広島高裁判決の問題点について検討 |
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光市事件・差戻控訴審:広島高裁平成20年4月22日判決は元少年に死刑判決 |
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山口県光市で、殺人と強姦致死、窃盗の罪に問われた元少年(27)に対する差し戻し控訴審で、 広島高裁(楢崎康英裁判長)は4月22日、無期懲役とした1審・山口地裁判決を破棄し、死刑の 判決を言い渡しました。犯行時少年の死刑判決は、連続リンチ殺人で当時18〜19歳の元少年 3人に対する2005(平成17)年の名古屋高裁判決以来であり、犯行当時18歳1ヶ月だった者 への死刑判決は、最高裁に記録が残っている昭和41年以降で最も低い年齢でした。弁護側は 上告しています。 1.報道記事を幾つか。 |
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(1) 毎日新聞平成20年4月22日付夕刊1面 「山口・光の母子殺害:差し戻し控訴審 元少年に死刑判決 広島高裁「新供述は不自然」 ◇「情状斟酌できぬ」 山口県光市で99年4月、母子を殺害したとして殺人と強姦(ごうかん)致死罪などに問われた 当時18歳の元少年(27)に対する差し戻し控訴審の判決公判が22日、広島高裁であった。 楢崎康英裁判長は「身勝手かつ自己中心的で、(被害者の)人格を無視した卑劣な犯行」とし て、無期懲役とした1審判決を破棄し、求刑通り死刑を言い渡した。元少年が差し戻し審で展開 した新供述を「不自然不合理」と退け、「1、2審は改善更生を願い無期懲役としたのに、死刑を 免れるために供述を一変させ、起訴事実を全面的に争った」と批判した。弁護側は即日、上告 した。 最高裁は06年6月、高裁が認めた情状酌量理由を「死刑を回避するには不十分」として1、2 審の無期懲役判決を破棄し、高裁に差し戻した。 判決によると、元少年は99年4月14日、光市のアパートに住む会社員、本村洋さん(32)方 に排水管検査を装って上がり込み、妻の弥生さん(当時23歳)を強姦目的で襲い、抵抗された ため手で首を絞めて殺害。長女夕夏ちゃんを床にたたきつけた上、首にひもを巻き付けて絞殺 した。 元少年は差し戻し審で弥生さん殺害について、「甘えたい気持ちで抱きつき、反撃され押さえ つけたら動かなくなった」とし、夕夏ちゃん(同11カ月)について「泣きやまないので抱いてあや していたら落とした。首を絞めた認識はない」と述べた。 供述を変えた理由については、「自白調書は警察や検察に押し付けられ、1、2審は弁護人が 無期懲役が妥当と判断して争ってくれなかった」とした。 判決は「弁護人から捜査段階の調書を差し入れられ、『初めて真実と異なることが記載されて いるのに気づいた』とするが、ありえない」と、元少年の主張を退けた。 また、弥生さんの殺害方法について元少年が「押し倒して逆手で首を押さえているうちに亡く なった」としたのに対しても「困難と考えられ、右手で首を押さえていたことを『(元少年が)感触 さえ覚えていない』というのは不自然。到底信用できない」とした。夕夏ちゃん殺害についても、 「供述は信用できない」と否定した。 また、元少年が強姦行為について「弥生さんを生き返らせるため」としたことについて、「荒唐 無稽(こうとうむけい)な発想であり、死体を前にしてこのようなことを思いつくとは疑わしい」と 退けた。事件時、18歳30日だった年齢についても「死刑を回避すべきだという弁護人の主張 には賛同し難い」とした。 また、元少年の差し戻し審での新供述を「虚偽の弁解をろうしたことは改善更生の可能性を 大きく減殺した」と批判。「熱心な弁護をきっかけにせっかく芽生えた反省の気持ちが薄らいだ とも考えられる」とした。 2審の無期懲役判決を差し戻した死刑求刑事件は戦後3例目だが、他の2件は死刑が確定し ている。【大沢瑞季、安部拓輝、川辺康広】(以下、省略) 毎日新聞 2008年4月22日 東京夕刊」 「■解説:被害者2人「境界事例」で判断 量刑が最大の焦点になった差し戻し審で、広島高裁は結果の重大性を重視して極刑を選択 した。たとえ少年でも故意に複数の命を奪った事件は、積極的に死刑を適用すべきだとの司法 判断を明確に示したと言える。 06年6月の最高裁判決は、元少年が事件当時18歳30日だった点を「考慮すべき一事情に とどまる」とし、差し戻した。これに対し弁護側は、元少年の成育環境による未熟さを背景とする 偶発的事件と主張。1、2審で認めた殺意や強姦の意図を争い、高裁が弁護側の主張をどこま で認めるかが焦点となった。 最高裁は83年の永山則夫元死刑囚(97年執行)に対する判決で、死刑選択の判断基準とし て9項目を挙げた。判例をみると被害者の数が重要な要素とされるが、明確な基準はなく、 被害者2人の場合は、判断が分かれる「境界事例」だった。更に、永山判決以降、被告が少年 の事件で死刑判決が確定したのは2件だけで、いずれも被害者は4人だ。 高裁が従来の量刑判断から大きく踏み出した背景として、来年始まる裁判員制度を前に「死刑 基準を明確化したもの」と指摘する専門家もいる。厳罰化世論が高まる中、死刑に慎重である べき少年事件で示された判決は、量刑を巡る議論に一石を投じるものだ。【安部拓輝、大沢瑞季】 毎日新聞 2008年4月22日 東京夕刊」 |
