「山本幸三を励ます会」 雑誌・リベラルタイム2月号に掲載されました
■ 山本幸三レポート 〜 「まともな企業金融理論」からみたライブドアの買収劇 〜


『まともな企業金融理論』からみたライブドアの買収劇 ・・・ 山本幸三

1 ライブドアとフジテレビによるニッポン放送株の買収劇は、なかなか面白い。当初は、フジテレビによるTOBが掛かっていたニッポン放送株を、ライブドアが立会外取引(時間外取引)と呼ばれる特殊な手法で大量取得したことに対し、「これは、違法な取引ではないか?」といった批判が多かった。しかし、その後フジテレビが新株予約権という金融手法を駆使してニッポン放送の株式数を一気に2.4倍に拡大、TOBの成功いかんにかかわらず、同放送を子会社化し、買収劇に勝つ「裏ワザ」に出たことから、世間の批判は、一転してフジテレビに向かいつつある。
 今回の買収劇を通して、「企業とは何か?」、「株主の権利とは何か?」、「株価は、どのように決まるのか?」といった企業金融論の本質的な問題が浮き彫りになってきた。


2 日本の企業金融、とくに株式市場の現場では、俗説と神話が横行しており、「まともな企業金融の理論」がおよそ理解されていない。例えば、「無償交付は、株主の利益になる。」とか、「日本企業は、配当性向をもっと引き上げて株主に報いるべきだ。」とか、「時価発行増資のプレミアムは、出来るだけ早く株主に還元すべきである。」とか、「みなし配当課税無しの自社株買いは、株主に有利だ。」といった俗説や神話が、まかり通っている。今回は、これらについて詳しく説明することは出来ないが、これらは全て間違った認識である。
 株式市場の俗説や神話ではなく、「まともな企業金融理論」というのは、フランコ・モジリアーニとマートン・ミラーという二人のアメリカ人経済学者が提唱した理論である。二人の頭文字をとってMM理論とも呼ばれる。このMM理論によって初めて、「一定の仮定の下で論理的に思考すればこうなる」という形で、企業金融の事象の分析が行われるようになったのである。それまでは、経済学の世界では普通のこうした議論が、全く成されていなかったのである。私は、30年程前、小宮隆太郎氏と岩田規久男氏の共著である「企業金融の理論」という本を読んで、この事を知った。かなり難解な本なので、一般には十分に浸透していないようだ。従って、未だに日本の株式市場の現場では、実務派エコノミストや証券アナリストを含めて、相変わらず俗説と神話が横行している。


3 「まともな企業金融理論」、即ちMM理論からみると、今回のライブドアの買収劇は、どういうことになるのであろうか?
 まず、こうした企業の行動を評価するための基準が必要となる。MM理論では、「企業の経営者は、投資と資金調達の決定に当たって、常に企業の株式(発行済みの)の市場価値を高めるように行動する。」ということを大前提としている。つまり企業の経営者は、既存の株主に報いることを最大の目的としていると言うのである。
 具体的には、企業が調達した資本が、株主資本であるか負債であるかにかかわらず、株主達が要求する利益率(これを資本コストという)を上回る利益をあげることによって、株主に報いることが出来るのである。経営者には、これ以外の方法で株主に報いる方法は存在しない。
 ここで言う資本コストとは、株主達が企業に資本を供給するに当たって最低限必要とする、株式の期待収益率のことである。これは、長期債券の利回りにリスク・プレミアムを加えたものと考えればよい。企業が実際にその設備投資などから、株主の要求収益率である資本コストを上回る利益を上げれば株価は上昇して、株主は利益を受ける。
 ここで知っておいた方がよいことは、法人税が無い場合は、株式と負債の間で資本コストに差が無いのだが、法人税が存在すると、負債の金利が損金参入される分だけ負債の資本コストが、株式発行による資本コストよりも低くなるということである。ならば、常に負債で調達すればよいかというと、そうでもなく、色々なリスクや制約から、企業は、目標とする負債調達比率をもっているはずだと考える。


4 (ライブドアの行動の評価)
 以上のMM理論の基本命題を前提として、ライブドア、フジテレビ、ニッポン放送それぞれの行動を評価してみたい。まずライブドアである。
 ライブドアは、「転換価額修正条項付き転換社債型新株予約権付き社債」(MSCB)いうもので800億円を調達し、ニッポン放送株の買収に当たっている。MSCBの本質は転換社債であるから、取り敢えずは負債で資金調達した、即ち資本コストの低い調達方法を選択したとみてよかろう。
問題は、ニッポン放送株の買収によって、既存株主が要求している以上の収益率が見込めるかどうかである。ライブドアの堀江貴文社長は、「既存メディアに欠けているのは三つ。オンデマンド性(必要な時に情報が取得できること)、インタラクティブ性(利用者との双方向性)、ニッチ(個人ごとの嗜好に応じること)だ。インターネットを活用すれば出来る。」と、「インターネットと放送の融合」の理念を繰り返し述べている。聴取者をホームページに誘導して取引口座を作り、ユーザー情報を得ることを提案。それを通じた音楽、ドラマのネット配信などのアイデアを示している。確かにニッポン放送が持つ聴取者の多さやコンテンツと、ネットに関するライブドアのノウハウが結びつけば、相乗効果を生む可能性はありそうだ。
しかし、ニッポン放送は、ライブドア傘下に入った場合、「フジサンケイグループと取引出来なくなり、企業価値が下がる。」と主張している。
果たして、本当にニッポン放送がフジサンケイグループと取引出来なくなった場合、それでもニッポン放送株の買収によって収益率を上げることが出来るのかどうか?この点は、明快とは言えない。
 ただ堀江社長は、次のようなことも指摘している。「何があっても譲れないのは、株主利益だ。株価を上げるとか業績を向上させるとか、株主が喜ぶことをする。この問題の最中にもポータル(玄関)サイトの閲覧数が伸び、会員登録も通常の5倍のペースで増えている。ライブドアを(報道から金融まで幅広い事業を持つ)メディア・ファイナンス・コングロマリットにしていきますよ。」と。たとえ、この買収劇が失敗に終わっても、ライブドアの認知度は圧倒的に高まり本業の収益が上がるので株主に損をさせることは絶対に無いと、したたかに計算しているのかもしれません。
以上のようなことから考えると、ライブドアの行動は、その株主にとって少なくともマイナスではない、むしろプラスの要素が強いと言えるのではないだろうか。その意味で、○の評価をしておこう。

