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2008年05月02日(金曜日)付

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物価上昇―インフレ・デフレ合併症

 ガソリン価格が1リットル160円を突破する勢いだ。暫定税率復活という増税効果に原油価格の高騰が加わり、空前の高値水準を更新している。

 原油関連だけではない。小麦など農産物、鉄や貴金属などの鉱物資源も国際的な相場高騰で軒並み値上がりしている。これが生活必需品の値段を急速に押し上げ始めた。

 こうした商品市況の高騰は、中国やインド、中東の湾岸地域など新興国の経済発展が本格化し、世界的な需給構造が変わった影響が大きい。長期的には、エネルギーや食料の国際価格が一段高い水準に上がると覚悟しなければならないだろう。

 政府が「デフレ脱出宣言」を出しそびれているうちに、原材料の高騰が国内の物価を幅広く押し上げる輸入インフレの時代がやってきたのだろうか。そうは言い切れないところに、現在の日本経済の難しさがある。

 値上がりといっても、3月の消費者物価の上昇は前年比1.2%とまだ小幅で、デジタル家電など耐久消費財の値下がりが目立つ。技術革新の成果だが、消費が弱いからでもある。

 生活必需品を上げると消費者に敬遠され原価高を転嫁しにくい、とメーカーや流通企業が嘆いている。90年代からずっと続くデフレに適応して、生活防衛が身についている結果だ。

 こちらを見ると、まだデフレ基調が続いているようでもある。

 幸い国内でインフレ心理を呼び起こす心配は少ないが、デフレの同居は、これはこれで悩ましい。

 輸入原材料の値上がりでサイフが軽くなると、消費が冷えて弱い内需はさらに足を引っ張られる。まだ残る病み上がり的なデフレに輸入病のインフレがからむ股裂き状態になると、6年以上続いた景気好転が終わるかも知れない。そんな懸念があるのだ。

 とはいえ、海外から押し寄せてくる商品市況の高騰を、水際で押しとどめる手段はない。回り道のようだが、日本経済の短所を立て直すしか、ピンチをしのぐ方法はなかろう。

 変化は長期的で構造的だ。腰を据えて対応する必要がある。

 企業には何といっても、コスト高を克服する技術革新が求められる。省エネ・省資源をさらに進め、代替エネ・再資源化などの技術を磨けば、国際相場を冷却する効果も期待できるし、新市場を開くことにもなる。

 消費者も発想の転換が必要だ。行楽などではマイカーを控える。コメなど国産で生産にゆとりのある食料をもっと見直す。こんな足元からの行動で生活を守るしかない。

 細かい取り組みも、日本全体で行えば効果は大きい。インフレとデフレの合併症を切り抜けるために、これまでの常識を見直すことから始めたい。

移民100年―父祖の地で夢を支えよう

 夕闇が迫る神戸港を、781人のブラジル移民を乗せた「笠戸丸」が出航した。その第1陣の船出から100周年を迎えた。

 新天地を夢見て海を渡った人たちには、日本で思い描いた生活とはほど遠い現実が待っていた。コーヒー農園での過酷な労働、マラリアとの闘い……。日系3世の映画監督、山崎チズカさんは、そんな移民1世の姿を映画「GAIJIN」で描いた。

 日露戦争後の長引く不況で日本には失業者があふれ、一方、ブラジルでは奴隷解放によって労働力が不足していた。移民の始まった背景には、そうした両国の抱える事情があった。

 ブラジル移民は戦争をはさんで70年代まで続き、25万人が海を渡った。農業だけでなく、政治家や技術者、実業家などの人材が輩出している。

 その流れが逆になって、日本への出稼ぎが急増したのは、90年の出入国管理法改正がきっかけだ。経済界の求めで、日系人の2、3世に就労制限のない在留資格が認められたからだ。

 山崎監督は90年代末に日本を訪れ、映画の続編を撮った。「いわば国策による受け入れなのに、『ガイジン』と受け止められるのはなぜか」。そんな思いから、日系人の生活をとらえ、学校になじめずに不登校になる4世の姿も描いた。

 日系人労働者はかつてのブラジル移民を上回る31万人にのぼる。永住権を取得する人も増えるなかで、とりわけ深刻なのは子どもたちの教育だ。

 日本語がわからず、学校に行かなくなって非行に走る例も少なくない。学校に通っていても、将来の夢を持てない子もいる。親が子の教育に責任を持つのは当然だが、それも教育現場で十分な支援があってのことだ。

 日系人が多く暮らす浜松市では、小中学校にブラジルの言葉がわかる教員のほか、非常勤職員らを配置し、日本語を学ばせている。学校に通っていない子らへの家庭訪問もしている。

 そうした人件費は市の予算で賄っているが、それにも限界がある。そもそも浜松市のような目配りをしている自治体ばかりではない。未来を担う子どもたちの教育は自治体まかせにせず、政府も支えてもらいたい。

 日本語が苦手な親への支援にはNPOなどの協力が欠かせない。その費用は、日系人を雇って利益を上げている企業が手助けしてはどうか。

 労働人口が減少するなかで、日系人への対応は、外国からの移民を受け入れるための試金石である。

 ブラジル移民が成功したのは、文化や習慣の異なる日系人をブラジル社会が受け入れてくれたからこそだ。

 その父祖の地で、日系人が地域社会に溶け込んで、安心して子どもを育てられるよう支えていきたい。

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