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(2) 日経新聞平成20年4月22日付夕刊18面 「光市母子殺害 死刑判決 少年への厳罰化 後押し 「精神的成熟求めず」 犯行当時18歳の少年だった被告(27)を死刑とした広島高裁の差し戻し控訴審判決は「少年法 は死刑適用について精神的成熟度や矯正可能性などの要件を求めていない」と指摘した。死刑 を回避すべき事情の有無について高裁は、最高裁が1983年に示した「永山基準」を踏襲している が、今後、少年への厳罰化の流れを後押しする判断といえそうだ。 最高裁は「連続4人射殺事件」の永山則夫元死刑囚(97年執行)に対する83年7月の判決で、 死刑適用の判断基準を示している。 永山判決は、 <1>犯行の罪責<2>動機<3>殺害方法の執拗(しつよう)性や残虐性<4>殺害された被 害者の数<5>遺族の被害感情<6>社会的影響<7>犯行時の年齢<8>前科<9>犯行 後の情状 ――を挙げ、死刑選択が許されるのは「罪責が重大で、極刑がやむを得ない場合」とした。 この日の判決は「永山基準」を踏まえ、死刑を回避すべき事情の有無を判断。18歳1ヶ月という 年齢は「量刑上十分に考慮すべきだ」と指摘し、被告について「精神的成熟度は低い」とした。 しかし18歳未満への死刑適用を禁じた少年法51条について、「形式的基準を設けているが、 精神的成熟度などの要件は求めていない」と指摘。(18歳以上の)年長少年について精神的に 未成熟で矯正可能性が証明されれば死刑を回避すべきだ、との弁護側の主張について「賛同し がたい」と判示した。 死亡した被害者が2人という点についても「結果は極めて重大」とした。 最高裁によると、66年以降、犯行時少年だった被告の死刑確定は9人。ただし、永山判決以降 は千葉県市川市の一家4人殺害事件の犯行時19歳の元少年だけ。永山元死刑囚も犯行時19歳 で被害者は4人だった。 一方、2人が殺害されるなどしたアベック殺人事件の犯行時19歳の少年に対する96年の名古屋 高裁判決(確定)は、更生可能性や反省の態度を挙げ、死刑とした1審判決を破棄して無期懲役 に減刑した。 被害者が2人の殺害事件では成人でも無期懲役となることが多く、「犯行時少年」で「被害者2 人」なら無期懲役、というのが従来の判例の考え方だったともいえる。 このため、光市の事件の1審判決は、犯行時18歳1ヶ月という被告の年齢と被害者2人という点 について、死刑とした従来の判例とは「著しい差異がある」と指摘し、死刑回避の理由の1つと 判断。2審もこれを支持した。 しかし被害者2人で、犯行時18歳の被告に死刑を言い渡したこの日の判決は、少年事件の場 合に一般成人の責任能力とは異なる「少年の責任能力」という概念を前提とした弁護側の主張を 「独自の見解」と切り捨て、死刑適用の年齢を定めた少年法の規定を「形式的基準」と言い切って おり、少年への死刑適用のあり方に一石を投じそうだ。」 「<判決骨子> 一、1審判決を破棄し、被告を死刑に処する 一、差し戻し控訴審での新供述は不自然、不合理だ 一、1審判決が認定した事実に誤認はない 一、犯行時18歳になって間もなかったことなどは、死刑を回避する特に酌量すべき事情とまでは いえない。被告は反省心を欠いている 一、責任は誠に重大で、極刑はやむを得ないというほかない」 |
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(3) 朝日新聞平成20年4月23日付朝刊35面 「母子殺害に死刑 「不当判決で厳罰化加速」弁護団が批判 2008年04月22日23時08分 山口県光市の母子殺害事件の差し戻し控訴審で、広島高裁が被告の元少年(27)に死刑を 言い渡したことを受け、弁護団は22日午後、記者会見し、「極めて不当な判決だ」と述べた。 また、閉廷後に面会した元少年の様子について「至って冷静だった。僕らの方が冷静じゃなかっ た」と語った。 主任弁護人の安田好弘弁護士は「専ら捜査段階の供述に信用性を置き、客観的証拠や (鑑定などの)専門的知識による供述の見直しが行われることは一切なかった」と判決を批判。 さらに「死刑はやむを得ない時だけ適用するという従来の考え方から、凶悪な事件はまず原則と して死刑とする考え方に転換してしまった。『疑わしきは被告人の利益に』の哲学と全く反してい る」と述べ、判決をきっかけに厳罰化が加速するとの考えを示した。 主張が認められなかった理由については「証拠が不足していた。なぜ、この時期に新供述が 出てきたのか、裁判所にわかるよう具体的に出すべきだった」と説明。上告書を出したのは閉廷 直後。「正しい判決を出すよう強く求めていきたい」と述べた。 元少年には山崎吉男弁護士ら4人が面会した。報道機関に言いたいことはないか尋ねると 「今まで自分が述べてきたことで、記憶違いがあるかもしれないけど、すべて自分にとって真実」 と話したという。また、これまでと同じように、遺族に対し判決にかかわらず一生謝罪を続けたい と語ったという。 ◇ 弁護団会見の主なやり取りは次の通り。 ――上告した理由は 判決は著しく正義に反する。事実を誤認し、量刑も不当だ。また、従来の判例(永山基準)を 逸脱している。 ――なぜ起訴から6年半で元少年の供述は変わったのか 裁判所は「最高裁の弁論期日が入り、死刑を回避するために虚偽の供述をした」としているが、 被告人が初めて新供述を語ったのは、期日が入る2年前、教誨(きょうかい)師に対してだった。 話せる相手には、ずっと前から話していた。裁判所は前提を間違っている。 ――犯行時18歳の元少年に死刑が言い渡されたことで、今後考えられる影響は この事件は、厳罰化のために使われたと言える。従来は、「やむを得ないときだけ適用が許さ れる」のが死刑という刑罰だった。しかし、この事件以降は、凶悪な事件は「原則死刑」となって いる。今回の判決で、厳罰化はますます加速するだろう。 ――元少年の利益を考えれば、事実認定を争わなくてもよかったのでは それは弁護士の職責としてあり得ない話だ。真実を出すことで初めて、(被告人に)反省と贖罪 (しょくざい)が生まれると思っている。もちろん、悩みながら活動してきたし、全面的に正しいとは 思わない。もっと証拠を出すべきだったし、なぜ供述が変わったのかを、もっとわかりやすく説明 すべきだったという反省もある。しかし、弁護団で議論し、(事実認定を争う方針が)一番正しい という自信を持ってやってきた。 ――今後、少年にどう生きてほしいと思うか (贖罪などの)被告人の目標がしっかりしていれば、自暴自棄に陥ることはない。弁護団として、 彼の気持ちや、やりたいことを思い切り支えようと思う。」 |
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2.これらの記事で、広島高裁判決の問題点が明らかになっていると思います。 (1) まず、最初に挙げられるのは、「刑事弁護に対する著しい軽視の姿勢」です。 イ: |
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「「熱心な弁護をきっかけにせっかく芽生えた反省の気持ちが薄らいだとも考えられる」 とした。」(毎日新聞) |
