大阪市で04年に起きた大阪地裁所長への強盗致傷事件で大阪高検は、成人の被告2人を無罪とした高裁判決の上告を断念した。ようやく無実が確定するが、検察・警察は自ら描いた事件の構図が破綻(はたん)した以上、誤った捜査を検証するとともに、真摯(しんし)に反省しなければならない。
共犯とされた当時少年の2人の審理がまだ、終わっていない。4年にわたった苦しみから一刻も早く解放すべきだ。
帰宅途中の地裁所長が重傷を負い、現金を奪われた事件で、成人2人と当時13~16歳の少年3人が逮捕・補導された。有力な目撃がなく、物証も乏しく、捜査は難航が予想されたが、発生から3~4カ月で一転して身柄の拘束に至った経緯がある。裁判所長襲撃という治安悪化を象徴する事件で、捜査が拙速に陥った可能性は否めないだろう。
一貫して犯行を否認した成人2人への1審判決は、実行役の1人とされた当時13歳の少年のアリバイを認め、少年の自白の信用性を否定して無罪を宣告した。2審判決も、自白に疑問を投げかけた。刑事責任を問われない13歳の少年は児童自立支援施設を出た後、「自白は強要」と国家賠償を求めている。
当時16歳の少年は無実を訴えたが、高裁、最高裁で退けられ、1年7カ月余り少年院に収容された。家裁が改めて今年2月、「誘導による取り調べがあった」と述べ、保護処分を取り消した。検察はなお抗告して争っている。
当時14歳の少年は家裁と高裁で4度の審理の末、無罪に当たる家裁の不処分決定を検察の抗告で取り消され、異議を申し立てている。
警察署内に留置される密室の代用監獄で、少年が取調官の誘導に乗りやすいのは想像に難くない。少年の自白の引き出しに偏り、裏づけを怠った見込み捜査の典型だった。
成人の1人は、当番弁護士が差し入れた「被疑者ノート」に取り調べの内容や取調官の暴言などを記していた。裁判でも証拠採用され、強引な自白偏重主義を裏づけた。
裁判員制度の導入を控えて、警視庁や大阪府警などで取り調べ過程の一部を録音・録画する「可視化」を試行する。日弁連が求める全過程の録画には「真相解明に支障が出る」と反対しているが、予断に基づく捜査を排除しない限り、説得力はない。
刑事裁判と少年審判が並行した事件で、懸念された問題も浮き彫りになった。01年の改正少年法施行で、家裁決定を不服として検察が抗告受理の申し立てをできるようになった。それが今回のように強弁の手段で用いられるのは、少年保護の観点から好ましくない。
検察・警察は真犯人の検挙で、5人の名誉回復を図り、捜査への信頼を取り戻すべきだ。
毎日新聞 2008年5月2日 東京朝刊