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聖火騒乱 警備で見えない笑顔 飛び出しで消えた笑顔

2008年04月26日15時04分

 チベット問題をめぐる中国政府の対応への抗議から世界中で混乱が相次いだ北京五輪・聖火リレー。長野市でもリレーの隊列めがけて走り込んだり、物を投げ込んだりする妨害があった。騒然とするなか、いかめしい警備に覆い隠されて走るランナーたちは、硬い笑顔で沿道に手を振った。

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聖火台に着火する最終走者の野口みずきさん=26日午後0時30分、長野市、杉本康弘撮影

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トーチを持って走る岡崎朋美さん=26日午前、長野市、代表撮影

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「チベットに自由を」と叫んで気勢を上げる人たち=26日午前7時25分、長野市、小林正明撮影

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聖火リレーのスタート前、チベットの旗を掲げる人の前に並び、「中国がんばれ」と叫ぶ人たち=26日午前7時20分、長野市、小林正明撮影

 ■「愛ちゃんスマイル」消える

 JR長野駅前近くでは、出発地などから移動してきたチベット、中国の双方の支援者の集団が、聖火ランナーを見ようと入り乱れていた。10番目の走者、萩本欽一さんが、手を振りながら走り抜け、歓声があがった。その時、沿道からチラシが萩本さんと聖火に向かって投げ込まれ、警備の警察官が透明な盾を頭上にかかげた。

 警察官に両脇を固められた萩本さんは、何が起きたのか分からないまま、そのまま走り続けた。11番目のレスリング・吉田沙保里さんに聖火を引き継ぎ、群衆がばらけると、今度は「チベット独立」と叫ぶ人と中国人学生がもみ合いになり、警察官が割って入る場面もあった。

 「フリー・チベット」。19番目の卓球・福原愛さんが、次のランナーに引き継ぐまであと数十メートルの地点で、左側の沿道から中年の男が叫びながら道路に飛び出した。笑顔だった福原さんは、驚いた様子で立ち止まる。すぐに、盾を持った警察官が福原さんを取り囲んだ。

 男に警察官が飛びかかったが、男は激しく抵抗。シャツの下からチベットの旗を出そうとし、「フリー・チベット」「ダライ・ラマ」と叫び続け、大きな声を出して泣いた。福原さんは緊張した表情でリレーを再開した。近くで見ていた主婦(50)は「男が近くのビルの裏口に収容された後、中国人が押し寄せて気勢を上げていた」と話した。

 トラブルは、エムウエーブでの休憩をはさんだ後も続いた。51番目の若い男性走者が、右隣に伴走する警察官と言葉をかわし、左手を上げた直後。卵を持った男が道路に飛び出し、跳び上がって聖火に向かって卵を投げつけた。卵は警察官に当たり、殻が道路に飛び散った。男は中央分離帯の近くまで来たところで、警察官に取り押さえられた。

 ■抗議と声援 ぶつかりあい、にらみ合う

 「中国がんばれ」「フリー・チベット」。沿道では聖火ランナーが近づくと、抗議と声援それぞれの声がぶつかりあい、群衆がにらみ合う姿があった。一方、警備でランナーがほとんど見えない状態に「誰が走っているの?」という不満の声もあがった。

 聖火リレーのスタート地点を辞退した善光寺では午前8時すぎ、チベットでの暴動の犠牲者を悼む法要が始まり、観光客ら数百人がお経を聞きながら手をあわせた。

 約30人の在日チベット人も境内で「ダライ・ラマがつくったチベットに平和が訪れますように」とチベット語で歌った。在日チベット人の男性カルテさん(34)は「多くの人が一緒に祈ってくれ胸がいっぱいだ。これから人権や宗教についてアピールしていきたい」と話した。

 「国境なき記者団」のロベール・メナール事務局長(55)も仁王門付近での座り込み後、「チベットを支持する人も、中国を支持する人も平和的に主張を訴えた。お互いのデモは成功だと思う」と語った。

 同市南長野新田町のもんぜんぷら座前交差点では、ランナーが来る前に国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」の8人が黒い布で目を隠し、黄色のプラカードを持って「五輪前に人権守れ」「報道の自由を」などとスローガンを叫んだ。

 橋本聖子さんが聖火を引き継いだ同市南千歳では、沿道を中国国旗を持った中国人留学生らが埋めた。千葉大からは留学生150人が4台の夜行バスで駆けつけた。「リレーランナーがんばれ」と書いた手作りのカードを掲げて応援した大学院園芸学研究科の高傑さん(29)は「中国が批判されがっかりだが、聖火リレーを見て誇りを感じる。感激した」と話した。

 信州大学前でも中国人留学生らが「北京加油(がんばれ)!」などと書いたプラカードを持ち、そろいの赤Tシャツ姿で中国の歌を歌い、中国語でかけ声をあげて、中国批判の声をかき消した。

 一方、萩本欽一さんが吉田沙保里さんに聖火を渡す瞬間は警察官に囲まれ、群衆からは顔が見える程度。沿道の外側からは「誰だろう」との声もあがっていた。

 夜勤明けで同僚と長野駅前を歩いていた丸山尚輝さん(26)はデモ行進や小競り合いにあきれながら「聖火リレーだけでこんな大騒ぎなのに、本番の五輪はひらけるのか」と同僚と話した。

 ■「つなげることができてよかった」

 「ハッピーに終わりたいと思っていたのに。でも、欽ちゃんのところで物を言いたいというのは、僕にとっては許せるし、不愉快な思いはまったくありません」

 走っている間にトラブルが起きた萩本欽一さんは、無事に聖火をリレーした後の記者会見でこう語った。

 物が投げ込まれたとき、「横っちょにいた警官が『欽ちゃん走り』になって、おれじゃなくて、どうしてと思った」。後に人から聞いて事態を把握したという。

 「長野のおばちゃんや子どもとハイタッチしようとやってきた。どこでしようか(と思っていたが)そのうちに終わってしまった。自分の思っていたようなランナーができなかった」「最初から笑顔で走ると決めていた。だんだん笑顔がなくなっていく自分があって、おいどうしたんだと思っているうちに終わった」

 そう感想を語った萩本さんは、北京五輪について「聖火とともに揺れているけど、選手のみなさんはそういうことは忘れて、メダルにむかって楽しく挑戦してほしいと思う」と笑顔を見せた。

 同じようにトラブルにみまわれた福原愛さんは「多少びっくりしましたが、私はだいぶ後ろの方にいたので、大丈夫でした」。聖火リレーはアテネ五輪に続いて2回目。「トーチを持って走るとオリンピックに向けて気分が盛り上がってきます」と話した。

 リレーの第1走者、星野仙一さんも記者会見に臨んだ。こちらは「すんなり走れてよかった。気持ちいい、トップランナーで聖火を持って走るというのは」と満足そう。

 半袖シャツにハーフパンツのユニホーム姿に「こんな格好したことないから恥ずかしかったです」と照れ笑い。沿道については「冷静に見えてました。みんな笑顔で声援してくれたから。まあ何もないだろうと予測し、心配はしていなかった」と話した。

 市民ランナーたちも次々と聖火をつないだ。ランナーのうち最年少の中山翔太さん(14)は「楽しく走った。すごくいっぱい人がいるなと思いました。罵声(ばせい)とか全然こなかったので、気にせず走った。走って良かった」と話した。

 最終ランナーの野口みずきさんは到着後、「北京五輪の成功と平和を祈りながら走った。無事に聖火をつなげることができてよかった。メダルが取れるようがんばります」と決意を語った。

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