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刑事弁護において弁護人が被告人の話を十分に聞いて弁護を行うことは、弁護人の任務上、 当然のことです。「弁護人の任務とは、依頼者である被告人に誠実に尽くすこと、すなわち、 誠実義務にほかならない」(佐藤啓史「展開講座 刑事弁護の技術と倫理」法学教室297号99頁) のですから、被告人の話を聞くことなく、被告人の不服を無視することは、誠実義務に反すること になります。 被告人が殺意を否認し、それに沿った鑑定書もあるばかりか、逮捕直後の取調べ、少年鑑別所 や家庭裁判所においても、殺意の否認を示唆するような発言をしていたのです。そうであれば、 もし、差し戻し控訴審において、これらの事実を無視した刑事弁護をしていたのであれば、誠実義 務に違反することは明白でした。 広島高裁は、被告人が殺意を否認している書面を読んでいるはずなのに、「熱心な弁護をきっか けにせっかく芽生えた反省の気持ちが薄らいだ」として、誠実義務を事実上、否定するのです。 裁判所は「最高裁の弁論期日が入り、死刑を回避するために虚偽の供述をした」としていますが、 「被告人が初めて新供述を語ったのは、期日が入る2年前、教誨(きょうかい)師に対してだった」 (朝日新聞)のです。そして、被告人は、逮捕直後の取調べ、少年鑑別所や家庭裁判所で、殺意の 否認を示唆するような発言をしていたのです(捜査官は、「被害者が死亡しているのに何を言うか」 と一喝されてしまい、被告人は殺人と傷害致死とで罪に違いがあると知らなかったこともあって、 殺害の故意についての発言を止めてしまいました。現代人文社編集部編『光市事件裁判を考える』 151頁)。 少年事件での捜査では、少年は、大人たち(取り調べを担当した警察官・検察官)の思い込みや 威迫に影響されやすく、少年の自白調書の信用性の判断は慎重さが必要です。そんなことも無視 し、広島高裁は、差戻し控訴審での被告人の供述に対しては、客観的証拠に反してでも否定して いるのです。 そのため、弁護団は次のように批判しています。 |
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「主任弁護人の安田好弘弁護士は「専ら捜査段階の供述に信用性を置き、客観的証拠や (鑑定などの)専門的知識による供述の見直しが行われることは一切なかった」と判決を 批判。」(朝日新聞) 「「客観的事実に基づかない極めて不当な判決」。……安田好弘主任弁護人は「捜査段階の 自白に信用性を置き、その後の供述は、過去に自白をしていないとの理由だけで排斥し た。証拠の評価法が基本的に間違い」と強調。死刑回避を図ったとする指摘には「被告は 自分のやったことを正確に、有利不利を問わずに話した。被告の態度と心を見誤った」とした。 井上明彦弁護士は「こんな不合理な判決を出す裁判所がある限り、被告は争うことが できない。事実を争っただけで反省の気持ちがないと断じられ、死刑になってしまう」と 涙ぐんだ。」(中国新聞'08/4/23「弁護団「極めて不当」 新供述不認定 激しく抗議」) |
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弁護人としては、ごくごく当然の主張であるといえます。 ロ:刑事弁護への理解の欠如は他にも見受けられます。 例えば、 |
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「「21人の弁護団がついたことで、(被告は)刑事責任が軽減されるのではないかと期待した。 芽生えていた反省の気持ちが薄らいだとも考えられる」と弁護団の存在が元少年に不利な状況 を招いた可能性を示唆した。」(毎日新聞平成20年4月23日付朝刊3面「クローズアップ2008:光母子殺害、 元少年に死刑判決 刑厳罰化に沿う」) |
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点が挙げられます。 広島高裁は、21人の弁護団がいたおかげで極めて迅速な審理がなされたことを、すっかり忘 却してしまっているのです。広島高裁が、いかに刑事弁護を軽視し、弁護人の立証なぞ殆ど聞い ていなかったことがよく現れている部分です。 ハ:次の点も、刑事弁護軽視の態度がよく現れています。 |
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「判決は末尾部分で最高裁が2年前、審理を差し戻すにあたって「犯罪事実は揺るぎなく認め られる」と述べたことに言及し、「今にして思えば、弁解をせず、真の謝罪のためには何をすべき かを考えるようにということを示唆したものと解される」と述べた。にもかかわらず「虚偽の弁解」 を繰り広げたことで「死刑回避のために酌むべき事情を見いだす術(すべ)もなくなった」という のが判決が示した論理だった。」(朝日新聞平成20年4月23日付朝刊2面「時時刻刻」欄・「変わるか、死刑の 臨界点 光市母子殺害」) |
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要するに、被告人はひたすら反省をすればよいのであって、刑事弁護も「情状弁護」だけを やっていればよく、真相究明などと無意味なことはするなということです。 当然ながら、弁護団は、そんな広島高裁に対して批判しています。 |
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「主任弁護人の安田好弘弁護士は記者会見で「犯罪事実が違っていては真の反省はできない。 死刑事件では反省の度合いより、犯行形態や結果の重大性が重視されてきた。反省すれば 判断が変わったというのか。高裁の指摘は荒唐無稽(こうとうむけい)だ」と批判。別の弁護士も 「こんな判決が出るようでは、事実を争うことがリスクになってしまう」と語り、天を仰いだ。」 (朝日新聞平成20年4月23日付朝刊2面「時時刻刻」欄・「変わるか、死刑の臨界点 光市母子殺害」) |
