を図っていた訳だが、それがそもそもの間違いだった。
(よもや連中、本気で反乱を起こしやがるとはな……)
おまけに笑えることに、王政府に突き付けられた宣戦布告の文言には、何故か自分の名前まで含まれていた。これで晴れて自分も賊軍の仲間入りという訳だ。
リーヴン伯は死んでたまるかと、それこそ死に物狂いになって物資を掻き集めていった。対外的な貿易港、ダータルネスを有するのは伊達ではない。昔からつきあいのある商会をなだめすかして取引を結ぶなど、かなり強引な手も打った。
そうこうするうちに、気付けば、リーヴン伯は反乱軍の中枢に近い位置を占めるまでになっていた。
なんでも自分は蜂起の中心人物の一人、レコン・キスタの戦略物資を一手に支える大幹部とかいう話だ。
まったくもって、全然、笑えない話だが。
「ん? どうかしたかな、同志リーヴン伯」
「いえ……なんでもありません、盟主クロムウェル」
「ふむ。そうか」
直ぐに興味を無くしたのか、クロムウェルは自らの指揮した軍が奪取したレスター砦を見回すと、満足そうに目を細めた。
レコン・キスタの蜂起から、砦の奪還に至るまで、全ては果断なまでの迅速さをもって運ばれた。
喧伝された勝利を聞きつけ、今も周辺地域から賛同者が続々と集結しつつある。
クロムウェルの脇には、東部マンチェスター伯があたかも従者のように黙然と控えていた。人形のようにのっぺりとした笑みを浮かべたこの人物は、クロムウェルに対して心酔しきっているらしい。自分にはまったく理解できない話だが。
「盟主クロムウェル、そろそろお時間です」
「おお、そうか! では行くとしよう」
マンチェスター伯に促されたクロムウェルが砦の壇上に立つ。すると騒めいていた兵士たちが一斉に静まり返った。
中庭に集う兵士たちを見下ろし、クロムウェルは口を開く。
「さて、諸君! 親愛なる勇猛な革命軍の諸君! まず宣言しよう、我等はあの臆病なる王軍どもを圧倒的な力をもって叩きのめした! 粉砕した! 勝利したのだ!」
狂信的な興奮に沸く兵士たちが、次々と歓声を上げる。
「しかし、これはまだ始まりに過ぎない! 我等の目指すものは聖地奪還! 我々は取り戻す! 現状の維持に腐心する王族どもに代わり、我等は始祖の正統なる権利を取り戻す!!」
革命万歳! 革命万歳! 革命万歳!
「勇敢な革命兵士諸君、出陣のときは来た! そう、すべては始祖のために!」
砦そのものが震え上がるような歓声が響き渡った。
(……そら怖ろしいものがあるな、この熱気は……だが、どうにも同化できん)
リーヴン伯は一人周囲の興奮に乗り切れぬまま、暗澹たる気分で目の前の光景を見据えた。
「お館さま……本当に、これでよろしかったのでしょうか?」
「…………」
だから、傍らに寄り添う自らの従者が漏らした疑問にも、彼が答えられる言葉はなかった。
* * *
アルビオン王政府にレスター砦陥落の報が届いてから、既に一昼夜近くが過ぎた。
内乱勃発という国体を揺るがす事態にも関わらず、王政府に走った動揺は意外なまでに少ない。
ついに来るべきものが来たかと、僅かばかりの諦観を呼び覚ますのみだった。
そんな静かな緊張感に満ちた王宮の回廊を、ウェールズは一人足早に先へと進む。
「ウェールズ殿下!」
「ん? ああ、ボーウッドか」
届いた声に視線を向けるが、ウェールズが足を止めることはない。ボーウッドもそれを気にするでもなく、足早に走り寄ると、そのままウェールズに並走し始める。
「いまの状況、どうなってるかわかるか?」
