2008/3/21
「柏木・屏風グラエリア事故報告」
柏木で起こりました事故について、詳細な報告をさせていただきます。
報告書を書かれた藤井氏は、亡くなられたO氏の友人であり、
事故当日のビレイをされていました。
それゆえ事故について誰よりも詳細に報告できる立場にあります。
友人を目の前で亡くし、非常につらい状態でありますが、
事故の内容を一人でも多くのクライマーに知っていただくことで
二度と同じような事故が起こらないようにとの思いから報告書を書かれました。
ぜひ今後の教訓とし、自身の安全管理について再考をお願いいたします。
また、現在も柏木の岩場については登攀自粛をお願いしておりますが、
実際の状況は、地権者、管理者の方々とお話しすら出来る状況には無く、
立ち入り禁止状態であるとお考えください。
皆様のご理解、ご協力をお願いいたします。
今回の報告書の内容については、事前にご遺族のかたに目を通していただき、
クライマーにとって有効な情報になるので、公開しても良いとの承諾も得ているとのことです。
ご遺族の方々には深く感謝いたしますとともに、あらためて故人のご冥福をお祈りいたします。
以上 BCK
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柏木屏風グラ 事故報告書
この度は、岩場の利用に関しせっかく寛容にご理解頂いた地区に於きまして、
重大事故を起こしまして誠に申し訳ありません。
そして懸命の救助活動にも関わらず、貴重な人命を失ったことは、
耐え難く悲しく残念です。吉野広域消防のレスキュー隊、奈良県防災航
空隊及び吉野警察署の方々には多大なお手数をおかけ、
特に岩壁近くの危険なヘリコブターからのピックアップも敢行して頂き、
深く感謝いたします。
又、クライマー各位に対しましては、昨春の自粛の折りには指導的な言動もしていたF
が、常連のくせに事故を未然に防ぐ事も出来ずに面目ありません。
誠に申し訳ありません。
お忙しい中ご焼香・お見送り頂いた方々には、誠に有難うございました。
故人の告別式も終わったばかり、公私ともに多々の残務処理出来ておらず、
早急にて拙い、又は不正確なところあるかも知れませんが、ご遺族様に対し
、及び今後の教訓としても記憶に新しい時に、より正確な記録を残す義務があると思い、記すのも辛いですが下記の通り報告いたします。
なお、時刻は、はっきりしたものより逆算、推測の時刻が殆どである事をご了承下さい。
記
事故発生場所
奈良県吉野郡川上村大迫地区の屏風グラ(通称 柏木の岩場)
メンバー
故人0氏(事故当事者) M氏(同行者) F(報告者、ビレイヤー)
事故発生地点
サーキットブレイカーやペイジェント等の共通出発点となる支点から
左上ペイジェントへ向かう1本目のボルトの手前
事故発生日時
平成20年3月2日(日)15時43分
落下距離
上記発生地点からビレイ地点まで約10Mを通り越して岩場基部の通行
路までの約10Mを合わせた合計約20M
死因など
脳挫傷による外傷性ショック死(頭頂部より5p位右後方部、4p位三
角形の頭蓋骨陥没、硬膜損傷)
その他ろっ骨など複数骨折
死亡時刻
17時2分(心肺停止) 享年48才
事故の経緯
10:50 0氏、F、M氏と順番にウォームアップルートを登り、こ
の日久しぶりの柏木でのクライミングが始まる。
3月なのに遠望山肌には未だ雪が残っていた。
15:30 0氏この日サーキットブレイカーを3回トライの後、通算
5便目、初めてペイジェントの出だしだけでもトライしたいと言って最
終便。M氏のビレイにてアプローチルートであるオルゴール(約10M)
を登り右へ大きくトラバース(約15M)、上記共通支点にてセルフビ
レイ。ビレイ解除。アプローチルートのロープを抜いて、ロープの付け
替え、真下にロープを下ろす。
15:42 待機していたFがビレイ器具(SRC)にロープをセットし「ビレイ0K」。