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弁護人の任務は、「依頼者である被告人に誠実に尽くすこと、すなわち、誠実義務にほかならな い」のですから、被告人の主張や犯罪事実と異なる主張はできないのです。ですから、弁護人の 任務上、事実を争わずに「謝罪」だけをしていればすむわけではないのです。 もっとも、本村洋さん(32)は判決後の記者会見で「最後まで事実を認めて誠心誠意、反省の 弁を述べてほしかった。そうしたら、もしかしたら死刑は回避されたかもしれない」と語っています。 確かに、被告人や弁護人が、差し戻し控訴審中、ひたすら謝罪していれば被害者遺族としては 喜んだことでしょう。(本村さんは、真相を知りたいといいつつ、結局は「誠心誠意、反省して死ね」 ということですから、なんとも言えない気分になります) しかし、特に、「死刑事件では反省の度合いより、犯行形態や結果の重大性が重視されてきた」 のですから、反省の弁を述べても「死刑は回避され」ることはないのです。福岡高裁は、謝罪を しても死刑を回避しないと分かっているのに、謝罪すれば死刑を回避できたかもしれないと一瞬思 わせるような判示をして、お為ごかしを述べて見せたのです。まったく愚にもつかない判示です。 ニ:一部メディアは死刑を求める大合唱の場でした。また、殺意を否認した弁護団に対する攻 撃も異常でした。弁護人として、憲法上、求められる義務・任務を行っているだけであるのに、 「被告を死刑にできないなら弁護人らを銃で処刑する」といった脅迫をすることまでする者まで 現れるほど異常でした。 そればかりか、タレント弁護士の橋下氏がテレビ番組で攻撃を煽る発言を行い、弁護士会に対 して全く根拠のない懲戒請求が殺到しました。(結局、今まで弁護士会が出している判断は、 すべて懲戒理由なしというものでした) 広島高裁の判断は、こんなメディアや一部世論による「刑事弁護に対する異常な批判」に影響 を受けたかのようです。(もちろん、最高裁の影響も大きいでしょう) ホ:被告人や弁護団を一方的に非難するテレビ番組が相次いだことは、特に指摘しておく必要 があります。そのため、4月15日、「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の放送倫理検証委員会 は、「番組の多くが極めて感情的に制作され、偏った内容になっていた」などと指摘、各局に裁判 報道の改善を求める意見を通知しました。 それを受けて、4月22日の裁判報道はおおむね冷静に報道したようですが(「東京新聞平成20年 4月23日付朝刊17面【放送芸能】欄「光市の母子殺害 死刑判決 各局、冷静に速報」参照)、「報道ステーショ ン」は相変わらず感情的な報道を繰り広げ、古館氏は、放送倫理検証委員会による改善 要求など、まるで無視した態度でした。(元検事の弁護士による解説は検事の意見そのもので あり、まるで刑事弁護を理解していないので、世間に与える弊害が大きい。 |
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「テレ朝の君和田正夫社長は二十二日の定例会見で「意見は重い内容を含んでいる」と述べ、 十六日に報道局ディレクターらを対象に研修会を行ったことを明らかにした。」(「東京新聞平成20年 4月23日付朝刊17面【放送芸能】欄「光市の母子殺害 死刑判決 各局、冷静に速報」) |
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研修会を行っていても「報道ステーション」はまるで無視ですから、無意味な研修会でした。 これがテレビ朝日の姿勢ということなのだと思います。(「ニュース23」が最も冷静な報道であり、 賞賛に値します) へ:これでは、「有罪ありき」で刑事弁護はまるで無意味です。多くの弁護人が言っている ように、捜査段階で自白してしまったらその時点でもう「おしまい」なのです。そのことをよく知らし めてくれた判断でした。 (2) 有罪率99.9%の刑事裁判では、起訴事実と異なる主張を受け入れてもらえる余地は ほとんどありません。周防正行監督の映画『それでもボクはやってない』は、痴漢冤罪事件を描 いたものでしたが、そのモデルとなった事件で被告人となってしまった方は、インタビューに 次のように述べています。 |
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「――最後に、冤罪事件をなくすには何が一番重要でしょうか。 孝:警察・検察がデタラメなことをしているのが悪いのはもちろんですが、一番反省して欲しいのは 裁判所です。本来、警察や検察の嘘を見抜かなければならないのに、それができていない。裁判 所への怒りは、今も大きなものがあります。 裁判所がきちんと証拠にもとづいた判断を行えば、検察もいい加減なことでは有罪立証ができ ないことになり、真剣に捜査するようになるのではないでしょうか。「疑わしきは罰する」になってし まっている現状の裁判では、冤罪はなくならないと思います。」(冤罪File01号「西部新宿線事件 無罪判決でも取り戻せない――失った2年間」29頁) |
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広島高裁のような態度では、裁判は有罪認定のための儀式にすぎず、今後も冤罪は決して なくなることはないだけでなく、冤罪事件は激増していくに違いありません。広島高裁は、「疑 わしきは罰する」になってしまっている現状に輪をかける判断を示したのですから。 3.広島高裁の問題点としては、「少年法に対する著しい軽視」という点があります。 (1) 光市事件判決である最高裁平成18年6月20日判決は、少年法に関して、次のように判示 していました。 |
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「少年法51条(平成12年法律第142号による改正前のもの)は,犯行時18歳未満の少年の 行為については死刑を科さないものとしており,その趣旨に徴すれば,被告人が犯行時18歳に なって間もない少年であったことは,死刑を選択するかどうかの判断に当たって相応の考慮を 払うべき事情ではあるが,死刑を回避すべき決定的な事情であるとまではいえず,本件犯行の 罪質,動機,態様,結果の重大性及び遺族の被害感情等と対比・総合して判断する上で考慮す べき一事情にとどまるというべきである。」 |
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要するに、「死刑を回避すべき決定的な事情」ではないと結論付けながらも、被告人が18歳1ヶ 月であるため、少年法の趣旨からして「死刑を選択するかどうかの判断に当たって相応の 考慮を払うべき」としているのです。しかし、広島高裁は異なる理解を示しました。 |
