法医学講義　死体現象
Postmortem Changes
目次


＜死体現象の定義と意義＞
　定義：死後の崩壊 (物理的、化学的)＝死体現象 (早期、晩期［後期］)
　意義：死の確徴、死後経過時間の推定の根拠、死因の推定の根拠

＜早期死体現象＞（スライド参照）
  1. 瞳孔散大、対光・角膜反射消失：死戦期より
    コカイン中毒：瞳孔散大著明、有機燐中毒：縮瞳

  2. 筋弛緩、腱反射消失：神経支配がなくなるため→圧迫部平坦化
    　
  3. 死体の冷却 cooling
    死後10時間までに 10 ℃ (1 ℃/h) 下がる (太った人は 0.7 ℃/h)
    　それ以後は 0.5 ℃/h (例：春秋で直腸温24℃→死後16時間)
    環境の影響受ける→夏は計算した死後経過時間を1.4倍、冬は0.7倍する。

    死体の冷却に影響する
    環境因子    		死体因子
    1. 温度
    2. 湿度
    3. 直射日光
    4. 通気
    5. 死体の支持体
    1. 体格
    2. 小児・成人・老人の別
    3. 死因 (日射病で高体温)
    4. 着衣


  4. 乾燥 drying
    粘膜、表皮剥脱部、口唇・陰部 (薄い粘膜)→乾燥しやすく革皮様化する。

  5. 角膜混濁 turbidity of the cornea
    死後６時間から発現、24〜48時間 (まる２日) でピーク。
    開眼 (１時間〜) と閉眼で差

  6. 血液の就下 (しゅうか、hypostasis)
  7. 死後硬直 postmortem rigidity 原理：収縮弛緩のエネルギー源のATPが欠乏。
    　→アクチン・ミオシンの結合が解けなくなる。
    　→腐敗 (蛋白分解) で緩解。
    死後弛緩→２時間で硬直が発現→10〜12時間で最高→48時間で緩解開始
    死後５、６時間では人為的に硬直をとっても再硬直する。
    発現（消失）の順：下行性 (通常)：顎→上肢→下肢。
    　　　　　　　　　上行性 (CO中毒、衰弱死体等、まれ)
    死亡時に高 (過) 緊張だと硬直が早くなる。
    　(生前の激しい筋肉疲労、頭部射創など)
    ＝即時性硬直 instantaneous stiffening、強硬 (直) 性硬直 cadaveric spasm
    　　例) 弁慶の立ち往生、木口小平 (旧日本軍のラッパ手)
    ◎死硬直と間違いやすいもの：熱硬直 (焼死)、凍結
    ◎内部の硬直：心筋の硬直、横隔膜の収縮による発声 (Totenlaut)、
    　　　　　　　平滑筋の硬直→膀胱：軽く押すと尿が出る、立毛筋：鳥肌

＜晩期 (後期) 死体現象＞（スライド参照）
A. 死体崩壊
  1. 自家融解 autolysis：組織内酵素の死後活性化→組織の破壊
    胃酸による胃粘膜の穿孔など。
    臓器 (特に膵臓) の軟化。
    死胎 (浸軟児)：子宮内 (無菌) で胎児死亡→腐敗せず融解

  2. 腐敗 putrefaction
    1. 腸内細菌中の腐敗菌 (大腸菌など) によりまず起こる。
    2. 環境 (外因) 由来：ブドウ球菌、変形菌

    腐敗の進行する条件
    1. 温度 (至適20〜35℃)
    2. 空気の流通 (ただし良すぎると乾燥)
    3. 水分
    腐敗の進行速度＝地下：水中：空気中＝1：2：8 (Casperの法則)

    腐敗現象
    1. 変色
      硫化水素により菌の多い側腹部から淡青色になる (24〜36時間で出現)。
      腐敗網：溶血した血色素が血管外に染み出て樹枝状に変色 (暗青色、暗赤褐色)。
      　上胸部、下腹部、大腿部に好発。
      腐敗網の例
    2. 腐敗ガス、腐敗水疱
      腸内ガス増加→腹部膨隆→鼻口：腐敗泡沫液・胃内容、肛門：脱糞
      皮下組織にガスの貯留：眼窩、陰嚢から→全身にたまると巨人様化
      表皮と真皮の間に腐敗水疱 (暗赤色液状腐敗産物貯留)
      臓器は腐敗ガス疱、腐敗水疱でスポンジ状 (泡沫臓器)
      臓器は軟化、泥状化、液体化して融解するが、前立腺、子宮、膀胱は腐りにくい。

  3. 白骨化：腐敗→硬組織のみ残存 (地上：１〜数カ月、地中：２〜３年、５〜６年で崩壊)
    　
  4. 動物の損壊
    蛆が一番よく食べる。
    次いでカラス、ゴキブリ、アリ、ネズミ、キツネ。
    海中：エビ、カニ、タコ

B. 異常死体現象＝永久死体
  1. 木乃伊 (ミイラ) mummy
    機序：死体が水分を急速に喪失→腐敗停止、乾燥
    　→死体保存 (体重：生前の20%に減少)

    ミイラ化が起こる条件
    1. 乾燥、高温 (風通しがよく湿度低い)
    2. 衣服等の吸湿性が良いと起こりやすい。
    3. やせている。
    4. 生前脱水状態


    ミイラ化する時間：大人…20日〜３カ月、小児…２週間
    人工ミイラ
    1. 古代エジプト…腐りやすい内臓を取る。
    2. 即神仏…土中で断食 (山形県羽黒山など)
      　
  2. 死ろう化
    水中、土中 (湿度が高く、通気がない) で形成 (腐敗が妨害)。
    灰白色でチーズ状〜石膏状
    機序
    1. 脂肪・蛋白→脂肪酸→Ca2+、Mg2+と結合して鹸化 (石鹸形成)
      　含有量：５〜97%で、必ずしも死ろうの主成分ではない。
    2. 不飽和脂肪酸の飽和：10-hydroxystearic acid (10-OH-C18) の生成
      　CH3CH2…C10H=C9H…CH2COOH (oleic acid)→…C10HOH-C9H2… (10-OH-C18)
      　その他10-hydroxypalmitic acid (10-OH-C16)、10-oxo-stearic acid (10-oxo-C18)、
      　　　　10-oxo-palmitic acid (10-oxo-C16)
      特殊な細菌反応による。
      　Bacillus subtilis、Micrococcus luteus、Staphylococcus aureus、Clostridium perfringens
      　(Micrococcus luteusのみオキソ脂肪酸を合成)
    1789年パリ墓地の移転に際して初めて発見される。
目次