現在位置:asahi.com>社説 社説2008年04月28日(月曜日)付 自民敗北―「再可決」への冷たい風よりによって、こんな時に選挙はやりたくなかった。福田首相のそんなぼやき節が聞こえてくるようだ。 衆院山口2区の補欠選挙で、自民党候補が民主党候補に敗れた。 あさってには、ガソリンの暫定税率を元に戻すための衆院での再可決が控えている。ここで勝てれば、緊迫するねじれ国会の主導権を取り戻せる。首相がそう考えていたとしたら、まさに出ばなをくじく結果である。 与党はそれでも衆院の3分の2の多数を使って押し通す方針だが、有権者から吹きつける逆風の強さを肌身に感じたに違いない。 目下の内閣支持率は2割台という超低空飛行だ。これではとても衆院の解散・総選挙どころではない。与党ではそんな空気がいっそう強まりそうだ。 一方、民主党にとってはこれまでの強硬路線が支持された形だ。日銀総裁人事で不同意を連発し、党内がきしんだあとだけに、小沢代表の求心力を立て直す大きな足がかりになる。 この勝利を弾みに、参院で首相への問責決議をぶつけ、全面的な与野党激突への扉を開くのか。だが、それで本当に衆院解散に追い込めるのか。民主党も難しい判断を迫られる。 出口調査などによると、国政の課題を念頭に投票したという人が少なくなかった。ガソリンの問題に加えて、75歳以上を対象にした後期高齢者医療制度への不満が大きかったのだろう。 与党は米軍岩国基地の飛行場を軍民共用化するといった「地域のテーマ」を前面に出したが、有権者の心をつかみきれなかった。 その意味では、今回の補選を福田政権に対する中間評価と見てもいいだろう。全国に300ある小選挙区のひとつで有権者が示した選択に過ぎないのは確かだが、それが政府与党に突きつけたメッセージは鮮明だ。 ひとつは再可決、つまりガソリン再増税への疑問だ。数々のでたらめな使いぶりが明らかになった道路特定財源のために、以前と同様に1リットル25円もの税金を払う必要があるのか。納得できない人は多いということだろう。 特定財源の仕組みをあと10年継続するという特例法改正案を、与党は来月12日に再可決して成立させる方針だ。首相が言うように本当に1年後には廃止されるのか、人々が疑念を募らせても不思議はない。 もうひとつは高齢者医療制度だ。首相は「制度の考え方は悪くない」と不満そうだが、お年寄りの怒りと不安を理解できているのだろうか。どんな制度でも、国民の信頼がなければ機能しない。そこが揺らいでいるところに問題の深刻さがあるのだ。 補選はあくまで補選、永田町では既定方針通りというのでは、総選挙に期待する民意が広がるばかりだろう。 脱線事故3年―JRに忘れさせない兵庫県尼崎市のJR宝塚線で快速電車が脱線し、107人が亡くなった。あの事故から3年がたった。 朝日新聞が今月実施した遺族アンケートに、20歳の息子を亡くした父親がこんな感想をつづっている。「『もう3年たったのだから』という言葉に傷つく。一生背負っていかなくてはならないうちの、まだ3年でしかない」 時が悲しみをいやすわけではない。事故の時に比べ「心身の状態が悪くなった」と答えた人が4割近くもいた。JR西日本が引き起こした事故の深刻さが改めて伝わってくる。 しかも、刑事責任を問う警察の捜査はまだ終わっていない。遺族や負傷者への補償もあまり進んでいない。課題は山積している。 アンケートで「JR西日本に求めることは」との質問に対し、「事故原因の説明」と「再発防止策の実施」と答えた遺族が同数で最も多かった。 遺族たちは質問状を出し、現場に自動列車停止装置(ATS)を設けなかった理由などをただしてきたが、JR西日本はきちんと答えていない。「あのカーブで運転士が速度超過をするとは想像もしなかった」というのでは、何の説明にもなっていない。 「再発防止策の実施」という要望には、子どもや夫、妻らの死を無駄にしてほしくないという思いが読み取れる。JR西日本は事故の遠因となった懲罰的な教育を改めるなど、少しずつ対策を実現させてはいるが、まだ緒についたばかりだ。 再発を防ぐうえで大切なことは、この事故をJR西日本に忘れさせないようにすることである。 参考になる例がある。85年8月、ジャンボ機の墜落事故で520人の犠牲者を出した日本航空の取り組みだ。2年前に、圧力隔壁など約40点の残存部品を展示する「安全啓発センター」をつくった。社員一人ひとりが安全を考える場にするのが目的だ。 この保存展示は、「失敗学」を研究する畑村洋太郎・工学院大学教授が強力に後押しした。「事故の品を残さないと、人間は事故そのものを忘れてしまう」との考えに基づいている。 9歳の次男を亡くした美谷島邦子さんは「彼の命がここで生かされると思うと納得する」と話している。 展示をめぐっては、遺族の間で賛否両論があったという。美谷島さんの経験では、「忘れたい」と思う心と、「企業に忘れさせない」という思いが入り交じるそうだ。だが、展示するかどうかはともかく、まずは残骸(ざんがい)を保存することが大事だ、と訴えてきた。 脱線車両や衝突されたマンションは、なくしてしまえば取り返せない。遺族や負傷者の心情を大切に、鉄道の安全を発信できる保存策を探る。そうして事故の風化を食い止めたい。 PR情報 |
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