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「光市の事件の1審判決は、犯行時18歳1ヶ月という被告の年齢と被害者2人という点について、 |
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ここまで、少年法の規定を軽視するとなれば、最高裁判決とも合致しないのですから、むしろ、 広島高裁の判断の方が「独自の見解」といえるのです。被告人について「精神的成熟度は低い」 と認定してはいるものの、結論にはまるで影響しておらず、それは単なるお為ごかしにすぎない のです。とても妥当な判断とはいえません。 (2) 最高裁は1983(昭和58)年の永山則夫元死刑囚(97年執行)に対する判決で、死刑選 択の判断基準として、 <1>犯行の罪責<2>動機<3>殺害方法の執拗(しつよう)性や残虐性<4>殺害された被害 者の数<5>遺族の被害感情<6>社会的影響<7>犯行時の年齢<8>前科<9>犯行後の 情状――を挙げ、死刑選択が許されるのは「罪責が重大で、極刑がやむを得ない場合」としてい ます。そして、少年事件(少年法3条:裁判を受けるとき20歳未満である少年では、少年の特性に 配慮した事件処理をしなければならない)については、特別の配慮を示していました。 |
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「最高裁によると、66年以降、犯行時少年だった被告の死刑確定は9人。ただし、永山判決以降 は千葉県市川市の一家4人殺害事件の犯行時19歳の元少年だけ。永山元死刑囚も犯行時19歳 で被害者は4人だった。 一方、2人が殺害されるなどしたアベック殺人事件の犯行時19歳の少年に対する96年の名古屋 高裁判決(確定)は、更生可能性や反省の態度を挙げ、死刑とした1審判決を破棄して無期懲役に 減刑した。 被害者が2人の殺害事件では成人でも無期懲役となることが多く、「犯行時少年」で「被害者2人」 なら無期懲役、というのが従来の判例の考え方だったともいえる。」(日経新聞) |
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最高裁平成18年6月20日判決は、「罪責が重大であれば、原則死刑」とする新たな死刑基準 を示したともいえるものであったことは確かですし、少年事件に対する従来の死刑基準からは逸脱 するものとの判断も十分に可能でした。それでも、少年法の趣旨からして「死刑を選択するかどう かの判断に当たって相応の考慮を払うべき」との姿勢はぎりぎり保っていたのです。しかし、広島 高裁は、これらの事情をまるで無視し、「従来の量刑判断から大きく踏み出した」(毎日新聞)ので す。 ですから、弁護団は次のように述べているのです。 |
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「――上告した理由は 判決は著しく正義に反する。事実を誤認し、量刑も不当だ。また、従来の判例(永山基準)を逸脱 している。」(朝日新聞) |
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十分に理解できる批判であるように思います。 4.今後の影響について、弁護団は次のように述べています。 |
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「――犯行時18歳の元少年に死刑が言い渡されたことで、今後考えられる影響は
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広島高裁は、躊躇なく「従来の量刑判断から大きく踏み出した」(毎日新聞)のですから、より 一層厳罰化が進むことになります。特に、少年事件では厳罰化が進むことになるでしょう。広島 高裁のように、刑事弁護軽視の態度では、どんなに冤罪であっても無罪にならず、多数の事件 で厳罰に処せられてしまうのは必然といえそうです。 |
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「死刑判決が出たことで、世の中にはホッとしたり、スッとした人もいる」でしょうし、ひたすら厳罰 化を突き進むことをよしとするのが今の日本の世論でしょう。 しかし、被告人は子供のころに苛烈な虐待を受けていましたが(暴力はもちろん、家裁での記録 には、小学校に入学式の日に足蹴りにされた、足を持って風呂桶に逆さまに顔を付けられたとの 記録がある)、その酷い虐待は増加しているともいえるのですし、児童相談所はその所員の人数 が足りず、あまり虐待防止に役立っていないのが現状です。そんな現状を十分に見直さなければ 元を断つような対策にならないのに、ひたすら発生してしまった犯罪の厳罰化を行うのは、愚かな 振る舞いであるように思うのです。 世論や裁判所にみられる、過剰なまでの「厳罰化」と、感情論で裁判を判断するだけで「刑事弁 護の無理解・軽視」の意識。日本社会は、ますます荒んだ意識が蔓延していくことになりそうです。 |
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2008/04/24 up(来栖) | ||
関連; 所謂事件名『光市母子殺害事件』差し戻し控訴審判決文要旨 光市母子殺害事件【死刑判決で弁護団記者会見】 平成10年刑(わ)第3464号 強制執行妨害被告事件 「光市母子殺害事件」毛利甚八・綿井 健陽 |
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「広島高裁判決の問題点について検討」引用記事 |