0氏「ぼちぼち行きます」。
これが最後の言葉となる。
15:43 0氏、セルフビレイを外しおもむろに左上に向かう。左手
でホールドを探るが予想と違ったようでちょっと戻ろうとした瞬間、落
下し始める。ノーピンに気付いた慌て落ちか。この間4秒位。
落下しながら必死で付近のロープスリングを掴もうとするも届かず、
落下止まらず。岩に当たり回転し、更にFの背後の木の枝に当たり回
転し岩場基部通行路まで。Fも引きずられ落下しそうになるがセルフ
ビレイを取っていたので止まる。それによって0氏の更なる滑落も停
止。
事故後の経緯
倒れた0氏微動だにせず声も発せず。M氏も大きな音に気付き、落下の
後半から視認。M氏急いで0氏の元へ駆けつける。「あかん、頭割れて
る。119番や。」と0氏の頭を下がらぬよう抱えながら叫ぶ。
Fは引っ張られていたロープからビレイを解除し、直ぐ携帯にて119
へ救助要請。この発信履歴時刻が15:45。
Fも0氏の元へ駆けつけ、ちょっとした石垣より上半身落ちかけてい
た体を二人で通行路まで持ち上げ、頭を上にする。0氏、呼吸はして
いたが、意識不明。ゴボゴボと喉がなっていたので顔を横向きにする。
FがM氏のタオルを取りに行き、陥没頭部にタオル当てる。と同時に、
0氏のハーネスに結んでいるロープをナイフで切断。
Fがレスキュー隊の誘導をするため国道まで直下のガレ道を降りる。
降り口の昨春に閉鎖するために張ったトラロープをナイフで切断。
吉野広域消防から数回Fの携帯に怪我の詳細の問い合わせ、和歌山県
のドクターヘリで和歌山市の病院へ搬送してもよいかの承諾確認など
の電話が架かる。F、馴染みの地元警察官にも連絡。対応に追われる。
この間ずっとM氏は自身血まみれになりながら0氏に声をかけ頭部と
体を保護しながら励まし続ける。出血は次第にほぼ治まる。
16:20 吉野広域消防のレスキュー隊の車と救急車がやっと到着。
いかんせん本部(同郡吉野町宮滝)より距離がある。
レスキュー隊長が手前の鉄階段から上がると言うので、Fが「それは
現場まで距離が有りすぎるので此所から上がって下さい。」と説得する。
16:28 Fが誘導、担架、救命器具などを携えたレスキュー隊員
8名位か0氏の元へ。中に救急救命士もおり、あらゆる処置を始める。
心拍の低下、瞳孔の拡大と状態かなり悪く、和歌山県のドクターヘリ
に乗せるためには国道まで悪路搬出し、救急車に乗せ更に広い運動場
まで搬送しなければならず、時間が掛かり過ぎるため、奈良県の防災
ヘリでピックアップして奈良県立医科大学付属病院救命救急センター
(橿原市)へ搬送する方針に変更。防災ヘリの現場到着予定時刻17
:00との事。遠く奈良市からの飛来となる。
17:00 赤い発煙筒の煙を目印に防災ヘリが到着、現場上部でホ
バリング開始。岩壁にローターが当たりはしないかという距離の中、
航空隊隊員2名がワイヤーにて70Mほど枝の繁る中を降下。辺り凄
いローターの風圧。
17:02 0氏の最初の心肺停止を救急救命士が確認。
防災ヘリは一旦岩壁を離れる。
17:17 戻って来た防災ヘリが、フロート担架の0氏と、付き添
う航空隊隊員1名と救急救命士1名と共に、枝の繁みをこなしながら
ピックアップ、ヘリに収容する。直ぐ、地上に残した航空隊隊員1名
もピックアップ、橿原市の救命救急センターへと向かう。
Fは0氏の携帯の履歴より自宅電話番号を推測。自宅におられた奥様
に「ご主人が事故を起こし、かなり悪い。橿原市の奈良県立医科大学
病院まで直ぐ来てほしい。」と、伝える。
事故後の処理
Fが国道まで降りて吉野警察署員に事故原因の概略を説明。後で事情聴
取のために署に行く事とする。場合によっては明日、現場検証する事も
あるので0氏のロープだけを現状のまま残し、全ての荷物を撤収する。
18:40 FとM氏、吉野警察署に到着。事故発生を詫びる。が、
一抹の願いも叶わず0氏死亡の報告を受ける。結局、最初の心肺停止
