実在する珍しい名字の数々

テレビ番組や雑誌の特集で、珍しい名字が紹介されることがよくあります。本人が登場しているものはいいのですが、ただ変わった名字を羅列しているものでは、実在しない名字もたくさんあるようです。
珍しい名字の方は、自分の名字をいやがる方も多いようです。しかし、珍しい名字には必ずいわれがあります。いわれがなければ、他の人と違う珍しい名字にはなりませんから。つまり、珍しい名字の人はそれだけ由緒正しい、ともいえます。
ここでは、由緒のある珍しい名字のうち、実在するものをいくつかを紹介しましょう。いずれも、先人の智恵やを感じさせるものですので、由緒とともに長く子孫に伝えていただきたいものです。

トンチ系
名字には、一休さんのトンチ問題のようなものがいくつかあります。これらはおそらく、元々あった名字にあとから違う漢字をあてることになり、当時の人が考え出してものでしょう。


「九」一字で「く」と読むことから、これだけで「いちじく」と読みます。一桁数字の名字には、「一」「三」「六」「九」の4通りが実在しますが、その中でももっともユニークな読み方です。由来などは不明。

小鳥遊
「小鳥」が「遊ぶ」という名字。小鳥は弱いため、ゆっくりと遊ぶことができない。しかし鷹のような強い鳥がいなければ、安心して遊ぶことができるたろう、ということで、この名字は「たかなし」と読みます。トンチ系の名字としては分かりやすいことから方々で紹介されるので、みたことある人も多いのではないでしようか。おそらくもともとは「高梨」さんだったと思います。

部田
「ぶた」さんじゃないです。でも、知らない限り絶対に読めません。というより、「ぶた」以外、想像すらつきません。初対面で相手に呼びかける必要があったらどうしますか?。相手が女性だったら、口が裂けてもいえませんよね。この名字の秘密を解く鍵は「服部」さんにあります。「服部」も充分難読なのですが、これは誰でも「はっとり」と読めます。「服部=はっとり」ならば、「部=とり」だろう、と考えた人がいるのです。ですから、「部田」で「とりた」となります。この系統には、「日下=くさか」から生まれた「日馬=くさま」などがあります。

臥龍岡
「龍」が「臥」せている「岡」。龍とはいうまでもなく、中国の想像上の動物。この龍が地面に寝ていたらどんな感じでしょうか。おそらく、長〜く地面が丘のように盛り上がっているように見えるに違いないです。だから、「臥龍岡」と書いて「ながおか」と読みます。本来の名字は「長岡」さんだったんでしょうね。

月見里
月を見るには山がない方がよく見える。だから、「月見里」と書いて「やまなし」と読みます。静岡市の旧清水地区の名字で、地元には「月見里神社/やまなしじんじゃ」という神社もあります。なお、漢字通りに「つきみさと」と読むこともあります。こちらも元々は「山梨」さんだったのではないでしょうか。

鶏冠井
ニワトリの冠といえば「トサカ」のことです。このトサカ、何かに似ていると思いませんか。真っ赤なトサカは、紅葉したカエデの形に似ています。そこで、「鶏冠」を「カエデ」と読ませます。京都府には「鶏冠井」という地名があり、室町時代にはここをルーツとする鶏冠井一族がいたことが知られています。本来は「かえでい」だったと思うのですが、いつの間にか末尾の「い」がなくなり、今では「かえで」と読んでいます。


一見、漢数字の「十」に見えますが、本当は漢数字の「十」ではありません。実は、「木」という漢字の両側の払いがなくなっているものです(ここでは漢数字の「十」で代用しています)。そこで、「木の払いがもげている」ということから「もげき」と読みます。漢数字の「十」は縦棒は先を止めますが、「木」という漢字は行書では縦棒の先をはねます。ですから、「もげき」さんも正しくは縦棒の先をはねるのだそうです。


伝説系
名字の由来として伝説が伝わっているものです。

日本 にっぽん
江戸時代、小幡善作という船乗りが殿様を船に乗せました。その時、殿様から天候を聞かれたのですが、「日本晴れになる」と予測して見事当たったのでした。これに感心した殿様から「これからは日本を名字にしろ」といわれたそうです。江戸時代って、船乗りでも名字があるんですよね。まぁ、殿様を乗せるくらいですから、それなりの人なんでしょうけど。

肥満 ひまん
かつて、ある村で村人が旅のお坊さんを家に泊めました。すると、お坊さんはお礼として石をくれたそうです。この石、なぜかどんどん肥え太るように大きくなっていったのですが、それと同時に村も栄えるようになったとか。あとで聞くと、実はその旅のお坊さんとは有名な弘法大師だったので、村人は、この石にあやかって名字を「肥満」にしたという言い伝えが残っています。全国各地に伝わる“弘法大師伝説”の一つなのですが、「石が大きくなる」→「肥満」という飛躍がなんともすごいところです。その背景には、中世以前では「太っている=裕福」という概念が一般的にあったのだと思います。

