もろい社会の受け皿
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刑務所で亡くなり、引き取り手のない受刑者の遺骨が眠る共同墓地=大阪市阿倍野区阿倍野筋4、大阪市設南霊園 |
「調子はどうですか」
大阪・堺市の大阪医療刑務所。ベッドに横たわる七十代の男性受刑者に、教誨師(きょうかいし)の墨林(すみばやし)浩さん(54)が呼びかけた。
「早くここ出て、孫に会いたいですわ」。男性受刑者は末期がんに侵されていた。
ささいな口論から、知人を包丁で刺し殺し、別の刑務所で服役していた。体調を崩し、医療刑務所へ移され、がんと判明。だが、告知はされなかった。
死を迎える受刑者の心をケアするのが、教誨師の役目だ。月に一度のペースで訪問。わずか十分足らずだが、受刑者は心待ちにしている。
「また来てくださいよ」。笑顔でそう話した男性受刑者が亡くなったのは、二週間後だった。
刑務所の霊安室で営まれた葬儀で、墨林さんは本職の住職として読経した。参列したのは、刑務所長以下幹部ら十数人。親族が来るケースは少なく、数十万円の葬儀費用は公費から出る。遺骨の引き取り手が半年間現れない場合は、共同墓地に埋葬される。
墨林さんは言う。「共同墓地に入るのを待つ遺骨は、年々多くなっています」
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法務省の矯正統計年報によると、刑務所での死亡者は二〇〇二年に年間二百人を突破。高齢受刑者の増加に合わせるように、死亡者も増加傾向をたどっている。死因も、がんや脳出血、肝臓障害、心疾患など多岐にわたる。
受刑者の「死」は、刑務官に負担を与える。本来の仕事ではないにもかかわらず、深夜や休みの日でも親族を捜し、遺体や遺骨を引き取ってもらうよう交渉するためだ。
刑務所に勤務経験のある龍谷大矯正保護研究センターの浜井浩一教授(犯罪学)は「遺族が遺骨を引き取らない場合、刑務官が埋葬し、年に数回の墓参りも欠かさない。こうした実情はあまり知られてない」と指摘する。
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受刑者が「塀の外」に出た場合、病人でも状況は厳しい。寝たきりでも刑期が満了すれば、出所しなくてはならない。だが「元受刑者」であるため、トラブルを恐れる病院が入院を断る例は多い。
事態を重くみた法務省は本年度から、病院と刑務所をつなぐパイプ役として、受刑者に医療ソーシャルワーカーを付ける予算を計上した。
大阪医療刑務所では、医療関連サービス会社「ビザージュ」(堺市)の医療ソーシャルワーカーが今年四月から、五人の元受刑者の入院先を手配した。亡くなった後、埋葬するまでを請け負う。
受け入れに難色を示す病院側に、元受刑者の犯歴を現場の看護師らに伏せることや、二十四時間態勢で社員が対応することなどを条件に入院を依頼する。
最高経営責任者(CEO)の真鍋輝さん(53)は「受刑者は刑期が終われば、刑務所とのかかわりはゼロ。今後増える身寄りのない高齢受刑者に対し、社会の受け皿はあまりにもろい」と危惧(きぐ)する。
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