中国新聞'08/4/23「弁護団「極めて不当」 新供述不認定 激しく抗議 弁護団「極めて不当」 新供述不認定 激しく抗議 '08/4/23 「客観的事実に基づかない極めて不当な判決」。被告の新供述をほぼ「虚偽の弁解」と断じた 二十二日の死刑判決。広島市中区の弁護士会館で会見した弁護団は「真実でしか被告は反省 できない」などと激しい抗議の声を上げた。 二十一人のうち十八人が出廷。安田好弘主任弁護人は「捜査段階の自白に信用性を置き、 その後の供述は、過去に自白をしていないとの理由だけで排斥した。証拠の評価法が基本的に 間違い」と強調。死刑回避を図ったとする指摘には「被告は自分のやったことを正確に、有利不利 を問わずに話した。被告の態度と心を見誤った」とした。 井上明彦弁護士は「こんな不合理な判決を出す裁判所がある限り、被告は争うことができない。 事実を争っただけで反省の気持ちがないと断じられ、死刑になってしまう」と涙ぐんだ。 判決は、安田弁護士らに対して一、二審と違う供述を始めた点を疑問視した。安田弁護士は 「われわれより先に教戒師に話している。この事実を無視して供述を変えたとするのは前提が 間違い」と反論した。 最高裁判決を真の贖罪(しょくざい)のために何をするか被告に考えるよう示唆したと解釈した点 には「正確な事実を見直していく中でしか反省はできない。事実と違うことで反省はできない」と 話した。 「被告の利益を考えた時、新事実をあえて出さない方法もあったのでは」との質問には「職責と してあり得ない」とはねつけた。不可解ともとれる被告の発言は、弁護活動への批判も招いた。 安田弁護士は「悩みながら活動をしており、全面的に正しいとは思っていない。判決で基本的な 弁護が間違っていたとは思わないが、もっと証拠を立証するべきだった」と述べた。(久保田剛) |
毎日新聞平成20年4月23日付朝刊3面 「クローズアップ2008:光母子殺害、元少年に死刑判決 刑厳罰化に沿う」 山口県光市の母子殺害事件差し戻し控訴審で広島高裁が22日、当時18歳の元少年(27)に 言い渡した死刑判決は、刑の厳罰化の流れに沿ったともとれる内容となった。死刑の「境界事例」 とされる被害者2人の事件でも、「特に酌量すべき事情がない」限り、少年でも死刑になる可能性 を示した点には、死刑のハードルを下げたとの見方もある。来年5月からは裁判員制度が始まり、 一般市民でも死刑の適用の判断を迫られるようになる。【川辺康広、田倉直彦】 ◇「裁判員」にも影響 「死刑制度がある以上、当たり前の判断。無期を選んでいたこれまでの判決の方が量刑基準を 変にとらえていたのではないか」。ある法務省幹部は話す。判決は、犯行の悪質さが大きければ、 年齢や犠牲者数にかかわらず死刑を適用する意思を明確に示した。 1、2審判決は永山基準に照らしつつ、被害者が2人だったことや、殺害に計画性がないこと、 少年の更生可能性を重視して無期懲役とした。一方、最高裁判決は「強姦(ごうかん)を計画し、 反抗抑圧や発覚防止のために殺害を決意して実行し、所期の目的を達成している」と指摘、計 画性はなくとも死刑回避の理由にならないとした。 差し戻し審判決もこの判断を踏襲した。「罪刑の均衡の見地からも、一般予防の見地からも極 刑はやむを得ない」と結論付けた。 検察側は97〜98年、死刑求刑に無期判決が出た被害者1〜2人の計5事件で、「連続上告」 をした。死刑判決が出たのは1件で、残り4件は上告棄却だった。今回の事件も、検察が「死刑」 にこだわった数少ない事件だった。 渥美東洋・京都産業大法科大学院教授(刑事法)は「死刑と判断した一番の理由は、殺害態様 の残虐性だ。永山基準に照らして検討した結果、何の落ち度もない赤ちゃんを床にたたきつけて 殺害したことや、殺害後に姦淫(かんいん)行為に及んだことなど、通常では考えられない犯行の 残虐さを重くみた。反省もみられず、軽減理由もゼロだった」と分析。「殺害の残虐性が高い場合 は、18歳以上であれば死刑は回避できないという基準を示した」と、他の裁判にも影響が及ぶこ とを指摘する。 一般市民が重大裁判に参加する裁判員制度が来年5月に始まる。ある検察幹部は「裁判員制 度は、ごく普通の市民感情をいかに判決に反映させるかが課題になる」と指摘する。その上で、 元少年が差し戻し審で展開した新供述が世論の反発を受けた点が「高裁の判断の一助になった はず」とみる。 ◇上告棄却の公算 弁護団が上告したことで、審理は再び最高裁に戻る。だが、高裁に審理を差し戻した経緯から、 弁護団が最高裁で死刑を覆すのは極めて困難な情勢だ。 日本大法学部の船山泰範教授(刑法・少年法)は「弁護団の主張がこれだけ退けられれば、上 告審は相当厳しい」と指摘。弁護団の戦術として、「最高裁が83年に示した死刑の判断基準(永 山基準)から外れた判決と主張することも可能」とみる。 一方、あるベテラン裁判官は「今回の事件は死刑と無期懲役の境界事例だったが、判決はあく までも永山基準に照らして判断しており、基準を変更したものではない」と分析、判例違反を主張 しても棄却される可能性が高いとの見方を示す。 元裁判官の秋山賢三弁護士は高裁の判断について「最高裁の判決に拘束される差し戻し審と いうことで、死刑を宣告するしかなかったのだろう」と見る。 ◇弁護団戦術裏目に 一転し殺意否認、世論の反発招く 1、2審で認めていた殺意を一転して否認し、元少年の新供述を基に起訴事実を全面的に争っ た弁護側の戦術は完全に裏目に出た。元少年の「ドラえもんが何とかしてくれる」「精子を入れる のは生き返りの儀式」などの言葉は、世論の激しい反発すら招いた。 判決は新供述について、「虚偽の弁解を弄(ろう)したことは改善更生の可能性を大きく減殺し た」と批判。「21人の弁護団がついたことで、(被告は)刑事責任が軽減されるのではないかと 期待した。芽生えていた反省の気持ちが薄らいだとも考えられる」と弁護団の存在が元少年に 不利な状況を招いた可能性を示唆した。 法務省幹部も「弁護方針が正しかったのだろうか。結局、普通の人間が聞いてどう思うかだ。 明らかにおかしかった」と指摘する。 なぜ、弁護団はこのような戦術をとったのか。昨年10月までメンバーだった元弁護人は「本来 なら法廷で出す必要のない言葉。世間では弁護団がストーリーを言わせていると思われている が、被告をコントロールしようと思っても無理」と明かし、ありのままの被告を見てもらう弁護方針 だったと話す。 主任弁護人の安田好弘弁護士は「もっと証拠を出すべきだったなどの反省点はあるが、歴史に 堪えうる弁護だった。(事実を隠し、情状だけ主張するのは)弁護士の職責として、成り立たない。 真実を出すことで(被告に)本当の反省が生まれる」と、正当性を主張した。 専門家の間には、少年事件の弁護の難しさを指摘する声もある。 加害少年のケアに取り組む精神科医は「事件を起こしたり被害を受け傷ついた場合、状況の変 化や与えられた情報によって発言が変わる可能性がある」と指摘し、「少年事件では事件直後の 証言の記録が重要だ」と提言する。別の臨床心理士も「発生から8年が過ぎた公判で、過去の精 神状態についての証言が本当に真実を語っているかを確かめるのは難しいだろう」と話す。 |