より蘇生しなかった事となる。
救命救急センターへ移動して事情聴取、調書作成する事とする。
19:20 FとM氏、救命救急センターに到着。吉野警察署員より
別々に事情聴取を受ける。
20:15 0氏のご家族様到着。お子様も二人。悲しみの対面、とい
った表現ではすまない。
現場検証
翌日3日(月)13:00 FとM氏は事故現場に。吉野警察署刑事課
署員2名と合流。事故の状況、各地点を説明する。署員はスコープで落
下距離を計測したり、写真を撮った後下山。F、0氏のロープや未だロ
ープに付いていたSRCを回収。
0氏最後の場所にお花をお供えしお線香をあげる。
降り口の昨日切断したトラロープを結び直す。
F、地元警察官に合おうとするも、非番。電話にて事件を詫びる。
帰路、FとM氏、吉野広域消防に伺い、搬出救命作業への深謝と事故発
生の詫びをする。担当課長及び上司が丁寧に対応して下さる。
お別れ
4日(火)19:00〜 お通夜(西宮市内)
5日(水)11:30〜 告別式(同所)
0氏は一流企業のエリート営業マンだった事もあり、エントランスまで
溢れんばかりの弔問者。大学の山岳部時代の先輩、東京から駆けつけた
同級生及び後輩。現役山岳部学生。そして、クライミング仲間。
気丈に喪主の丁寧な挨拶。各々悲嘆に暮れ、最後のお別れをした。
原因及び反省
0氏は、最近ずっとサーキットブレイカーを主にトライしていた。共通
支点にてセルフビレイを取ってロープの付け替えをし、右手いっぱいに
伸ばした1ピン目のヌンチャク(ランニングビレイ)にロープをクリッ
プをした後、セルフビレイを外し出発していた。この動作は0氏にとっ
てもはや自動化されており、共通支点は外すものだと、地上0Mの如く
の錯覚に陥ったのではないだろうか。左上部ペイジェントにトライする
なら、共通支点に何らかのランニングビレイを取ってからセルフビレイ
を外さなければならない。初トライのルートに対してのシステム考が欠
落。最終便の疲れか性急さか、錯覚に陥ったと思われる。
又、Fも何十回もしているサーキットブレイカーやペイジェントのビレ
イに慣れあい、0氏がベテランである事もあり、それ以上の注意、注視
をしていない。通常にビレイが出来るのは、ビレイヤーとしての最低限
の技術にしか過ぎない。
ロープの付け替え、結び替えに係わるルートはやはり事故率が高い。ベ
テランでも(ゆえ)「うっかり」するから「うっかり」なのである。誰
しも自分の事を過信せず、互いに2重、3重の注意喚起をしたい。
思うこと
落下途中木の枝により速度は一旦やや落ちたものの、地上第一撃の石垣
のちょっとした鋭角の岩により致命傷を受けた。Fの仲間で唯一一人が、
この柏木でもヘルメットを被ってフリーのルート自体を登っていた事を
思い出す。人目を気にせず、勇気と信念の行為かと今になって感心させ
られる。やはり、頭部は致命傷となる。現在は軽いスポーツヘルメット
が多種販売されている。
岩場での全くの二人貸切、又は携帯の圏外エリアのリスク等も改めて
意識、考慮したい。
同行者の自宅電話番号や家族の携帯番号なども出来る限り電話帳に登
録したい。
最後に
ご遺族様には、就学者のお子様がお二人おられ正に大黒柱を一瞬にして
失い、悲嘆と断腸の極みかとお察しし、誠にお気の毒でやれません。
にもかかわらず、御遺族、御親族の方々はFやM氏に何ら問い詰めるこ
ともなく逆に気遣いのお言葉も頂き、紳士的な態度に恐縮の限りです。
0さん、雪の大山にはもう登りましたか?当日行きの車中で、「今度久
々に大山に登りに行きます。」と嬉しそうに言っておられたお顔が目に
浮かびます。
どうぞ安らかな旅立ちでありますよう、心からお祈りいたします。
長い長い楽しい時間を有難うございました。
平成20年3月
藤井功二郎
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