在京各紙の場合、通常、社説は1日に2本、つまり二つのテーマについて掲載される。国内外で大きな出来事があった場合には、テーマはその一つにしぼり、大ぶりの社説になる。
きょうは何を取り上げるか。私たち論説委員による連日の会議は、まず、そこに多くの時間が費やされる。主張の中身はもちろんのこと、テーマの選び方自体に、社としてのスタンスが表れると考えるからだ。
例えば先週、毎日、朝日、読売、日経、産経のテーマが2本とも重なったのは23日だけだった。山口県光市の母子殺害事件・差し戻し控訴審で、広島高裁が当時少年の被告に死刑判決を言い渡した前日22日の裁判と、同様に22日発覚した野村証券の中国人社員によるインサイダー事件の2本だ。この例から分かるように、実際には各紙が選ぶテーマが異なることの方が多いのだ。
各紙の独自性が表れた社説をピックアップしてみよう。
毎日がいち早く取り上げたのは硫化水素ガスによる自殺だ。23日、高知県香南市で中学3年の女子生徒が自殺し、市営住宅からガスが漏出して、家族や近隣の人たちが手当てを受けたことを踏まえて25日、「死を誘発するサイトの罪深さ」との見出しで、この深刻な問題に迫った。
硫化水素を使った自殺が目につき出したのは1年ほど前からだ。社説では「インターネットの自殺サイトで『簡単で確実に死ねる』として生成法が紹介されているため、最近は若者を中心に流行のように広がっている」とその背景を指摘。「自殺サイトが自殺の誘因となっているだけでなく、硫化水素が別の犯罪に悪用される可能性も重視し、警察当局は監視に努めて、ネットの開設者やプロバイダーに自粛や削除を求めるべきだ」と主張した。
「ネット社会の陰」は毎日がこだわり続けているテーマの一つである。昨年10月、携帯電話の自殺サイトを通じて女性から殺害を依頼された電気工が嘱託殺人容疑で逮捕された川崎市の事件。同8月、闇サイトで知り合った3人組が、名古屋市で通りかかった女性を拉致し、惨殺した事件。そのたびに社説で警鐘を鳴らしてきた。
言うまでもなくネット規制の強化は表現の自由の制限につながる恐れがある。ネット監視を警察に委ねている現状は決して好ましいものではなく、市民による自主的な規制ルールの構築が必要だというのが私たちの基本的な立場だ。
今月25日の社説では、「抜本的には毎年3万人もの自殺者が生まれている状況を好転させぬ限り、問題の解決は望めない」「生死のはざまで悩む人を自殺に駆り立てる誘因については早急に除去する取り組みが求められる」とも書いた。
問題はインターネットのみにあるわけではない。新聞やテレビの報道が自殺の連鎖を誘発するとの指摘もある。極めて慎重に扱わなくてはならないテーマである。国民の間でさらに論議が深まることを願わずにはいられない。
他紙も見てみよう。
読売で目立ったのは15日の国連スーダン派遣団(UNMIS)などへの陸上自衛隊派遣問題だ。社説では「防衛省には、『危険を冒してアフリカにまで派遣する国益があるのか』などの声があるが、あまりに消極的すぎないか」と疑問を呈し、かねて同紙が求めている自衛隊海外派遣に関する恒久法の検討も「急ぐべきだ」と主張した。「読売らしい社説」と言えるだろう。
朝日は学校や病院などだけでなく、飲食店やホテルなども含めた公共的施設の屋内はすべて禁煙にする条例作りに神奈川県が乗り出したのを受け、20日、「松沢(成文)知事、がんばれ」と全面支援を打ち出した。
日経は24日、福田康夫首相と来日した欧州委員会幹部との会談を取り上げて、「日欧の協調は時代の要請である」と書いた。経済紙ならではの社説だった。東京が04年に起きた大阪地裁所長襲撃事件の控訴審で成人被告2人が1審に続き無罪となった判決にスポットを当て、「もう冤罪(えんざい)は明らかだ」と指摘したのも独自のテーマ選択だった。
先週の大きな話題の一つは北京五輪の長野聖火リレーだ。無論、各紙がそれぞれの視点から事前に取りあげたが、その中で産経は19日、「チベット人権訴え走れ」と「1本社説」で展開した。そして22日には、中国国内で反仏の抗議行動が広がっていることに焦点をしぼり、「偏狭な愛国主義は排外主義に転化する」と指摘した。徹底した中国批判も同紙の独自性ということだろう。
主張の違いだけでなく、何をテーマにするかにも各紙の特徴があるということだ。「きょうの毎日社説は何を取り上げているのだろう?」……。そんな興味も持ちながら、新聞のページをめくっていただければ幸いである。【論説委員・与良正男】
毎日新聞 2008年4月27日 東京朝刊
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