朝日新聞平成20年4月23日付朝刊2面 「時時刻刻」欄・「変わるか、死刑の臨界点 光市母子殺害」 2008年04月22日23時32分 22日に言い渡された山口県光市の母子殺害事件の控訴審判決で、元少年に対する量刑は 死刑に変わった。判決は、従来の死刑適用基準のあり方が変わってきたことを印象づける内容。 約1年後に始まる裁判員制度のもとでは、死刑が増えるのではないかという見方も広がっている。 ■「ウソの弁解」 「彼は犯罪事実を認めて謝罪し、反省していた。それを翻したのが一番悔しい」。妻と幼い娘を奪 われた本村洋さん(32)は判決後の記者会見で語った。「最後まで事実を認めて誠心誠意、反省 の弁を述べてほしかった。そうしたら、もしかしたら死刑は回避されたかもしれない」 「犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑を免れようと懸命になっているだけ」。22日の 広島高裁判決は、上告審で弁論期日が指定されて「死刑」の可能性が高まった後で、起訴から6 年半もたって全面的に争う姿勢に転じた元少年の態度をそう評価した。「反社会性の増進を物語っ ている」とまで言い切り、「反省心を欠いている」と断じた。 また、判決は末尾部分で最高裁が2年前、審理を差し戻すにあたって「犯罪事実は揺るぎなく認 められる」と述べたことに言及し、「今にして思えば、弁解をせず、真の謝罪のためには何をすべき かを考えるようにということを示唆したものと解される」と述べた。にもかかわらず「虚偽の弁解」を 繰り広げたことで「死刑回避のために酌むべき事情を見いだす術(すべ)もなくなった」というのが 判決が示した論理だった。読み方によっては、上告審の途中でついた弁護団の「戦術」が不利な 結果を導いたとも受け取れる。 しかし、弁護団は判決後もあくまで「真相」にこだわった。主任弁護人の安田好弘弁護士は記者 会見で「犯罪事実が違っていては真の反省はできない。死刑事件では反省の度合いより、犯行形 態や結果の重大性が重視されてきた。反省すれば判断が変わったというのか。高裁の指摘は荒 唐無稽(こうとうむけい)だ」と批判。別の弁護士も「こんな判決が出るようでは、事実を争うことが リスクになってしまう」と語り、天を仰いだ。 大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件(01年)で死刑が執行された宅間守・元死刑囚の主任 弁護人として「情状弁護」に徹した戸谷茂樹弁護士も「事実を争ったことが死刑とする絶好の理由 とされた」という。「ただ、被告人の主張をなかったことにはできないのだから、弁護団を責めること はできない」と話した。 ■厳罰求める世論 今回の死刑判決は、来年5月に始まる裁判員制度にどんな影響を与えるのか。 最高裁が差し戻す判決を出したときに、「これまでの判例より厳しい」と感じた裁判官は多い。 「少年事件であるため死刑をちゅうちょしてきた裁判官には、重大な影響を及ぼすだろう。あとは、 裁判員がどう考えるかだ」とあるベテラン刑事裁判官は話す。 被告が少年であることは量刑にどう影響するか。最高裁の司法研修所が05年、国民にアンケー トしたところ、約25%が「刑を重くする要因」、約25%が「刑を軽くする要因」と答え、「どちらでもな い」が約50%だった。裁判官は9割以上が「軽くする要因」と答え、その違いが浮き彫りになった。 ただ、裁判員制度が始まると死刑判決が増えるかどうかは別の問題で、裁判官の間でも意見は 分かれる。 厳罰を求める世論に加えて、「被害者参加制度」も今年中に始まる。犯罪被害者や遺族が法廷 で検察官の隣に座り、被告や証人に直接問いただしたり、検察官とは別に「死刑を求めます」と 独自に厳しい求刑ができたりするようになる。このため、「死刑が増えるのでは」との見方がある 一方で、「やはり究極の刑を科すことには慎重になる市民が多いのでは」との意見も少なくない。 別のベテラン裁判官はこう話す。「『どんな場合なら死刑になる』と立法で定めるならともかく、 現行法では裁判員にとって分かりやすい基準をつくるのは難しい。結局は事件ごとに市民に真剣 に悩んでもらい、それが将来、新たな基準をつくっていくことになるのだろう」 死刑を執行する立場の法務省も世論を強く意識する。ある幹部は「裁判員制度の導入が決まっ たころはかえって死刑判決が減るとの見方もあった。だが、最近の報道や世論を見ていると、 どうも逆ではないかとも思う」と話した。 ■分かれる判断 今回の判決を専門家はどう受け止めたのか。 菊田幸一・明大名誉教授(犯罪学)は「永山基準が拡大されたかたちになり、影響は大きい」と 話す。 永山基準は83年に示された死刑適用の指標だ。(1)犯行の性質(2)犯行の態様(残虐性など) (3)結果の重大性、特に被害者の数(4)遺族の被害感情(5)犯行時の年齢――などの9項目を 総合的に考慮してきた。 83年以降、被告が犯行時に未成年だった事件で死刑が確定したのは3件(1件は一部の犯行 が成人後)で、いずれも殺害人数は4人だった。 元神戸家裁判事で弁護士の井垣康弘さんは「本来は永山基準に至らないケース。無期懲役に なると思っていた」。永山基準では、殺害人数が4人で殺害の機会もばらばらだったのに、今回は 「2人」で「同一機会」だった点に注目する。「この判決が確定したら、永山基準はとっぱらわれ、 死刑が増えるだろう」 死刑もやむを得ないという識者もいる。丸山雅夫・南山大法科大学院教授(少年法)は「『死刑を 回避するのに十分な、とくに酌むべき事情』について、弁護側は立証できなかった」と指摘する。 後藤弘子・千葉大大学院教授(同)は「基準自体が変わったのでなく、基準にあるどの項目を重 視するかが変わってきた」。(3)や(5)でなく、(2)や(4)を重くみた判決で、今後は無期懲役が 減り、死刑が増える可能性があるとみる。 最高裁の裁判官でも、死刑についての判断は分かれる。 2人を射殺した被告をめぐり、今年2月、最高裁第一小法廷の裁判官5人のうち、3人が無期、2 人が死刑を選んだ。才口千晴裁判官は「裁判員制度の実施を目前に、死刑と無期懲役との量刑 基準を可能な限り明確にする必要がある」との意見を述べた。 |
