【ワシントン=山本秀也】台湾海峡で中台両軍が局地紛争に陥った1958年8月、米国が中国沿岸の前線都市アモイ(厦門)周辺への核攻撃を検討したことを示す機密文書が公開された。米軍の策定した攻撃計画は、空軍機から10〜15トンの戦術核爆弾を投下する内容だったが、最終的にアイゼンハワー大統領(当時)の反対で回避された。
ジョージ・ワシントン大学の研究機関を通じて公開された文書は、台湾、キューバなど58〜65年に世界各地で起きた5つの危機に対し、米空軍がどう対応したのかを地域別に総括した資料。空軍戦史部が68年に作成していた。
この文書によると、中国への核攻撃計画は58年8月中旬、台湾支配下の金門島が中国人民解放軍の激しい砲撃を受ける第2次台湾海峡危機を数日後に控えた緊張の中で、トワイニング統合参謀本部議長らを交えて検討された。「沖縄、台湾への核報復というリスク」が将来的にあっても、蒋介石政権が支配する離島を防衛するというのが同議長の構想。中国側への抑止効果が薄ければ、上海などさらに広い範囲への追加攻撃も想定された。
しかし、アイゼンハワー大統領が、「仮に金門島が中国側に制圧された場合でも、核兵器の使用は見送る」との意向を統合参謀本部議長に伝えたことで、計画は撤回された。核戦争を誘発する危険に加え、放射性物質による被害や、台湾側の防衛範囲に対する影響を米政権は懸念。ホワイトハウスでの会議で、同大統領は金門島への補給を米艦艇で護衛するなど、歴史が示す通りの決断を下していた。
文書は、「共産側の侵攻が続いた場合は、核攻撃が実行されていただろう」との判断を示している。当時、米国は蒋介石政権との間で、「米華相互防衛条約」を締結しており、核兵器の使用検討のほか、台湾への軍事支援は同条約に基づいて進められた。
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