国際宇宙ステーション(ISS)に、日本初の有人宇宙施設「きぼう」の保管室を設置した宇宙飛行士の土井隆雄さん(53)が帰国する。3月11日から26日まで米スペースシャトル「エンデバー」に乗り込み、大役を果たしての凱旋(がいせん)だ。5月末には、きぼうの第2陣となる実験室が「ディスカバリー」で打ち上げられ、星出彰彦・宇宙飛行士(39)が組み立てる。来年からは、日本が独自に開発する無人補給機でISSに必要な物資を送る新たな任務もスタート。土井さんの宇宙での活躍と、きぼうをめぐる日本の宇宙活動をまとめた。(日付は米時間)
◆ミッション1 ロボットアームを駆使/保管室の設置に成功
きぼう保管室設置という大役を果たした土井さんの宇宙滞在を写真で振り返った=写真は米航空宇宙局(NASA)提供。
土井さんは飛行5日目、日本初の有人宇宙施設となった「きぼう」の保管室に初入室した。「一人の飛行士にとっては小さな一歩だが、日本にとって新しい宇宙時代の幕開けです」と第一声を送った土井さんは、保管室に日の丸を掲げた。
土井さんは飛行4日目にロボットアームを操作して保管室をISSに取り付けた。飛行12日目には、スペースシャトル「エンデバー」の地球帰還に備え、機体に損傷がないかをセンサー付きのロボットアームで検査した。操作技術には、NASAの関係者も賛辞を贈った。
無重力の宇宙で長時間過ごすと、筋力が落ちてしまう。これを防ぐため、滞在中の宇宙飛行士には「仕事」として運動が課される。土井さんは今回、多屋淑子・日本女子大教授らが汗の吸収や抗菌性に特別の工夫を凝らして開発した普段着を持ち込み、着心地をテストした。
◆ミッション2 実験室を組み立てる
きぼう実験室を打ち上げる第2便に乗り組む星出さんは、今回が初の宇宙飛行だ。ロボットアームを使って、実験室設置という大仕事に挑む。3月下旬、米テキサス州のジョンソン宇宙センターで意欲を語った。
--初飛行への抱負は。
小学生のころから宇宙へ行くことが夢だった。それがいよいよかなう。宇宙飛行士になる前、宇宙開発事業団(JAXAの前身)で勤務していたので、きぼうの開発・製造についてよく知っている。関係者も身近で活動してきた仲間だ。「一人でやる」というより、「皆と協力して作り上げる」という思いだ。
--準備状況はどうか。
最終的なチェック、細かい変更点への対応という段階。チームワークもとてもよくなっている。一緒にロボットアームを操作する飛行士とは、言葉がなくても互いの考えが分かるようになった。モニターを見る動きも一緒で、「2人の動きは車のワイパーのようだ」と言われる。
--実験室建設の意義は。
土井さんが作ってくれた日本の家を「増築する」ことになる。今度は実験できる環境まで整えるので、ようやく日本の実験棟というきぼうの本来の目的にたどりつき、可能性を広げられると思う。
--宇宙でやってみたいことは。
大学時代に楽しんだラグビーのボールを持っていきたい。作業の合間に宇宙ならではのことに挑戦したいと考えている。ロボットアームで実験室や保管室を操るダイナミックな作業に注目が集まるが、実験開始に向けた内部の作業もかなりある。両者をバランスよく進めたい。
きぼうは宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、約5500億円をかけて開発した宇宙での実験施設だ。地球を回る高度400キロの軌道上のISSに設置される。最大4人の宇宙飛行士が生命科学や天文学などの実験を行うことができる。
きぼうの目的は将来、人間が宇宙で活動する際に備えて、基盤となる知識や技術を得ること。生命科学や材料分野など最初の2、3年間で約100種類の実験が予定されている。
メーンの施設が実験室で、外径4・4メートル、長さ11・2メートル。実験材料や装置を納める保管室は外径4・4メートル、長さ4・2メートル。いずれも円筒形でアルミ製だ。これに船外で実験できる幅5メートル、長さ9メートルの船外実験施設、ロボットアームなどからできている。
土井さんは3月14日、きぼうの保管室をISSに取り付けた。ロボットアームを使った4時間半にわたる作業を慎重にこなした。15日には保管室に初めて入った。
