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「こまっTEL」のシステムを使い、受け入れ先を探す救急隊=広島市中区 |
救急車を呼んだのに病院にたどり着けない問題が、顕在化してきた。背景には医師不足や医療体制の不備などが指摘されている。そんな状況を減らすための取り組みが県内で始まっている。(辻外記子)
◆県情報ネット 時間を短縮
3月中旬のある平日の午前2時ごろ。広島市内の40代男性が腹痛を訴え、119番通報した。
広島市消防局の救急隊が駆けつけると、男性は「胃が痛くて気持ち悪い。吐いたら、血が混じっていた」。胃潰瘍(かい・よう)を患ったことがあるという。
搬送先探しが始まった。救急隊はまず、約2キロ北にある男性がかかりつけにしている2次救急の病院に電話。だが「処置が困難」と断られた。次に電話した3キロ南東の病院は「検査ができない」。3件目の南へ3キロの病院は「ベッドが満床」。4件目の東へ3キロの公立病院は「処置が難しい」。5件目の南へ2キロの病院は「ベッドが満床」。
ここまで36分。病院に電話がつながっても、受けた事務職員や看護師が、医師らに相談をしてから返事があるため、1件の問い合わせに5分ほどかかるのが通常だ。
この間、男性は自宅前に停車した救急車内のベッドに横たわっていた。
「こまっTEL(てる)を」
救急隊長は、県が運営する救急医療情報ネットワークの搬送支援システムの利用を指示した。
救急隊員は「40代男性、主訴は腹痛。吐瀉(と・しゃ)物に血液が混ざっていたとのこと。既往歴に胃潰瘍あり。受け入れお願いします」というメッセージを、救急車に備え付けてある専用の携帯電話に録音。その携帯から、専用の受信機が置いてある市内約60の医療機関のうち、対応可能とみられる15病院に一斉送信した。
各医療機関の受信機が鳴り、救急隊が困っていることが伝わる。医師らが再生ボタンを押すと、救急隊員が録音した内容が聞こえてくる。
待つこと7分。最初にOKの答えがあったのは、3キロほど南東の病院。男性宅に救急車が到着してから54分過ぎていた。ようやく救急車は病院へ向けて走り出した。
受診の結果、出血は胃からとわかり男性は入院した。
◇
重症患者を乗せても、受け入れ先が決まらない――。
全国共通の問題は、都市部で特に深刻だ。県内も例外ではない。どうしたら受け入れ先を早く見つけられるか。県や県医師会、広島大の関係者でつくる県地域保健対策協議会で議論を重ねて06年度、システムを構築。困ったときの救済策だからと「こまっTEL」と名付けられた。
昨年8月10日に運用を始めた広島市消防局では、5件を目安に、搬送を断られたケースに活用している。「こまっTEL」を活用したのは今年3月末までに202件。何の音沙汰(おと・さ・た)もなかったり、「搬送不可」の返答しかなかったりする病院もあったが、44件の搬送先が見つかった。
「こまっTEL」で発信した後も、ただ待っているわけではない。救急隊員が電話をかけ続け、やっと見つかるケースも少なくない。昨年12月、腹部大動脈乖離(かい・り)が疑われた60代男性の搬送が3カ所から断られた。こまっTELを使ったが、搬送先が見つからず、電話をかけ続け81分後。現場から20キロ近く離れた病院が「受け入れ可能」と言ってくれた。12カ所目だった。
救急救命士は言う。
「どこでもいいから運んでくれ、と患者や家族に言われるのが一番つらい。病院の事情もわかるし、適切な処置ができる所に運びたい」
特に断られる可能性が高いのが、(1)吐血がある患者(2)精神疾患がある患者(3)妊婦――の搬送という。
同消防局の藤原健悟・救急担当部長は「こまっTELの導入により、全体的に交渉する回数は減り、搬送までの時間は短くなった。だが、病院が救急患者を受け入れられるかどうかがかぎだ。根本的な解決には、医療機関の体制が整うか、患者の数が減るか、どちらかしかない」と話す。
◆「折衝役」も人材不足
救急患者の搬送がスムーズにいくよう、各地で工夫がなされている。その一つが、搬送コーディネーターだ。
昨年夏、11カ所から搬送を断られた妊婦が死産に至ったことがあった奈良県は昨年末、県立医科大病院(橿原市)に「ハイリスク妊婦搬送コーディネーター」を置いた。搬送先が見つからずに困っている救急隊からの連絡を受けて、医療機関との折衝にあたる。
10人の定員に対し、集まったのは助産師3人、看護師1人。今年度はさらに減り、助産師1人看護師1人の計2人が土日を中心に、調整している。県の担当者は「最も望ましいのは産婦人科医。継続して募集しているが、この医師不足の中、人材を見つけるのは難しそうだ」と話す。
厚生労働省は今年度、都道府県に半分の補助を出す、救急患者受け入れコーディネーターの確保事業に7億円の予算をつけた。
ただこちらも、実効性などに疑問の声が上がっている。厚労省医政局指導課によると、4月25日時点でこの事業の実施を決めた都道府県はない。広島県の医療政策課は「コーディネーターに想定されている医師が確保できるかわからない。メリットがどの程度あるか、様子をみたい。当面はこまっTELの周知と充実を図っていく」とする。
【救急搬送】・・・
総務省消防庁によると、07年に県内で救急搬送された人は、のべ10万5381人で、照会回数を集計できた重症以上の患者は8303人。このうち、搬送を10回以上断られたのは4件。5回以上が33件、3回以上は1・3%にあたる110件だった。重症搬送を3回以上断られた事例の全国平均は3・9%。3回以上断られた割合が高かった上位の3都府県は、奈良(12・7%)、東京(11・2%)、大阪(10・1%)だった。
《取材後記》
「救急車のたらい回し」「搬送拒否」という表現を使う人が最近、減ってきた。救急隊も医師も、患者を早く助けたいと、日々努力しているのに、どうにもならないことが多い。そう気付く人が増えたためだろう。
救急を担う医師の不足や進まない医療機関の機能分担、安易に救急車を呼ぶ住民の意識など、時間がかかる理由はいくつもある。「特効薬」を生むのは難しい。そんな中、広島が全国に先駆け始めた「こまっTEL」は、他でも参考にできそうだと期待されている。だれそれが悪いと責めるより、どうしたらわずかでも状況が良くなるのかを考えたい。