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【長野】

「10年前は誇りだった」 五輪聖火長野入り

2008年4月26日

リレー前日から出発式会場に詰めかけ撮影機材の準備をする報道陣=長野市旭町で

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 北京五輪の聖火が25日、長野市に到着した。市街地は警戒にあたる警察官の姿が増え、中国を批判する団体などの抗議活動も高まりを見せた。市の実行委員会は式典会場の準備作業に追われ、市民は「無事に終えてほしい」と願った。

 聖火を乗せたバスの隊列は上信越自動車道から長野県に入った。群馬県境で警備を引き継いだ長野県警のパトカーに先導され、午前11時40分ごろJR長野駅前のホテルに到着した。

 ホテルは数十人の警察官に囲まれ、敷地内は一般の立ち入りが禁止される厳戒態勢。到着のセレモニーなどはなく、青いジャージー姿の中国人スタッフが、聖火がともされたランタンの入った箱を両手で抱えて運び込んだ。

 長野市内はパトカーや機動隊の車両が行き交い、制服姿の警察官が路上で警戒にあたる物々しい雰囲気。

記者会見するスチューデント・フォー・フリー・チベット(SFT)日本代表のツェリン・ドルジェさん(左から2人目)ら=県庁で

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 チベットの雪山獅子旗を掲げて歩く男性の姿が見られたほか、聖火の到着直後には、中国で非合法化されている気功集団「法輪功」がブラスバンドで行進。街宣車で主張を訴える団体もあった。

 聖火リレーの出発式が行われる県勤労者福祉センター跡地では、市実行委がステージの設営など準備作業を急ピッチで進めた。

◆まゆひそめる旅行者

 聖火が入ったホテルを見上げていた長野市の主婦(64)は「10年前は聖火を持たせてもらって盛り上がった。だから今回も見に行こうと思っていたんですが、なんだか怖いのでやめます」とぽつり。駅広場にいた山ノ内町の会社員宮沢景さん(23)は「物々しくて驚いた。10年前の聖火リレーは本当に誇りに思った。だからこそ今回、こんなふうになるとは思ってもなかった」と残念そうだった。

 旅行者もこの騒動にまゆをひそめる。東京から家族で旅行に来た小野暢思さん(15)は「警察官が囲むから、聖火の先っぽしか見られないんですよね。平和からかけ離れていますよ」とつぶやいた。

 長野駅前は、著名人ランナーの登場や複数の団体による抗議活動が予想され、最も厳しい警備態勢が敷かれる区間の一つになる。

◆厳戒警備に知事が理解

 聖火リレーについて村井仁知事は25日の会見で「長野の地で静穏に行われることをひたすら期待している」と述べた。

 知事あてのメールで100件を超える意見が寄せられ、「聖火リレーが現実の政治の成り行きと無関係でありえないと、しみじみ感じさせられた出来事」と実感を込めた。

 厳重な警備について、自身が2002年のサッカーワールドカップ(W杯)日韓共催期間中に国家公安委員長を務めた経験から「事が起きてはいけない。あらゆる手を打つのが何より」と理解を示した。

 当日は「やじ馬の一人として、どこかに出掛けるかもしれない」とも話した。

◆五輪には反対しない…チベット支援団体ら

 聖火リレーに合わせて善光寺でチベット暴動による犠牲者の追悼法要と、沿道でチベット問題のアピール活動を予定している「チベットに自由を求める学生の会」(SFT)日本支部と市民団体「チベット問題を考える長野の会」(野池元基代表)、協力団体の「平和を願う僧侶の会」(若麻績敬史(わかおみけいし)代表)が25日、県庁で会見した。

 亡命チベット人2世でSFT日本支部のツェリン・ドルジェ代表(34)=名古屋市南区=は「チベットの人権状況は悪くなるばかり」と声明文を朗読。中国政府に対し、調査団を受け入れチベットでの事実関係の調査、チベット人への弾圧中止などを求め、「私たちは五輪には反対していない」と強調した。

 また、26日の法要は当初午前7時からを予定していたが、聖火リレーの出発式と同時刻の午前8時15分に変更。若麻績代表は「犠牲者が一人でも減るよう祈りの心をいただければ、一番の喜び」と述べた。

 

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