鳥居みゆきについて

発言や行動が、嘘か本当かわからない。また、
何をしでかすかわからないアブなさなどが魅力の鳥居みゆきについてだが、
鳥居みゆきの一番の魅力は、支離滅裂なクロストークだと思う。
面接形式で支離滅裂トークを披露したインターネット番組がブレイクのきっけかでもあった。
ブレイク後も、支離滅裂なトークを披露する企画が多い。
そして、それは彼女自身も得意な分野だと自負しているのであろう、
鳥居みゆき単独撮り下しDVD「ハッピーマンデー」内でも、
100の質問と題して、インタビュー形式の支離滅裂トークが企画されている。

私が、彼女の支離滅裂トークに感心する事として、まずは返しの「速さ」が挙げられる。
頭の回転の速さには目を見張るものがある。おもしろい言葉が瞬時に出てくる。
おそらく、大喜利などにも適していると思われる。
そして、それと同時に「引き出しの多さ」に感心する。
先に、返しの速さについて触れたが、返しの全てが即興のアドリブだとは思っていない。
基本は即興勝負なのだろうが、仮に、どうしてもという時のために、
あらかじめ、たくさんの言葉を持っている
「被害妄想」、「プラマイゼロ」、「石原伸晃」、「文豪ミニ」、「車両と車両の連結部分」、「勝負に勝って試合に負けた」、「サラダ味のお菓子」、「2時間前行動」、「蟹」、「バウムクーヘンだった」、「見えている事だけが真実じゃない」、「パチンコで隣の人んちに入れてしまう」、「頭だけはブレイクしてる」、「熊なんていません」…などなど。
これらは、ほんの一部。まだまだめちゃくちゃたくさんある。

実は、この引き出しの多さは芸人にとって、とても重要なことである。
間違って欲しくないのは、あらかじめ言葉を用意していなければ、
おもしろい返しができないということではないということ。
それに、前もって、おもしろい言葉を用意しておくことがカッコ悪い、
または卑怯と思う人もいるかもしれないが、それも違う。
「即興ボケ」と「用意したボケ」の両方で笑わせて行けばいいのだ。
また、「用意したボケ」を、それこそ即興のアドリブのように言えれば、それが技術でもある。
プロの芸人のトークは全てが即興かというと、そうではなく、
事前に、ある程度の返し言葉は用意しているものである。
「こうツッコまれたらこう返す」、「こう質問されたらこう回答する」、「このような展開になればこう持っていく」、「大喜利で困ったら、この言葉を使っておく」などなど。
実力のある芸人さんほど、用意している引き出しは多いものである。
ただ、その中でも鳥居みゆきの引き出しの豊富さは尋常ではない
そこに、彼女の笑いに対する努力や周到さ、貪欲さが感じられる。

また、鳥居みゆき独自の言葉・言い回しがある。
「いちばん好きー」、「アブい」、「フッフー」、「あーそうなんですかぁ」、「〜するだよ!」など。
こういったのも鳥居みゆきを形成し、人気のもとでもあるんだろうなと思う。

女性芸人の多くは、ブサイクキャラやデブキャラなどの「見た目」を売りにすることが多い。
私の周囲の人間に鳥居みゆきについての感想を聞くと、まず出てくるのが「怖い」である。
そう、やはり芸よりも先に、「見た目」に意識が向いてしまうようだ。
しかし、鳥居みゆきは、顔や体型などの見た目ではなく、
ネタやトークで勝負している芸人さんである。
白装束に身をまとい、熊のぬいぐるみやマラカスを持ち、
狂気な表情の鳥居みゆき自体はキャラクターであり、
まさに見た目を作っているのではあるが(厳密には「まさこ」というキャラらしい)、
じゃあ、キャラクター芸人なのかと言うと、そうではなく、
やはり中身で勝負している芸人である。
では、ネタやトークで勝負できるにも関わらず、なぜ、キャラに扮する必要があるのか?