「はっ! 決起した賊軍は、まず北東部と中央の領境に存在するレスター砦へ侵攻。陥落したのが昨夜。幸い、砦の司令官の英断もあって、兵力を損耗することなく、更に後方の要塞へ撤退しています。現在は、決起した賊軍と領地を接する領主達が、それぞれ諸侯軍をもって相手の動きを牽制。賊軍も侵攻を止め、周辺戦力の取り込みを図っているようです」
「ふむ。東部と北部以外の動きはどうだ?」
「南方諸侯軍は全面的な協力を王軍に申し出てくれています。また西部では、一部の地域で多少浮ついた空気が漂っているようですが、それも王軍が動き出せば直ぐにおさまる程度のものです」
バーノン卿が工作を続けていますが、西部はどちらの陣営に対しても参戦まで行かないと思われます。
「なるほどね……うん、だいたい把握した。報告ありがとな、ボーウッド」
「いえ、小官如きにもったいないお言葉です。……殿下、御武運を」
目的地へ辿り着く寸前、ボーウッドは静かな動作で敬礼を返すと、こちらの側を離れた。
王政府の高官達が日夜会議を繰り広げる広間。ウェールズが足を踏み入れると同時、室内で交わされる議論が耳に届く。
「戦です! 戦以外にありませぬぞ、陛下! あのような賊軍ごとき、我ら王軍の力をもってすれば、たやすく蹴散らして見せましょうぞ!」
「ふむ。ある程度予測のついた事態ではあるが……艦隊司令の意見はどうだ?」
「陛下、もはや派兵はやむを得ぬ状況かと。それに我が軍も一部の地方艦隊で、僅かながら離脱者を出しております。軍紀を正すためにも、我ら王軍が全力をもって出陣し、賊軍を叩き潰す以外にないものと愚考致します」
「ふむ……さて、どう対処したものか」
積極的な参戦を望む王軍士官の言葉に、王が悩ましげに唸った。
そのとき、室内に足を踏み入れたウェールズと父王の視線が合う。
「む、来たか。ウェールズ」
不意に顔を上げた王の発言に、騒めく高官たちの視線が、一斉にウェールズのもとへ集中する。
しかし、ウェールズは怯むことなく、そのまま玉座に腰掛ける父王の前に膝をつく。
「遅くなりました、父上」
「うむ。状況は既に聞いているな?」
「はい」
老いてなお鋭い視線を発する父王ジェームズ一世を前に、ウェールズはボーウッドから聞いた報告を簡潔に口に上げる。
「ならば話は早い。皆のものも聞け。ウェールズ、この時点をもって、貴官を王軍最高司令官に任ず。王族たる務めを果たし、賊軍を薙ぎ払え」
「はっ!」
差し出された任官杖を、ウェールズは片膝をついて、恭しく受け取るのだった。
* * *
「これで、ついに殿下は王軍すべてを指揮下に置いたわけですな」
「まあ、そうなるな」
出陣までの僅かな間、ウェールズは工作先から一時的に戻ったバーノンと、自らの執務室で今後の予定を詰めていた。今の発言は、ある程度話が一段落ついたところで、不意にバーノンが漏らした感想だ。
唐突な話題の転換に、面食らったように相手を見返すウェールズに、バーノンがにやにやと笑みを深める。
「それに、まさか彼等が本当に動くとは思いませんでしたよ。予め砦を放棄するよう殿下から指示されていなければ、レスター砦の指揮官も撤退を躊躇って、こちらの対応が整うまでの間、ずるずると無意味に戦線を引き上げるような結果になっていたでしょうね」
「まあ、それはそうだが……しかし、バーノン。さっきから嫌に絡むけど、何が言いたい?」
「いえ、ただそこまで賊軍の蜂起に確信をもっていたなら、なぜ事前に叩き潰してしまわなかったのか、少し不思議に思いましてね」
「まあ、戦争するのは一度でたくさんだってことだな」
肩を竦めながら告げられたウェールズの言葉。その意味を遅れて理解した瞬間、バーノンは口端をつり上げる。やはりそういう意図か。
