ダブルキャリア列伝【1】 海堂 尊さん
[第3回] 最初は覆面でしたが『王様のブランチ』に出てばれました
 ダブルキャリアとは、複数の仕事をかけ持ちし、多忙だけれども、充実した職業生活を送る、そういう行為を指す言葉である。広い意味でいえば「副業」ということだが、小遣い稼ぎ、お金儲けがその筆頭動機ではないという点で、あえて「キャリア」という言葉を使っている。
									 ひとつの会社に定年まで勤めるという雇用慣行が崩れる一方、人々が働く期間は明らかに長くなっている。夢を仕事にしたい人、充実したセカンドキャリアを送りたい人、「仕事は遊び、遊びは仕事」だと思う人、そういう人にお勧めしたいのがダブルキャリアだ。
									 この連載では、2007年7月に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK生活人新書)を上梓した荻野進介が、スーパーなダブルキャリア人たちを取材し、そのきっかけ、仕事ぶり、両立させるノウハウなどを伺っていく。
									インタビュー・構成=荻野進介
									●おぎの・しんすけ 1966年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業。著書に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK出版、生活人新書)。
── 勤務されている病院では、海堂さんのダブルキャリアは公認なんですか。
									
									海堂 はい。最初は覆面でやっていて、『チーム・バチスタの栄光』でデビューしたのが2006年1月。翌月に、TBSテレビの「王様のブランチ」から出演の依頼が来て、すごく迷ったんです。決断に二分ほどかかって(笑)、出ることにしたら、案の定ばれてしまいました。でも、しばらくしてから兼業届けを正式に出しました。
									 実際、本業には全然、差支えがなくやれているんです。患者さんに直接、関わる仕事だと無理だったと思うんですが、病理医というのはバックヤードの仕事ですからね。「この診断結果を1週間後に患者さんが聞きに来るから、それまでに何とかすればいい」という感じなので、時間的拘束があまりないんです。しかも、この仕事をやっているのは、今の病院で僕ひとりなんですよ。逆に言うと、「あれ、いないな」と言われていても、仕事が出来上がってさえいれば、「できているんだ。だったら、いなくてもいいや」ってなる。分身の術です。
									
									── これからもダブルキャリアは続けていくのでしょうか。
									
									海堂 はい。物書きとしていくら売れても、医者は辞めないつもりです。「医者としてニーズがないよ」って言われたら、おしまいですが。僕の医者としての仕事は「診断原則の確立」ということです。Aiも診断技術の確立の一環なんです。逆にいうと、この国は診断原則というものができていないです。だって、死亡時に医学検索をするというのは、診断の基本じゃないですか。それなのに解剖率がわずか2%なんですから。
									 挙句の果てに、解剖だって、これまでそうだからっていう横着な理由で、満足にやられてこなかった。Aiは、医学的にきわめて有効な、解剖をサポートする手段です。それは素人が1分聞、話を聞いたら分かるんですよ.
									 しかし、なぜ医学界がそんなに愚図愚図しているのか。そのへんの仕事が万が一、なくなったら、医者に未練はないですけど。
									
									
《医師にして作家というと、森鴎外、北杜夫などが思い浮かぶ。しかし海堂氏の場合、医療の現場をそのまま小説の舞台にしているという意味で、彼らとは大分、趣きが違う。もちろん、純文学とミステリーという分野の違いもある。》
									── 書きたい小説のアイデアはどんどん湧き上がってくるんでしょうか。
									
									海堂 アイデアはいつも2、3個です。でも、そのくらいあれば、1、2年はもつでしょう。その2、3個が出なくなった時がたぶん筆を措く時だと思います。
									 世の中、ネタだらけだと思いませんか。書くものがなくなったら、書かなければいいと本気で思うんですけど、こう言うと物議をかもすらしいんですよ(笑)。
									
									── 書きたいものが湧き上がってくるというのは、医者という仕事を片方で持っているからでしょうか。
									
									海堂 それもあるかしれませんが、正確に言えば、社会の一部だからじゃないですか。医者だから、ということじゃなくて、「医者として、社会の一部を構成している」ということです。「書くことがない」という人は、社会との関わりが薄いんじゃないでしょうか。関わりが薄いと、自分の中の世界だけが頼りなので、すりへっていくだけです。一個、書くと減りますからね。しかも、自分の中の世界はそんなに大きくないんです。
									 純文学は、書き手がしんみり書くけど、エンターテインメントはすらすら書くじゃないですか。自分の内側を書くか、外側を書くかの違いでしょう。内側を書くのが青少年の小説、外側を書くのは大人の小説です。たとえフィクションの世界でも、ネタは社会にザクザクあるんじゃないかと思います。
									
									── 会社で働いているサラリーマンも書けるテーマがいくつもあるはずですよね。
									
									海堂 皆さん、文章を書けるでしょ。書けばいいんですよ。でも、僕も10年ぐらい前に、『パラサイト・イヴ』(瀬名秀明、角川書店)を読んで、「面白そうだ」と思って、書こうとしたとき、原稿用紙で4、5枚しか書けなかったんですよ。だから「書けない」っていうのも分かる。
									 そのあとも「何か書こう」なんて思わないで、ただ生きてきたんです。今回、『チーム・バチスタの栄光』のトリックを思いついて「これなら書けそうだ」と思って書いたら、書けちゃったんです。物語の書き方のコツが分かったんでしょう。それは、自分でも気づかないような、ほんの些細なことなんです。自転車に乗るのって最初は大変ですけれど、乗れると、乗れなかったのが嘘みたいに簡単になる。多分、そういうことだと思うんです。
									
									
《海堂氏の小説の登場人物で最も強烈なキャラクターが、厚生労働省の技官で通称、“火喰い鳥”と呼ばれる、白鳥圭輔である。第一作の『チーム・バチスタの栄光』では、その白鳥と、病院長から、にわか探偵の役を仰せつかった神経内科の不定愁訴外来(通称、愚痴外来)担当、田口公平医師との対照的なコンビが絶妙だった。》
									── 一連の物語に出てくる厚生官僚、白鳥もダブルキャリアですよね。
									
									海堂 彼、一応ね、厚労省に在籍しているようですからね(笑)。厚労省、兼職禁止で、一応、部署の仕事だけをしているようですけど(笑)。私にもよく分かんないんです。私が見ていないところで何しているかは(笑)。
									
									── 田口さんも、暇な部署で、人の愚痴を聞くという、もう一個のミッションがあるわけですね。同じ社内でダブルキャリア、みたいな。
									
									 海堂 あれ、ダブルキャリアですかね。無理難題を押し付けられ(笑)、仕事に潰されるサラリーマンみたいじゃないですか。
									
									── まったく毛色の違う、違う頭を使う仕事だと思うんです。そういう意味で、別の仕事を二種類やっている人っていう感じがするんです。
									
									海堂 でも病院内の業務ですからね。白鳥は厚労省のミッションに従って動いているので、彼らをダブルキャリアっていうのはちょっと無理がある気がします。今、僕は物書きであり、医者ですが、物書きの部分は、病院の中には居場所がないんですよ。だからダブルキャリアなんじゃないかな。そう考えると、逆に白鳥も田口も自分の業務に忠実に従い、あるいは、それを拡大解釈してはみでていているだけ。ダブルキャリアの概念にあてはならないのではないかと思います。素直に、格闘家で漫談師とかがダブルキャリアでしょうね。
									
(第4回につづく)