18床あるショートステイ施設は電気が消え、がらんと静まり返っていた。東京・世田谷の特別養護老人ホーム「博水の郷」。3月末に介護職員の2割にあたる8人が突然辞め、施設の一時閉鎖に追い込まれた。施設はフル稼働で数十人の待機者もいたが、他の施設をあっせんした。「背景には介護労働者の低賃金がある」と、施設長は話す。
介護の現場で異変が起きている。バブル崩壊後、高失業率と就職難が続く中、介護はITと並んで雇用を支える新しい分野と注目を浴びたが、低賃金と過酷な労働が夢と熱意を奪い、離職者が増えている。専門学校や大学では定員割れも起き、介護の現場では人材不足が深刻になっている。
現在、介護労働者は110万人いるが、05年の調査ではほぼ2割に当たる20万人が辞めた。離職率は他産業に比べてかなり高い。
厚生労働省によれば、要介護認定者は現在の410万人から10年後には600万人以上になり、これに伴って介護労働者も150万人前後が必要になる。大量離職が止まらなければ、介護制度の土台が危うい。
4月下旬、衆院で「介護従事者処遇改善法案」が全会一致で可決された。「来年4月までに、必要があると認める時は必要な措置を講じる」と、玉虫色の法案ではあるが、あえて一歩前進と言っておきたい。この中身をどう肉付けして、介護労働者の処遇を引き上げていけるかに介護の将来がかかっている。
資格を持ちながら働いていない潜在看護師、介護福祉士が75万人いるが、人材確保のためには賃金引き上げが必要だ。東京など都市部では介護人材が高賃金の企業に流れている。地域の経済状況などを賃金に反映させる方策も検討すべきだ。
介護分野は新しい産業で、年功制の賃金体系になっていない。長く勤めても賃金はあまり上がらず「収入が低く結婚できない」と退職する男性が多い。介護・福祉に従事する人たちも労働者であり、生活していかなければならない。あまり低い賃金水準だと人材は集まらない。また非正規社員が多い雇用形態も見直さないと、腰を据えた介護が難しくなる。
賃金引き上げには財源の議論をしっかりとしなければならない。税の投入や保険料の引き上げが避けられないが、国民に説明して納得してもらい、早急に処遇改善の手を打つべきだ。熱意を持って介護の仕事に就いた人たちが、夢を失わないような手だてを講じなければ、手遅れになる。
毎日新聞 2008年5月6日 東京朝刊