こいのぼりが泳いでいます。高く、低く、優雅に、そしてしなやかに。でも、こいのぼりは風がなければ泳げません。その風を起こすのは−。
高橋素晴(すばる)さんは、ことし二十六歳になりました。四歳の男の子と二歳の女の子の父親です。
三十フィート(九・一五メートル)の小さなヨットを操って、高橋さんが太平洋単独横断に成功したのは、十四歳の時でした。
史上最年少の「快挙」には、称賛や祝福だけでなく、「無謀」や「強制」との批判もありました。
しかし、十四歳の少年が二カ月の過酷な旅から得たものは、彼一人にしか分かりません。
師匠の恩は弟子に返せ
「太陽にも様々な顔があり、それぞれ感動する場面はあるだろうが、僕にとってはなによりも生活の源・光の源である」
高橋さんは、航海の記録などをまとめた「それから・14歳太平洋単独横断」に書きました。
目くるめく高い空、どこまでも深い海の間に独りぼっち。高橋少年が得たものは、自然のおかげで生かされているという、知識としては得難い「実感」でした。
十四歳の旅を理解し、許し、支えてくれた多くの大人たちの愛情も、味わうことができました。
安全を気遣いつつも、その決断を尊重し、「自分の尺度で子どもを測るべきではない。親としては可能性を引き出せる環境をつくるだけ」と旅立ちを見送った、母親の言葉とともに。
「師匠の恩は弟子に返せ」。父親の口癖に従ったわけではないのでしょうが、高橋さんは、海と山に囲まれた鹿児島県南九州市に居を構え、「さつま半島環境学校」の設立準備を進めています。
原体験を見つけてほしい
また今は、移動環境学校「アースキャラバン2008」のリーダーとして、ヨットから廃食油で走るエコカーに乗り換え、全国を巡回中。四月初めに沖縄の西表島を出発し、サミット開幕直前の北海道まで十三カ所で、小中学生対象の自然体験教室を開きます。
手作りのいかだで川下り、火おこしと塩づくり、竹炊飯、古民家暮らしや風力発電…。地域の実践者を講師に招き、その地に根付く「暮らしの知恵」を子どもたちに体感してもらいます。
「『学習』というよりは『原体験』を見つけてほしい。知識なら、大人になってからでも吸収できる。でも、感覚や方向性を身に付けるのは、今しかない」と、高橋さんは考えます。
まず、身の回りの人や自然に興味を持つ。気になることは自分の力で調べてみる。それでも分からなければ大人に聞く。大人にも分からなければ、一緒に調べてみればいい。そうすることで大人たちも一緒に育つ。経験を積み、知識が身に付くだけでなく、自然とのつながり、地域とのつながり、そして何より大人たちとのつながりも強くなる−。
高橋さんの役割は、子どもたちから「実感」を引き出すきっかけをつくること。幼いころ両親が、彼自身にそうしたように。
例えば、西表島の水辺で「飲み水はどこから来るの?」と、尋ねてみます。子どもたちは強い日差しに、のどの渇きを覚えつつ、想像を巡らせます。
川をたどれば森があり、森には雲がかかっています。雲は風に運ばれます。風のかなたに空があり、空では太陽が燦々(さんさん)と、その下で人々は水や光の恵みを受けて暮らしています。結局、みんなつながっているわけです。この「つながり」さえ実感できれば、環境破壊や人間疎外が生まれる余地はありません。
「よい子はここで遊ばない」の立て札が、子どもたちを水辺や里山から遠ざけました。
その代わり、進化する映像魔術が、現実と仮想の間の壁を取り払おうとしています。インターネットの“大河”には、虚実ないまぜの「情報」が日々ほとばしり、選別は極めて困難です。
フランスの画家ギュスターブ・クールベが語ったように、子どもたちには「実像」が結べません。
だからといって、十四歳の少年に太平洋横断を強制することができないように、出来合いの「実感」を与えることも不可能です。
時間と空間を用意して
持続可能な社会のためにまず大人がすべきこと。それは、子どもたちが独力で、もしくは大人と一緒に何かを見つけるための「時間」と「空間」をしつらえてあげることかもしれません。
「こどもの日」。せっかくのこの時間と空間を、何かで満たしてみませんか。身近な場所で、心のヨットに帆を張って。
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