「東京新聞平成20年4月23日付朝刊17面 【放送芸能】欄「光市の母子殺害 死刑判決 各局、冷静に速報」 2008年4月23日 朝刊 山口県光市で起きた母子殺害事件の差し戻し控訴審で、広島高裁は二十二日、被告の元少年 に死刑判決を言い渡した。この裁判をめぐる一連の放送について「感情的に制作された」と指摘し た、「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の意見を踏まえ、テレビは判決をどう伝えたのか。 (近藤晶) 午前十時の開廷に合わせ、NHK、日本テレビ、TBS、フジテレビは、午前九時五十五分から特 番を編成。テレビ朝日も情報番組「スーパーモーニング」の時間枠を拡大して同時刻から「特番」 態勢で放送した。 ただ、裁判長が主文言い渡しを後回しにし、判決理由から述べたため、特番では、各局ともスタ ジオのキャスターらが裁判の経過や争点を解説。高裁前からの中継を交え、廷内での被害者遺 族や被告の様子などを伝えた。 死刑が言い渡されたのは午後零時二分。NHKは定時ニュースで、日テレ、TBS、テレ朝は生放 送の情報番組の中で速報した。「笑っていいとも!」を放送していたフジと海外ドラマを放送してい たテレビ東京は、ニュース速報のテロップを流した。 BPOの放送倫理検証委員会が、判決前の十五日に発表した意見は、これまでの一連の放送に ついて「『被告・弁護団』対『被害者遺族』という対立構図で描き、感情的に制作された」などと 指摘。「公正性・正確性・公平性の原則から逸脱し、視聴者の知る権利を大きく阻害する」と懸念を 示した。 審議対象となった番組は、昨年五−九月にNHK、民放キー局、読売テレビ、中国放送の八局で 放送されたニュースや情報番組など二十番組計三十三本(総時間7時間30分)。意見では、個別 の番組名は示されていないが、被告側の主張を「命ごいのシナリオ」と批判した番組などを例示。 司会者やコメンテーターが被告側を批判し、被害者遺族に共感する番組の数々を「集団的過剰同 調番組」と憂慮した。 委員の一人は「あまりに被害者側に偏り、裁判報道の前提が抜け落ちていたという点で、ニュー ス番組も情報系番組も構造的な問題は同じ」と指摘する。 同委員会は十五日、各局に意見を通知、裁判報道のあり方を自主的に検証するよう求めた。 日テレの久保伸太郎社長は二十一日の定例会見で「真摯(しんし)に受け止め、文書で回答した い」と発言。 テレ朝の君和田正夫社長は二十二日の定例会見で「意見は重い内容を含んでいる」と述べ、 十六日に報道局ディレクターらを対象に研修会を行ったことを明らかにした。 二十二日の判決は、生ワイドの情報系番組でも中継を交え、長時間放送。審議対象となった TBS「ピンポン!」とテレ朝「ワイド!スクランブル」のほか、日テレ「情報ライブミヤネ屋」、TBS 「2時っチャオ!」も裁判報道に時間を割いた。 特番も情報系番組も全般的には事件経過や争点、少年事件の量刑基準など裁判全体の流れ を伝えようとする構成で、キャスターやコメンテーターらのコメントも比較的冷静だった印象だ。 ある番組では、被告の内面に迫ろうと拘置中の被告に記者が面会した時の内容を伝えるなど、 BPOの意見が生かされた面もあった。 しかし、一部番組では、事件の経過を説明するVTRなどで、モザイクをかけた元少年の顔写真 や過剰に感情移入したナレーションも見受けられた。こうした演出手法については議論が分かれ そうだ。 被害者遺族の本村洋さん(32)は、判決後の会見で「(死刑判決を)被告がどのように思ったか は分からない。そうした被告の心境や悔悟の弁をくみ取る報道機関があってもいいと思う」とも述 べた。 来年五月には裁判員制度がスタートすることもあり、BPOは来月三十日、事件報道や裁判報道 のあり方を議論するシンポジウムを開催する予定だ。 |
毎日新聞平成20年4月22日付夕刊10面 山口・光の母子殺害:差し戻し控訴審・死刑判決 死刑選択、評価別れ−−識者談話 ◇「永山基準沿う」「従来なら無期」 ◆規定厳格に適用−−沢登俊雄・国学院大名誉教授(少年法) 死刑制度がある以上、やむを得ない判決だ。更生可能性を指摘した1審、2審判決と違い、今回 は、残虐性や社会的影響などを考慮した点で永山基準に沿った判断といえる。最高裁は、死刑 選択を回避すべき「特に酌むべき事情」の有無を審理するよう差し戻したが、弁護側は殺意の否 認に転じ、反省の念がないことを表す格好となった。元少年の年齢についても、18歳以上であれ ば死刑を科すことを可能としている少年法の規定を厳格に適用したといえる。 ◆影響は限定的−−永田憲史・関西大学法学部准教授(刑事学) この事件は殺害の計画性のなさなどから、判例で形成されてきた従来の基準なら無期懲役で もおかしくない。判例変更には最高裁大法廷での審理が必要だが、この事件は小法廷で「量刑 が不当」と差し戻された。今回の判決が、今後の死刑求刑事件に与える影響は限られるだろう。 ただ、同じ事件で裁判所の量刑判断が分かれたことは望ましくない。裁判員制度の実施を控え 死刑の選択基準については法律で具体的に示すことを検討すべきだ。 ◆少年の死刑増える−−菊田幸一・明治大名誉教授(犯罪学) 今回の高裁判決は、少年への死刑の適用が今後増えるきっかけとなるだろう。そもそも、この 事件は被害者の数など従来の死刑適用基準からは外れている。しかし、最高裁は被害者感情を 中心とした世論に迎合し、死刑基準を変えないまま高裁に差し戻した。高裁は今回、最高裁の求 めに従ったに過ぎず、司法権の独立を放棄したに等しい。死刑廃止は国際的な流れであり、裁判 員制度の実施を前に、一人一人が厳罰化の是非を冷静に考えていくしかない。 ◆事件の記録残して−−漫画「家栽の人」原作者でメールマガジン「少年問題」編集長、 毛利甚八さん 判決は裁判官が独立して決めることなのでどうこう言えないが、判決文で、被告の成育歴など 事件の背景をきちんと認定し、記録として残すことが重要だ。死刑判決が出たことで、世の中には ホッとしたり、スッとした人もいるだろう。本当にそれでいいのか。被告は子供のころに虐待を受け ており、その時、児童相談所は機能したのか、国民一人一人が真剣に考えるべきだろう。 それが、奪われた被害者の命に対する社会の責任だ。 毎日新聞 2008年4月22日 東京夕刊 |