高齢者犯罪のいま −第3部 塀の中で

1.異常行動 (2007/12/03)

認知症 監視に限界

塀の中で進む高齢化。体調の不調を訴える受刑者も多い。認知症とみられる症状の受刑者も増え、向き合う現場は深刻だ(写真と本文は関係ありません)=加古川市加古川町、加古川刑務所(撮影・宮路博志)

 西日本のある刑務所。畳敷きで便器があるだけの独居房で、七十代の男性受刑者がよつんばいになっていた。便器の下に敷かれたゴムマット。その上の何かを素手でかき集めては口に運ぶ。ごみを食べていた。

  「やめるように言っても通じません」

  淡々と職員が説明する間も、受刑者は何かにとりつかれたように手と口を動かし続けた。

  この受刑者は、入所直後から異常な行動が目立ったが、いくら注意しても変化がなかった。大便を投げつけてくる日もあるという。認知症ではないかと思われている。

  「排せつのできない高齢受刑者が増え、その度に私たちはかっぱと長靴とマスクの装備で掃除に追われて…」

  服役作業が一切できないことを示す「作業不可」の札が張られた独居房の前で、職員はため息をついた。

■    ■

  目につくものを口に入れたり、自分の便を他者に投げつけたりと攻撃的になる―。認知症の専門医で、大阪人間科学大の松本一生教授(老年精神医学)は「そうした行動は、一般的に認知症が進行した患者によくみられる」と指摘する。

  認知症は通常、家族ら周囲のサポートや薬の服用などで進行を食い止めることができる。

  松本教授は「放置すれば症状が悪化するだけでなく、免疫力の低下から感染症などで死に至るケースもある。認知症にみえて、血塊が脳を圧迫しているなど別の病気の可能性もある」と早期診断の必要性を強調する。

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  初犯の受刑者を収容する加古川市の加古川刑務所でも、ここ数年で認知症とみられる高齢受刑者の増加が目立つ。

  若手刑務官は今年、通常の服役作業ができない高齢受刑者を担当することになった。「おむつ交換や汚物の処理などに追われる日々に言葉を失った」と打ち明ける。

  補助役の受刑者二人とともに約七十人を担当する。二十人ほどは集団生活ができず、その半数はおむつが必要という。

  毎朝、起床の合図に反応しない受刑者を一人ずつ起こす。おむつシートをしていても汚れるふとんを一日に何度も片付ける。着替えや入浴時には介助が欠かせない。室内を徘徊(はいかい)する受刑者が転んで流血する事故が絶えず、頭を打つ可能性がある私物棚も撤去した。

  「想像できないことばかり。でも、受刑者たちはほかに行くところがない」。そう自分に言い聞かせ受刑者の“介護”に明け暮れる。

  専門家が「早期診断が何より肝心」と指摘する認知症。だが刑務所では、受刑者が認知症かどうかの診断を受けることはほとんどない。「治らない病気に、お金と時間をかけて『認知症』と診断して、どうなりますか」と刑務所の職員は口をそろえる。

  全国の刑務所で二〇〇五年にアルツハイマー病と診断されたのは、わずか五人(法務省矯正統計年報)にすぎない。

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