三月十八日に始まった私の生体肝移植手術は翌十九日未明、十三時間十分かかって終了した。予想以上の大手術になったようである。植え付けてもらった弟の肝臓グラフト(移植片)は順調に再生し、既に私の元の肝臓と同じくらいの大きさになっている。人体の臓器の中でこれほどの再生力を持っているのは肝臓だけだ。生命の不思議を感じずにはいられない。
だが、生まれ持った肝臓を取り換えざるを得なかったという現実は、終生背負っていかねばならない。手術三日前のインフォームドコンセントの席で、執刀医は「神の摂理に背くことをするんですから」と告げた。免疫抑制剤を一生服用し続けることを問う、家族の質問に答えてだ。
臓器移植の根源的な宿命がそこにある。脳死であれ生体であれ、ドナーにもらった臓器に自己の一部として働いてもらうため、免疫のガードを常にある程度下げておかなくてはならない。それは確かに「摂理」に反することだろう。
だからといって、道ならぬことをした人間として生きてゆけという意味では決してない。この命はドナーとなった弟はもちろん、二十四時間態勢の移植チームをはじめ、大勢の献身によって支えられている。輸血や点滴の血液製剤にも貴重な善意が込められている。
新しい命を与えられたことをどう受け止め、これからの人生をどう生きていくのか。元の生活に復帰して仕事や家事に励んだり、スポーツや旅行を楽しむのも立派なことだが、何か今までと違うこともやってみたい。前向きに考えながら退院を心待ちにしている。
(編集局・池本正人)