2008年04月21日 (月)視点・論点 「ガソリン税率の根拠は何か」
政策研究大学院大学学長 八田達夫
政府与党は、4月11日、道路特定財源を2009年度から一般財源化することに合意しました。しかし、理由はあいまいなままです。これまでの道路特定財源の根拠であった「利用者負担の原則」を現時点で破棄する理由が示されていません。また、この原則を破棄した後もガソリン税を課税し続ける根拠があいまいです。
本日は、これらの根拠を明確にすることによって、一般財源化をどう進めていくかを考えましょう。
1.「道路無料公開の原則」
道路建設はもともと「利用者負担の原則」によってではなく、「道路無料公開の原則」によって賄うべきものです。
パンやシャツのように誰かが使えば他の人が使えなくなる財、すなわち「私的財」を消費するのに代価を払うのは当然です。
一方、公園や橋のように、そのサービスは、誰かが使っても他の人が前と同じように使える財のことを「公共性を持つ財」と言います。これらの財に関しては、使用料を取るべきではありません。すなわち「利用者負担の原則」を適用すべきではありません。
例えば、道路や橋の通行料を取ることによって、車の通行数を制限すれば、せっかく建設した道路や橋を十分に活用出来なくなります。
これらの公共性を持つ財は、基本的に消費税や所得税などの一般財源によって政府が建設し、それを「公共財」として無料で提供することが最も効率的なサービスの提供の方法です。これを主張するのが「道路無料公開の原則」です。
2.「利用者負担の原則」破棄の理由
一方、「道路の利用を無料にすれば、道路利用者が他の人々より得をするから、効率性を犠牲にしてでも、利用者負担の原則に基づいて使用料を課税をすべきだ」という主張が、道路特定財源の根拠でした。
実は、どの公共財でも、政府による無料提供は、それを使う人だけを有利にします。公園や交通信号機にしても、消防署にしても、政府資金による基礎医学研究の成果にしても、公共財として政府が無料で提供しているサービスが利用者に与えている恩恵は、利用者以外の人びとによる一般財源を通じた費用負担で可能になっています。
我々は実に多様な「公共性のある財」を利用します。それらの財の費用を利用者負担とすると、利用者が減り莫大な無駄が発生します。
一方で、それらの利用者負担をすべてゼロにした上で費用を一般財源でまかなえば、お互いの負担が相殺し合います。道路を、他の様々な公共財と並んで無料公開すれば、負担の偏在を避けながら、道路を最大限に活用できます。
なお、橋や道路の建設を一般財源によってまかなうことにすると、道路の投資水準は、他の公共投資と同じように、費用便益分析による順位によって決めることになります。
3.「利用者負担の原則」を採用していた根拠
ところで田中角栄氏は、議員立法でガソリン税等の自動車関連税を作ったときに、利用者負担の原則を根拠としました。それは、当時の時代背景を考えると自然なことだと言えます。
まず費用便益分析の制度は、今よりさらに未発達でしたから、道路予算は所詮政治的に決めざるを得ませんでした。そうなると一般財源からは、十分な予算は、確保できませんでした。
次に、道路は極端に不足していたので、当時としては、自動車税から得られる税収を全て道路整備に使っても、費用便益テストを満たしていた可能性が高いと言えます。
さらに、自動車は、裕福な人たちが使う贅沢財であったので、道路建設のための財源を、ガソリン税を通じて彼らに求めることは、政治的に抵抗が少ない財源調達方法でした。
しかし現在では、これらの条件がことごとくなくなってしまいました。したがって、「道路無料公開の原則」に戻って、道路建設は、一般財源によってまかなうべきです。利用料によってまかなうべきではないと言えるでしょう。
4.自動車関連税の正しい根拠
では、道路建設費をまかなう以外の目的で、自動車関連税を課税する根拠はあるのでしょうか。現在の日本において、この税に与えうる根拠は、次の2つがあります。
第1は、環境税としてです。ガソリンは二酸化炭素等を排出します。排出抑制をする観点から、適正なガソリン税率を算出し、その水準に将来的には調整していくべきです。
第2に、エネルギー安全保障税としてです。ガスや石油の産出国の政府や政府の連合が独占力を行使して。日本の企業に対して高い値をつける場合には、エネルギー安保の観点から、それに対抗するため団結して日本全体の需要を下げる必要があります。その場合に最も有効なのは、石油やガスの輸入に対して、輸入関税をかけることです。そのように外国の独占力に対する対抗手段を講じると、輸入価格を下げることによって国益が守られます。一方で、国内価格を引き上げることによって省エネ技術の開発を促すことになります。
ところで、環境税やエネルギー安保税は車の使用を抑えるための税であり、財源捻出のための税ではありません。これらからたまたま入ってくる税収は、一般財源に投入すべきです。
環境税や安保税は、自動車だけでなく、産業において使われるエネルギーにもかけられるべき税です。環境税の税率は、排出権の取引価格などを参照して決めます。
現状以上に輸入量を増やすと、エネルギー安保の観点からのリスクが増えるのならば、環境税率と安保税率の和がこれまでのガソリン税率の税率水準に維持されるように、安保税の税率を設定すべきです。
将来は、産業全体に環境税をかけたり、ガソリン税の安保税部分を輸入関税化し、経済全体で共通に負担させることにする必要があるでしょう。その際には、産業全体としての税負担を増やさないため、法人税を同時に減税する必要があります。
5.一般財源化の道筋
ガソリン税の根拠を以上のように明確にした上で、この税を次の手順で一般財源化するべきです。
第1に、エネルギー安保の観点から、ガソリン税率が下がる見込みは少ないので、本年度中は、暫定税率を戻し、道路特定財源も維持します。
第2に、本年度中に自動車産業のための環境・安保税の目標税率を設定し、五年で新税率に徐々に移行します。
第3に、本年度中に、国が受け持つ道路支出に関しては、費用便益分析の積み上げによって、縮小計画を立てます。
第4に、ガソリン税等の約4割は、地方に配分されていますが、来年度からは、地方分を一般財源化し、道路以外にも自由に使えるものとします。その上で、地方分は、五年をかけて地方交付税の上乗せに徐々に移行します。
今秋には、税制の抜本改革が論議される予定です。そこでは、社会保障等に必要な税制度改革を検討されることになっています。自動車関連税改革を確実に行うためには、抜本的税制改革の前に、自己完結的な改革骨子を、与野党間で合意する必要があります。
投稿者:管理人 | 投稿時間:23:32