(これは私が考えすぎなだけなのかもしれないが、)
私は「まさこ」を演じる鳥居みゆきに、とても哀愁を感じる。
と言うのは、鳥居みゆきはデビュー当時から、まさこだったわけではない。
自分の表現したいこと・おもしろいと思うことを素直に披露していたのだが、
デビューして8年間、日の目を見ることは無かった。
その結果、試行錯誤の末、苦肉の策、または、それまでの自分を捨てるため
「まさこ」になっているのでは?と感じるからだ。
まさこの背後に、それらの苦悩が垣間見れるため、そこに哀愁を感じる。
にしおかすみこを見て、誰も本当にSMの女王だとは思わない。
しかし、鳥居みゆきは本当に○○○○だと思わせる程に「まさこ」なのである。
あまりにもキャラとしては一貫されすぎているので、
鳥居みゆきの中に眠っていたはずの人格まさこが、
鳥居みゆき本体を飲み込んでしまうのではないかと、本気で心配になることもある。
だが、おそらく彼女にとって「まさこ」でいることは楽なんだとは思う。
全ての責任を「まさこ」に転換できるから。
それによって、彼女の中で非常に良いバランスが保てているのだと思う。
あとは、「まさこ」になることで芸人に変身しているのだとも思う。
まさこを演じ出した時期を良く知らないので、勝手な見解ではあるが、
まさこが生まれたのが結婚前後の時期だとした時、
プライベートと仕事に一線を引くための「まさこ」なのか?とも考えてしまう。
(う〜ん、やっぱり考えすぎか?)

ブレイクするまで芸歴は長く、また、ブレイクする前に結婚をしていた
私は、この結婚についても哀愁を感じる。
芸人として売れることに限界を感じたゆえの結婚だったのかもしれない、と。
女性芸人は、彼氏ができたり結婚してしまうと
芸が控えめになってしまうという事をよく耳にするが、
鳥居みゆきに至っては、それが一切感じられない。
いや、感じさせないと言った方が良いのだろうか。
そう、鳥居みゆきは「女」「私生活」、そういったものを一切見せない
特に「女」として見られることを嫌っているようにさえ見える。
余談だが、ダウンタウン松本さんはアイドル扱いされることを力いっぱい拒んだ。
そして笑いに生きた
若かりし大阪時代での声援は、ほとんどが「松ちゃん、カッコイイー!!」であった。
鳥居みゆきにも、それに似たようなものを感じる。
美人として見られること、アイドルとして見られることを力いっぱい拒む。
女性として見られることを精一杯拒んでいるように見える。
そして、笑いに生きている
笑いに対しての愛情、熱意、こだわりが感じられる。

しかしながら、ネタに関しては、その逆で、
「結婚」「出産」「恋愛」「家庭」に関するネタが多く
その点は非常に女目線なのではあるが、それ以上に「死」を扱うネタが多い。
この部分が、まさに鳥居みゆきだと感じる。
だが、それは過去のネタについての傾向である。
今よりも昔の方がブラックであり、破壊的、脅威的で、不謹慎なものも多かった
実は、現在やっているネタの方がポップでありキャッチーであったりする。
昔の脅威的な部分は全て「まさこ」というキャラに変換されている気がする。
そして、その分、中身(ネタ)がポップになったと感じる。

また、ダジャレ・掛詞韻を踏むなどの言葉遊びが大好きであり、
ネタの中にも、かなりの頻度で入ってくる。
その際たるものが「木下さんシリーズ」と呼ばれるネタで、
キャンプ、電車、栗拾い、牛丼…などのバリエーションがあるのだが、
その同じシチュエーションの中で披露するそれぞれの言葉遊びのうまさは尋常じゃない。
それに、ネタの中で、唐突になぜこんな言葉を使うの?ということがあるが、
実は深いところで、ちゃんとネタのテーマに掛かっていたりする
ハチャメチャにやっているようで、全ての言葉が計算されて作られている。
また、ダジャレはネタだけではなくトーク中も頻繁に出てくる。
私は、ダジャレなどを「ベタな笑い」ではなく「笑いの基本」と思っているので、
そういう意味で言うと、基本も出来過ぎる程に出来ているなぁと思う。

そんな鳥居みゆきの現在の売れ方は、
お笑い界で今流行りの「一発屋」と同じような(駄目な)売れ方をしている気がする。
ブレイクし始めると同時に、各メディアから一気に引っ張りだこである。
それによって、キャラ芸人と思う人も多いだろうし、
また「ヒットエンドラーン」が一発ギャグのように聞こえる人もいるだろう。
でも、過去に一発屋と言われ消えていった芸人さん達とは、
やっぱり力量、深さが違う。また芸人としてのこだわりもハンパじゃない。
だからと言って、今後生き残れるかどうかは別問題ではあるが…。
これ以上売れることを特に望むこともないのだが、
メディアに踊らされ消えてしまうということがあってはならない芸人さんである。


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●2008年05月05日初回更新日
●----年--月--日追記・修正更新日