万緑の候、日本の山野を滴るような緑が覆う。その澄明な光に背くように、各地で気候変動は進行し、温暖化が不気味な影を落とす。
福田康夫首相は、二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの排出を、構造的に抑制する「低炭素革命」を掲げている。首相直轄の有識者会議も設けており、消費者問題と並ぶ現政権の目玉施策といえる。
構造変化を促せ
人類と文明の持続可能性を問う地球環境問題だが、日本では業界の目先の利害や役所の都合を優先させた、内向きの議論が幅を利かせる傾向がある。排出削減が自律的に持続するように、産業構造や社会構造の変化を政策的に促す世界の新しい潮流は、そこからは見えてこない。
この10年耳にたこができるほど聞かされた、省エネ世界一の日本に排出削減余地はなく、乾いたぞうきんを絞るようなものだという神話は、残念ながらもう世界には通用しない。国内排出量取引や炭素税など、制度改革の進んだドイツや英国に、今やエネルギー効率で抜かれた業種も少なくないといわれる。
この手の内向きの議論とは決別しないと、気候変動が主要な議題になる、7月の主要国首脳会議(洞爺湖サミット)を、議長として主導するのは難しい。洞爺湖サミットへの課題はいくつもあるが、まず日本が世界に向けて約束できる目標を、首相が明晰(めいせき)に語ることが求められる。
それは2020年をメドにした、日本の総量削減の中期目標かもしれないし、世界全体で排出量を増加から減少へと転じるピークアウト時期の明示かもしれない。安倍晋三前首相が提唱し、昨年のハイリゲンダム・サミットで、真剣な検討が約束された50年に世界で半減という目標の再確認だけでは、日本が主導力を発揮するわけにはいかない。
国際政治のひのき舞台で成果を得るには、主要国首脳の意向をしっかり見極めて、日本の立場を確立する必要がある。その意味では、環境問題を主導する欧州を訪れ、英独の首脳とひざ詰めで会談する機会を逸したことは痛かった。数カ月後に交代する米ブッシュ政権には、積極的な協力というより合意形成に水を差さない根回しが重要だったが、25年まで排出を増やし続けるという大統領演説が世に出てしまった。
福田首相はダボス会議で、京都議定書の第1約束期間が終わる13年以降の次期枠組みについて2つのことを世界に発信した。第1は日本が国別の総量削減目標を掲げること、第2は産業別、セクター別に積み上げて目標をつくることだ。このセクター別積み上げに拘(こだわ)るとサミットの運営は困難さを増す。
国によるキャップ(削減目標)の設定を嫌って自主行動計画という業界目標を掲げてきた日本経団連や経産省に配慮しての、セクター別積み上げ方式である。しかし、これは、途上国から猛烈な反発を受けた。
今春日本で開いた主要排出国の担当閣僚が集まる「G20」では、甘利明経産相のセクター別アプローチの説明にインドなどが納得せず、鴨下一郎環境相が翌日、「セクター方式は国別総量目標を代替するものではない」と釈明して、何とかおさめた。さらに、次期枠組み交渉の本線、国連気候変動枠組み条約のもとでの作業グループ(AWG)の議論でも、セクター別アプローチへの風当たりは強く、6月の会議では議題にしないことが決まった。議論再開は夏以降、としか決まっていない。
セクター方式に拘るな
セクター別アプローチに途上国が反発する理由は、日本が厳しい国別総量目標から逃れようとしているように見えること。そして、途上国にまで積み上げという名で削減義務を押しつけるものだと警戒する。削減可能量を積み上げた経産省の長期エネルギー需給見通しでは、20年に1990年比で4%しか日本は削減できないとしている。
欧州連合(EU)は90年比20%減、他の先進国が合意すれば30%減という目標を掲げている。そのたった5分の1が日本のセクター別積み上げ目標というのでは国際的な理解は得られない。EUが日本のセクター別積み上げ方式に積極的に理解や賛同を示したことはない。あえて否定はしない、という姿勢だ。
中国やインドなど巨大排出国を巻き込む方途としてセクター方式に期待があるのは確かだ。7日の日中首脳会談でも、この方式を盛り込んだ地球温暖化防止に関する特別文書を発表する方向だ。ただ、多様な制度の1つとしてセクター別アプローチを考えるべきだろう。次期枠組み交渉のメーンフレームに据えようと拘ると、ことをし損じる。