盲目のハンディを乗り越えて、天才と言われるまでになった少年ピアニストの演奏を聴いたことがある。ことし2月の寒い夜だった 「雪の降るなかを、ありがとうございます」とあいさつし、ベートーベンの「月光」を弾いた。アンコールでもニューヨークのビル街で触れた雪の印象を曲にして披露した。月明かりや雪の美しさは見える人だけのものではないことに気づくひとときだった 盲目の箏曲家で知られた宮城道雄氏は生前、同じ季節に庭に飛来する小鳥の声を聞き、前の年に来た鳥と同じかそうでないかを聞き分けたという。一つの感覚が失われても、それ以上のものを得る人間の強さを示す話である 聴覚を失ったベートーベンの曲の美しさは奇跡といわれるが、残された楽聖のメモには「沈黙」や「静寂」の言葉が見られる。名曲には静けさも大切であり、音楽は「音」だけでつくられていないことに気づく 5月。人間の感覚が全開し、自然の命を読み取る季節である。街にも美しい旋律があふれている。せっかく親からもらった何ら不自由のない能力の数々を眠らせてはいないか。
|