仮に今回の蜂起を事前に潰したとしても、それでは直ぐに同じようなことが繰り返されるだけだろう。ならば、むしろ反乱の発生をあえて見逃すことで、コントロール可能な状況下で戦端を開いてしまう方がよほどいい。
同時にそれは、今回の蜂起を徹底的に叩くことで、あらゆる反乱の根を叩き潰すと言っているに等しい。まったく、大した自信だ。
いや、それでこそ我が主君というものか。バーノンはかぶりを振って、凄惨な笑みを浮かべた。
「やはり、殿下は悪辣ですなぁ」
「……本当なら、こういう事態は避けたいところだったんだけどな」
満足げな笑みを浮かべるバーノンとは対照的に、ウェールズは口惜しそうに掌で額を覆った。
自分がもう少し上手く立ち回れていたならば、大貴族達の不満もどうにかすることが出来たかもしれない。もはや仮定に過ぎないことも理解しているが、それでもどうにかなったんじゃないかと、ウェールズには悔やまれてならなかった。
(……未練だな。それとも、戦争の引き金を引くことに対する恐怖か?)
どちらにせよ、ろくな感情の動きじゃないだろうがな。ウェールズは天井を見上げ、ため息をつく。
中央と北東の領境に存在するレスター砦が、思いの他あっさりと落とせたことで、レコン・キスタは勢いづいている。
現状、王統派は自軍の確保している北東要塞付近まで戦線を下げ、ひたすら防衛戦の構築に励んでいた。
レコン・キスタの侵攻も一時的に止んでいる。これは今回の勝利を声高に叫ぶことで、周辺勢力を取り込むためだろう。
つまり聖地奪還、貴族による共和制を合言葉に、さらなる仲間の集結を図っていると言うわけだ。
見ようによってはかなり強引な施策を行ってきた結果、ウェールズに対して不満を抱く貴族はそれなりに存在する。こちらが王族だからという一点のみで、表立って叛意を示せなかった連中は、それこそ諸手を上げて参戦するだろう。
「数だけならかなりの兵力が集まると予測されますが、まあ、それも所詮は烏合の集に過ぎませんがね」
「あんまり侮るのも危険だと思うけどな」
これも中央において、ウェールズが日々王軍の掌握に尽力してきた結果なのか、王軍からの離脱者は思いのほか少ないものだった。
北部・東部出身の将校に関して言えば、それなりの数の離脱者を出している。とは言うものの、いまだ王軍に残る者たちもかなりの数いたりする。さすがに彼らをそのまま戦場へ送るのは躊躇われ、直接的な関わりを持たない後方や、予備役に編入されていたりもするが。
全体で見れば、王統派は十分な戦力を保持していると言えた。
(原作よりも、かなりマシな状況なんだろうが……それでも、な……)
天を仰ぎ、ウェールズはもう一度だけ、深くため息をつく。
「本当に、戦争なんてのは勘弁して欲しいもんだよ」
「戦争を好むものはよほどの物好き以外はいないでしょうがね」
「まったくだ。レコン・キスタの連中も、初戦の勝利に浮かれて勝ち目があると錯覚しているんだろうが……」
周辺から収集された情報を下に、精密に描かれた各地の勢力分析図に視線を落とす。
このときに至るまでの間、あらゆる方面に張り巡らせた生き残る為の術を、この一戦で最大限に活用することで───
「まあ、せいぜいその寝ぼけた目を派手にたたき起こしてやるとするさ」
ウェールズは広げられた地図をくしゃりと丸め、そのまま戦場に向かうべく歩き出す。そんな仕えるべき主君の背中を見据え、バーノンはどこか満足げな笑みを浮かべると、無言のままその後に続くのだった。
- 2007/07/20(金) 00:45:01|
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