星出さんは5月31日に打ち上げ予定の「ディスカバリー」に搭乗、実験室を組み立てる。宇宙飛行士が普段着で実験できるような温度、湿度の管理をする環境制御システムを初めて起動させる。このほか、各種のシステムを一斉に稼働させるため、設置は難しい作業の連続になりそうだ。
日本は来年から、ISSへの物資輸送にも乗り出す。無人補給機「HTV」を開発中で、来年以降毎年1機ずつ計7機を打ち上げる予定。物資輸送は米国、ロシア、欧州宇宙機関に続き4番目になる。
HTVは全長10メートル、直径4・4メートルの円筒形で、飛行士滞在に必要な物資や実験装置など計6トンを積載できる。縦2・5メートル、横2・7メートルの開口部が設けられ、2010年に米スペースシャトルが退役後は、大型機材をISSに運べる唯一の補給機となる。実証機(第1号機)を含めた総開発費は約680億円。
HTVは機体と貨物を合わせた重量が16・5トンになり、これまで日本が開発したロケット搭載物ではもっとも重い。H2Aロケットでは打ち上げることができないため、JAXAは新型ロケット「H2B」も並行して開発を進めている。
打ち上げられたHTVは、ISSに10メートルの距離まで接近。ISSのロボットアームによってISSにドッキングする。その後、廃棄物など不用品を積んでISSを離れ、地球大気圏に突入してほぼ燃え尽きる。
星や宇宙への思いを世界中の人が3行か5行のフレーズに託し、詠み継いでいく「宇宙連詩」。詩人の大岡信さんが06年に提唱し、JAXAがインターネットを通じて募集した。3月には日本科学未来館(東京都)でシンポジウムも開かれ、作品が披露された。
世界から寄せられたフレーズを24の詩に連ねた宇宙連詩。一般公募を基本に、詩人の谷川俊太郎さんや文化人による寄稿を組み合わせている。狙いについてJAXAは「国境、文化、世代を超えて共に宇宙について考える場を作りたい」と説明する。
3期に分けて公募された。第1期は06年10月から07年3月まで。作品はDVDに記録され、土井さんが、きぼうに保管した。
第2期は07年7月から08年2月までの作品。10カ国以上から約800編が集まった。3月のシンポジウムで大岡さんは「字数をはみ出た、宇宙への思いがたくさんあることを感じた」と講評。これも年内に打ち上げ予定の米スペースシャトルで、ISSに届けられる予定だ。
JAXAは7月に第3期の募集を開始する予定。全国約10カ所のプラネタリウムを拠点に、各地の小中高校に独自の連詩づくりも呼びかけるという。
一方、土井さんが中学時代を過ごした山梨県の県立科学館が中心となって独自に企画した連詩「星つむぎの歌」も作成された。この歌は、2000人以上から寄せられた言葉を詩人の覚和歌子さんが一つの詩に仕上げ、財津和夫さんが作曲。歌手の平原綾香さんが歌いCDになった。土井さんはCDを宇宙に持っていった。また、NASAは「ウエークアップ・コール」(目覚めの曲)として、ISSでこの曲を流した。
シンポジウムで披露された宇宙連詩・第2期「星があるの巻」は、第1詩が的川泰宣・JAXA宇宙教育センター長が寄せたフレーズで始まり、詩人の野村喜和夫さんの第24詩で終わる。
第1詩 的川泰宣さん
ぼくのなかには星がある
ずっとむかしのことを思ったりすると
からだじゅうがむずむずしてくる
きっとぼくに入る前のことがなつかしくなって
星がピョンピョンはしゃいでいるにちがいない
第7詩 ムーニャ・ノリコさん(事務員、49歳、サイパン)
地球の中で眠っていた一粒の鉱石に
はるか彼方(かなた)から一筋の光がさしこむ
過去の石と未来の光がとけあい
命をえたようにあざやかな色が輝く
一瞬の輝きに永遠をかいま見る
第16詩 白石真也さん(専門学校生、26歳)
ぼくたちのあふれる想(おも)いは
今や世界中をとびかっている
でんぱという、小さな小さな感動をぎょうしゅくした波となって
第24詩 野村喜和夫さん
だから最後に 星くずに照らされた道
そこを夢は立ち去るのだ 燠火(おきび)のようなメッセージを
朝の私たちの 眼(め)の底の灰に残して
毎日新聞 2008年5月1日 東京朝刊