薬袋 みない
この名字には伝説がいくつかあって、どれが正しい伝説なのかよくわかりません。基本的に武田信玄の支配下にあった村のことで、薬の袋が関係している(当たり前だが)というのは一致しています。最も一般的なのは、武田信玄は薬の袋を落とした時、これを届けでた村人に、信玄が「中を見たか」と聞くと「見ない」と答えた、というものです。ここから、「薬袋」で「みない」と読むようになったとか。別の伝説では、長寿村のため、誰も薬すら飲まず、「薬袋をみない」から名字になったといいます。実際、山梨県には有名な長寿村もあり、もっともらしい説です。この発展型の名字として「御薬袋/みない」というのもあります。こちらは漢字で、「武田信玄の薬袋だ」と主張しているようです。

 ぜつ
京都の貴船神社に神様が降臨した際、牛鬼というおしゃべりな神が、他言無用の天上の秘密をしゃべってしまい、舌を八つ裂きにされて追放されたといいます。牛鬼は、その後貴船に戻り、自ら戒める意味で「舌」を名字として、貴船神社の神官になったと伝えています。


変えちゃった系
元々は違う名字だったものを意識的に変えた、という名字です。

東京 とうきょう
都道府県名と同じ名字は、北海道・愛媛・沖縄を除いてすべて実在します。この3つが実在しない理由はも戸籍制度ができたあとの地名だからです。戸籍に登録したあとの地名はもう名字にしようがありません。ですから、北海道の地名の多くは名字には存在しません。微妙なのが明治初期にできた地名で、戸籍とどちらが先だったか、ということになります。「東京」という地名もこの時期に出来たものですが、名字には「東京」さんが実在します。もともとは「江戸」さんだったのですが、戸籍登録する際に、「江戸が東京に変ったのだから、自分の名字も江戸ではなく東京で登録した」ということらしいです。従って、東京家は東京じゃないところにあります(全国1世帯とか)。

華表 とりい
「とりい」さんと言えば、普通は「鳥居」と書きます。鳥居とはいうまでもなく、神社の入口にあるもので、日本独特のものです。しかし、中国にも似たようなものがあり、これが鳥居のルーツだという人もいるようです。この中国のものを「華表」といいます。そこから、「鳥居」さんの一部が「華表」と漢字を変えたようです。博学のご先祖がいたんですね。ここからさらに変化した「花表/とりい」という名字もあります。

鼻毛 はなげ
よく話題になる名字です。鼻毛家によると、もともとは「髭」という名字だったそうです。ところが、先祖(幕末あたりの頃の人らしい)が、「髭」という名字がいやで「鼻毛」に変えた、といわれているそうです。そこまで「髭」を嫌がった理由も何かあったんでしょうが、残念ながらわかりません。

古い言葉系
名字が生まれた当時は普通の言葉だったのに、というものもあります。

馬締 まじめ
かつて、宿場では旅人が泊るだけではなく、馬の中継もしていました。この場所は一般的には「問屋場」というのですが、「馬締」ともいったことから生まれた名字です。略して「馬〆」とも書き、三重県や大分県、福岡県などにあります。

唐桶 からおけ
「唐」とは言うまでもなく中国のこと。ですから、「唐桶」というのは中国の桶、或いは中国風の桶のことでしょう。こうした桶を作っていたか、販売していた人が名字にしたものだと思います。別におもしろい名字でもなんでもなかったのですが、カラオケが普及したことで一躍おもしろい名字になってしまいました。島根県の出雲地方から鳥取県西部にかけてあります。

郷右近 ごうこん
「唐桶」と似たようなパターンの名字です。この名字はかなり古く、戦国時代から宮城県には郷右近氏がいたことが知られています。「郷」とは地方の村のこと、「右近」は役職ですが、「郷」家と「右近」家が合体してできた名字ではないでしょうか。本来の読み方は「ごううこん」ですが、発音しづらいこともあり、一般的には「ごうこん」と呼ばれ、現在では「ごうこん」を正しい読み方としている家もあります。まさか「合コン」という言葉ができるとは思わなかったでしょうね。

一円 いちえん
この一円とは、お金の単位ではありません。「このあたり一円」なとどいう時の「一円」です。もともと滋賀県に一円という地名があり、ここをルーツとする一円氏がありました。一族はのちに高知県に移り、戦国時代の城主に一円氏がいたことが知られています。一円が珍しい名字となったのは、明治になってお金の単位が「両」や「文」から、「円」や「銭」になった時からです。それでも、当時の一円は大金で、むしろうらやましい名字だったかもしれません。しかし、お金の勝ちがどんどん下がってきて、とうとう最低の金額になり、一円さんも珍しい名字の仲間入りをしてしまいました。


文責:森岡浩

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