5 (フジテレビの行動の評価)
 フジテレビは、1月18日にニッポン放送株の50%以上取得を目指してTOB(公開買い付け)を公告していたが、2月8日のライブドアによる大量株取得に驚き目標を25%以上に変更、さらに2月23日にはニッポン放送にフジに対する新株予約権発行決議をさせるに至った。事態の変化の後追いを余儀なくされ、ついには奇策を繰り出さざるを得なくなったと言えるのではないか。
 フジの資金調達は、当初は三井住友銀行からの借り入れ1千億円、新株予約権応募決定後にライブドアと同じMSCBで800億円の追加である。いずれも負債であるから資本コストの低い調達方法と言えるが、追加を余儀なくされたことによって、目標負債調達比率を超えた可能性がないのかどうか。予想外のリスクや制約が生じたかもしれない。
 収益率という点からみると、フジによるニッポン放送株買収というのは、資本関係のねじれを解消するのが目的であって、とくに新しい収益機会が生ずるというものではない。従って、プラス・マイマス・ゼロといったところか。一次的には、評価は△としておこう。
 フジの新株予約権獲得によって、ライブドアとの間で法廷闘争が始まることとなった。ニッポン放送の評価のところで述べるが、形勢はフジにとって不利である。もし裁判で負ければ、フジの経営陣の失態は大きなものとなる。その意味で、二次的には▲としておく。


6 (ニッポン放送の行動の評価)
 ニッポン放送は、2月23日、ニッポン放送株を新たに取得出来る権利(新株予約権)をフジテレビに与える(第三者割り当て)ことを発表した。その規模も大きく、最大で現在の株数の1.4倍に当たるもので、これが認められれば、フジは確実にニッポン放送を子会社化出来ることとなる。
 このニッポン放送の行動は、当然ライブドアの反発を買い、法廷闘争に持ち込まれた。法律上の議論はさて置き、MM理論から見ても、ニッポン放送の行動は、色々問題がある。
 一番の問題は、「自己資本の希薄化」の問題である。「自己資本の希薄化」とは、時価発行の形で増資が行われる際に、「新株が長期的にみたときに、正常あるいは正当と思われる価格よりも低い価格で売られ、しばらく経って株価が正常な水準まで上昇する際に、株価上昇によるキャピタル・ゲインの一部が既存株主以外の投資家に帰属すること」を指す。
 今回のケースのように、既存株主(フジ以外の。以下同じ。)が応ずることの出来ない増資が既存株主にとって不利な価格(端的には、時価より低い)で行われると、「自己資本の希薄化」が既存株主にとって確実に生ずる。これは、MM理論でいう企業の基本目的に反する行為である。企業経営者が、既存株主の利益を無視することは、あってはならないことだ。ニッポン放送の亀淵社長は、「フジサンケイグループの一員にとどまれば企業価値の維持、向上を図れる。」ことを理由としているが、それが本当なら、なお悪い。何故なら、もしそれによって将来の株価が現状よりも上がっていくことを予想しているなら、増資に応じられない既存株主の「希薄化の度合い」は、一層大きなものとなるからである。ニッポン放送の経営陣は、MM理論を全く理解していないと言わざるを得ない。
 ニッポン放送が新株を発行して何をやろうとしているのか、その資金使途が不明である。ニッポン放送の報告書では、「臨海新都心スタジオプロジェクトの整備に充当する資金」と記載しているが、記者会見では、「フィジサンケイグループに残るため」と説明しただけで、極めてあやふやだ。これでは、既存株主が求めるような収益率が得られるとはとても思われない。
 資金の調達方法も、資本コストの高い増資一本である。MM理論からすれば、これも賢い選択ではない。
 以上のことから、ニッポン放送の行動は、明らかに×である。


7 (今後の見通し)
 このペーパーでは、私は、敢えて法律論議を避けた。法律論争をやれば、ああでもない、こうでもないと価値判断の領域の神学論争になってしまうことを恐れたからである。少なくともより客観的な、「まともな金融理論(MM理論)」によって分析することの方が、問題の本質を理解し易いのではないかと考える。
 MM理論からみれば、ライブドアの行動はその株主にとってプラス、フジテレビは可もなく不可もなく、あるいは、ちょっとあせり過ぎ、ニッポン放送に至っては明らかにマイナスである。
 ライブドアによる発行差し止め仮処分訴訟だが、法律論争は別にして、金融理論からみる限り、ニッポン放送やフジ側に分が無いと思う。もしこの仮処分が認められないと、「日本では、企業経営者は既存株主の利益を無視して差し支えない。」ということになってしまう。裁判官がMM理論を理解しないことによって、日本の株式市場は、いよいよ俗説と神話が支配する不思議の国になってしまうのであろうか。




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